ザイドリッツ作戦①
【1941年9月21日 モスクワ 中央軍集団司令部】
OKHで立案した防衛作戦の詳細を説明し、様々な疑問に答えるためワルシャワの陸軍総司令部からモスクワの中央軍集団司令部に戻ってきたのが三日前。それ以降、様々な部隊から質問責めを受けていた。
「単刀直入にきく。何故、装甲師団を半分も解体したのか納得のいく説明を願いたい」
第三装甲軍参謀長ヒューナースドルフ大佐が厳しい口調で問い詰めてくる。他の第三装甲軍の司令部幕僚もあからさまに敵意をむき出しにして、こちらをにらんでくる。
OKHに赴任した俺が最初に手をつけたのが師団の再編計画だった。
ソ連の攻勢を迎えるに至って、中央軍集団を攻撃用の編成から防御用の編成に切り変える必要があったのだ。
稼働中の装甲師団のうち半分を解体して、各歩兵師団に一個戦車大隊を配備した。この処置が装甲軍の猛反対を招いた。第二装甲軍はアリスが説得してくれたが、第三装甲軍は依然として不満がくすぶっている。
「本作戦の骨子は徹底した持久防御戦にあります。歩兵、装甲兵、砲兵が一体となって濃密な防御障壁を展開、敵攻勢部隊に開けられた穴を迅速に埋めなくてはなりません。そのためには、各歩兵師団に即応可能な打撃戦力が必要になるのです。装甲師団を解体したのは、歩兵師団用の戦車大隊を抽出するためです」
ドイツ軍にとって戦車とはただの兵器ではない。戦争の趨勢を決める神聖な決戦兵器だった。
日本海軍にとっての戦艦大和のようなものだ。
その戦車を扱う装甲兵は精鋭中の精鋭であり、エリート意識が非常に強い。彼らからすれば、一般の歩兵部隊は戦車の足を引っ張る邪魔な存在でしかなく、蔑視の対象ですらあった。
故に装甲科は歩兵支援任務に消極的で、装甲部隊の指揮権を他兵科が掌握することをひどく嫌った。
装甲師団を大隊ごとに分割して、歩兵師団長に指揮を任せるという俺の方針に装甲指揮官達が激怒するのも無理はない。
「貴官は戦車運用の原則を知らんのか?戦車は集中することで初めて威力を発揮する。大隊ごとに分散し、攻勢の矢面に立たせるなどもってのほかだ」
「防衛戦において打撃力と機動力を両立する戦車の存在は不可欠なのです。戦車を欠いては味方の歩兵師団は敵機甲部隊に一方的に蹂躙され、防衛線に大穴をあけられてしまいます」
「それこそ機動防御の好機ではないか?突出した敵機甲部隊を戦略予備の装甲師団が逆包囲すればよい」
「赤軍相手に大切なのは兵力ではなく時間、すなわち突破に対する迅速な対応です。突破口は小さなうちに塞がなければなりません。突破が生じてから後方の戦略予備を投入しては、時間がかかりすぎて対処が間に合わないのです。戦略予備が到着するまでの間、敵機甲部隊は好き勝手に突破口を拡大し、こちらが対処不能な大戦力を投射してくるでしょう。数は少なくとも即時反撃可能な装甲兵力こそ、前線が必要とするものです」
赤軍の縦深攻撃とドイツ軍の電撃戦の違いは歩兵との連携の差にあるといっていい。
ドイツ軍は一度突破口をこじ開けると、装甲部隊はひたすら前進し、ダムが決壊するように敵縦深へと浸透していく。どんなに小さく狭い回廊でも穴さえ開ければ、そこから全軍がなだれ込む。抵抗拠点はひたすら迂回して、前進していく。
故に戦車についてこれない歩兵部隊は邪魔でしない。
一方、赤軍の縦深攻撃は突破口を拡大することに全力を注ぐ。歩兵や砲兵と連携して攻勢正面を限界まで広げ、その上で第二派の主力機甲部隊を叩きこむ。
小さな突破口ならば塞ぐことも容易で、機動防御も成功させやすい。だが、突破口を広げてくる赤軍を相手にする場合は、防衛戦は時間との勝負になる。機動防御を成功させるには、突破口両側の抵抗拠点、いわゆる両肩を維持しなければならない。が、赤軍は両側の抵抗拠点を真っ先に狙ってくる。
例え少数でも両肩が持ちこたえている間に突破口を埋められる即応戦力こそ必要になる。
「歩兵を軽視するわけではないが、最後に勝負を決めるのは戦車だ。歩兵支援に拘束された戦車は戦術的な決定の自由が制限され、戦闘力は半減する。それはわかっているのだろうな中佐」
話を黙ってきいていた第三装甲軍司令官ホト上級大将が口を挟んだ。
「もちろんです。ですが、突破口を迅速に埋められるシステムがなければ、赤軍の攻勢は防げません。彼らは我々と違ってまず突破口の拡大に専念します。穴は小さなうちに塞がなければ、取返しのつかない事態になるかと」
史実において、ドイツ軍はモスクワの敗北で歩兵支援の必要性を実感することになった。
冬季反攻を開始したソ連軍機甲部隊に対して歩兵師団は対抗手段を持たず、みるみる間に蹴散らされたのだ。敗北した各歩兵部隊の指揮官が求めたのは、即時逆襲可能な穴埋め用の兵力、すなわち戦車だった。
対して赤軍は戦争前から各狙撃師団(歩兵師団)に大隊~旅団規模の戦車を配置している。米軍も同様の編成を採用している。
戦車運用に関しては世界一の技量を持つドイツ軍だが、戦車を重視する余り、諸兵科連合戦闘を弱冠軽視する傾向があった。
「理屈はわかった。ただし、防衛戦の期間中に限定すると約束してもらいたい。長期間、他兵科の指揮を受けるとなると、師団としての独立性が失われかねない。あくまで、歩兵師団に貸し出しているのだ。それを了承してもらわなければ、我々は納得できない」
「了解しました。防衛戦がひと段落すればお返しすると約束します」
渋々ながらホトは納得してくれた。しかし、休むことなく次の質問者があらわれる。
「第九軍作戦参謀のベルンハルト大佐だ。新設された砲兵師団に関する具体的な説明が欲しい」
「では、本作戦における砲兵支援についてご説明いたします」




