ザイドリッツ作戦②
【1941年9月21日 モスクワ 中央軍集団司令部】
「新設された砲兵師団の役割は火力を極限まで集中させることで、敵の縦深攻撃システムを破壊することにあります」
「赤軍の攻勢ドクトリン「縦深攻撃」は濃密な支援火力と超越前進によって支えられています。攻勢の原動力たる敵砲兵と敵第二梯団を有効な火力集中で無力化すれば、敵の攻勢意思そのものを粉砕できると考えられます。そこで、本防衛戦において要となるのは砲兵師団を基幹とする射撃統制システムです」
モスクワへの電撃戦を成功させるため、ドイツ軍の編成は極端に特殊化された。
機動戦の足手まといになる砲兵はより小さな単位に分散され、軍直轄砲兵や軍団直轄砲兵は各大隊や中隊に振り分けられている。即応可能な砲兵火力という利点はあるが、砲兵火力の集中という面では非効率な編成だ。
攻撃から防御へと移行した以上、主役になるのは戦車ではなく砲兵だ。集中していた戦車を分散し、分散していた砲兵を集中させる必要がある。
「現状の編成では砲兵火力が中隊や大隊ごとに分散されています。これでは、必要な時に必要な強度の火力を展開することができません。火力戦で優位に立つには、砲兵射撃を統合運用する新たな編成が必要になるのです。そのための砲兵師団です」
一個砲兵師団の編成。
・9個軽砲大隊(105ミリ榴弾砲×108門)
・1個重砲大隊 (150ミリ榴弾砲×36門)
・2個独立対空砲大隊 (88ミリ対空砲×12門、20ミリ対空砲×24門)
・1個多連装ロケット砲大隊 (ネーベルヴェルファー×48両)
・1個突撃砲大隊(三号突撃砲×45両)
この14個砲兵大隊に1個装甲偵察大隊、1個通信大隊が加わる。
第208、第209、第212、第213の4個師団が編成され、中央軍集団に配置される予定だ。解体した装甲師団やOKH予備、国内予備軍、中央軍集団予備の砲兵大隊をかき集めて、なんとか4個師団を編成できた。
砲兵師団の編成はOKHもOKWも心よく応じてくれた。OKHもOKWも中枢は砲兵閥が独占している。陸軍総司令官ブラウヒッチュ、陸軍参謀総長ハルダ―、国防軍統帥部総長カイテル、国防軍作戦部長ヨードルと軍のトップ全員が砲兵閥だ。
「砲兵師団は14個砲兵大隊を統合指揮し、軍直轄兵力として独立した指揮権を持ちます。従来の砲兵部隊と異なり、支援対象部隊を持ちません」
ここでベルンハルト大佐が発言した。
「それでは各師団の支援要請にはどうこたえるつもりだ?」
「砲兵師団は師団の支援要請には応じません。他兵科に従属する支援戦力ではなく歩兵師団や装甲師団と同じ独立した戦闘単位だと考えて下さい。他の師団と同じく軍司令部の戦略に基図いて配置され、戦略目標を達成するためだけに動きます。師団や連隊の戦術支援に動くことはありません」
司令部がざわつきはじめる。砲兵師団は各師団の支援に応じないというのだ。第一線師団からすれば不満がでて当然だろう。
「・・・では、その戦略目標とやらの具体的な説明をしていただきたい。支援を犠牲にしてまで貴官がこだわる戦略目標とはなんなのだ?」
「順を追って説明していきます。赤軍の攻撃ドクトリンは極めて合理的かつ機械的です。彼らの攻撃手順はこのようになっています。まずは、圧倒的な砲火力で我が軍の第一線兵力を徹底的に破壊します。注意していただきたいのは、文字通り破壊を狙ってくるという点です。これはたんなる突破攻撃の支援ではありません。砲撃が終わった時、彼らの計算によると我が軍の第一線兵力の六割が撃破されています」
周囲の様子をうかがいながら、俺は慎重に説明を続ける。
「この時点で赤軍は機甲部隊を中心とする攻勢部隊を解き放ち、我が軍の全縦深を一気に蹂躙します」
「戦車にそのような長距離機動など不可能だ。我が軍の縦深は600キロはあるのだぞ?全縦深を蹂躙する作戦など絵空事にすぎん」
ベルンハルト大佐の言葉に装甲科の将校が同意を示すようにうなずく。
「その不可能を可能にしたのが超越前進です。攻勢部隊を第一梯団と第二梯団に二分し、まずは第一梯団が限界地点まで進撃します。進撃が不可能になった時点で第一梯団は後続の第二梯団と入れ替わり、今度は第二梯団が限界まで進撃、我が軍の防衛システムの中枢を破壊するのです。この二段階の進撃が赤軍の縦深突破能力を極限まで高め、全縦深の突破という荒業を可能にしています」
「そんな無茶苦茶な…」
ベルンハルト大佐が本気で驚愕している。彼だけじゃない。司令部にいる全員が同様の反応をみせた。
「つまりです。赤軍の攻勢を止めるには中枢を破壊しにくる敵第二梯団をどうにかしなければなりません。砲兵師団の戦略目標はこの敵第二梯団の撃滅ということになります」
第一線師団に砲兵火力を与えてしまうと、第一梯団を防ぐので精一杯で、後続の第二梯団を攻撃する能力を失ってしまう。そのため、砲兵師団は戦略的視野から戦場を見渡せる、上位司令部の軍司令部予備として運用することにした。各歩兵師団には第一梯団の相手だけをしてもらう。
「しかし、第二梯団にばかり目をむけていては、第一梯団に前線を蹂躙されるということにならないか?」
「そのような事態を防ぐため、砲兵師団は攻勢前に敵砲兵を徹底的に叩きます。最初の対砲兵戦こそ各歩兵師団への支援と考えてください。第一梯団の突破は先ほど説明した砲兵火力による第一線兵力の破壊を前提にしています。対砲兵戦で敵砲兵を叩けば、第一梯団の突撃衝力は半減します。なにより、第一梯団は最初から補給が切れることを前提としているので、身軽さを優先し、独自の補給機能を持ちません。放置しておいても、いずれ補給が切れて止まります」
「まとめると砲兵師団は敵砲兵の撃破、敵第二梯団の撃破という二つの戦略目標を持っていることになります。砲兵師団に関する説明は以上です。他にご質問はありますか?」
出席者達は訝しげな顔をして黙り込んでいる。いまいちピンとこないのかもしれない。はたして、あの愚鈍なロシア人にそんな高度な攻撃ができるのかと?
