後手から撃つ①
【1941年8月25日 ワルシャワ 陸軍総司令部】
一か月近い激戦はようやく終焉の時をむかえた。
クリン=モスクワ陣地を突破した第23装甲軍団が、トゥーラ方面から北上してきた第39装甲軍団と合流。モスクワから東に延びる四つの幹線道路と鉄道線を占領し、全ての撤退路を遮断した。
ジューコフ将軍ら司令部幕僚は空路で安全圏へと脱出したが、モスクワ防衛軍78万人が鉄環の中に取り残された。
ドイツ軍は包囲下の赤軍を一切の容赦なく殲滅した。今までの戦闘からロシア人は包囲されただけでは降伏しないことがわかっていた。彼らの継戦意欲をへし折るためにも徹底した掃討戦、殲滅戦が必要だった。
榴弾砲、ロケット砲、急降下爆撃機による濃密な面制圧が実施され、地獄のような砲火の中で赤軍は急速に壊滅していく。大軍であるが故に消費する物資も膨大で、包囲網内部では早くも飢餓が蔓延した。
10日に渡る猛攻撃で包囲下の赤軍を十分に弱らせると、ドイツ軍はとどめの一撃とばかりに戦車隊を解き放った。
四号戦車とパンターが数波に渡って押し寄せ、逃げ惑う赤軍を文字通り踏みつぶした。
戦意を失い群がりもがく集団に主砲と機関銃をあびせ、ドイツ軍装甲兵は猟犬のように赤軍を追い込んでいった。
戦車による集中的な殺戮は赤軍の継戦意欲をおおいにくじき、最終的に60万人以上の兵士が武器を捨てて投降することになる。
全ての戦闘が終結したのは8月20日のことだった。
戦闘が終わった後も勝利にうかれている暇はなかった。やるべきことは山積していた。
赤軍がいつモスクワ