国力の差、兵力の差、兵站、冬将軍などドイツ軍自身の問題を危惧する人間は軍にもたくさんいる。が、赤軍の脅威を率直に評価している人間は少ない。
その手の認識はすぐにでもあらためてもらわなければ、3年後にはベルリンに赤旗が翻っているだろう。
司令部内の微妙な空気を破るようにトレスコウ将軍が発言した。
「中央軍集団参謀長トレスコウ少将だ。先ほど貴官は敵は砲撃だけで我が軍の前線兵力を破壊できるといったが、赤軍の砲兵戦力をどの程度だと想定している?」
「赤軍は攻勢時に突破用の砲兵師団だけでなく、戦略レベルで運用する砲兵軍団を複数用意します。我々をはるかに凌ぐ規模の火力集中が可能かと思われます。総砲門は最低でも2万~3万門に達するでしょう」
「そのような大軍団をどうやって制圧する?まともにうちあえば壊滅するのはこちらではないか?」
中央軍集団の総砲門は8000程度。今後、増強される予定だがそれでも1万門だ。トレスコウの言う通り正面からうちあっては勝てない。
「その通りです。ですので、我が軍は先手をうちます。先に敵火点の正確な位置を特定すれば、先制砲撃で敵砲兵を潰すことが可能です。東方外国軍課の報告によると、赤軍は今までの戦闘で偵察飛行隊や偵察大隊など、情報収集用の基幹戦力が壊滅したそうです。苦しまぎれに対地攻撃機を偵察機代わりに使っているとの報告もあります。彼らが偵察用戦力を再建するまでの間、情報戦はこちらが圧倒的に有利です。中央軍集団全ての偵察大隊を動員し、航空隊とも連携、総力を挙げて敵火点の特定に専念します」
「攻勢前に火点を特定し、対砲兵戦を仕掛け一斉に撃滅するというわけか?」
「はい。そして、柔軟な射撃管制を可能にするため、全ての砲兵大隊・砲兵中隊は前線観測機能・無線通信機能を大幅に強化してあります。各大隊本部に無線電話と無線機のセットを常備し、情報を瞬時に共有するための無線ネットワークを形成。また前線観測班は司令部と同等の裁量権と通信機能を持ち、前線観測将校の判断で火力を集中することが可能になっています。単純な砲門では及びませんが、射撃効率ではこちらがはるかに上回ります」
戦いの帰趨を決するのは砲兵戦だ。こちらが先に敵砲兵を叩けば、赤軍は支援火力が不足し攻勢も失敗する。逆に赤軍が先手を取れば、ドイツ軍は敵第二梯団の阻止が出来なくなる。
単純な火力で負けているとなると、砲火力を何倍にも高める効率的な運用で勝負するしかない。今後も砲兵の運用システムは順次更新していく必要がある。
史実のドイツ軍は分散した火力を再集中するのが遅すぎた。火力の必要性に気付いた時にはすでに大勢は決していたのだ。対する連合軍は火力の集中的運用を早い段階で進めていた。とくに赤軍は連合軍の中でも最も砲兵に力をいれている。
早急に差を埋めねば史実のように手がつけられなくなる。
「・・・ふーむ。本当に、貴官の想定通りに敵は動くのか?」
「と、言いますと?」
「ロシア人の軍事教範が優れていることはわかる。OKHの編成が有効であることも認めよう。しかしだなあ、いままでの戦闘を見る限り敵は軍事教範を使いこなせておらん。各兵科の動きもバラバラでろくな支援もなく突っ込んできておる。敵を過大評価しすぎてはおらんか?」
中央軍集団司令官ボック元帥の発言に多くの出席者から賛同の声があがる。危惧した通り、敵を過小評価しがちな空気が蔓延している。
たしかに1941年段階での赤軍はボック元帥の言う通りだ。訓練も管理も不十分で、臆病さと劣弱さが組織に蔓延し、その無能ぶりは犯罪的でもあった。が、彼らは1942年から劇的に変わる。
組織、編成、戦術、戦略と全ての概念で急速な発展をとげ、わずか数年でドイツ軍を追い抜いてしまった。
ドイツ最大の敗因はこの変化を見抜けなかった、あるいは認めようとしなかったことにある。
とはいえ、未来を知らない彼らに理解しろというのは無理がある。過去の戦歴を見る限り、彼らの言っていることは正しいのだから。しかも、地図上ではモスクワを奪い欧露の大半を奪ったドイツ軍の方が圧倒的に有利なのだ。
さて、どうしたものか…。




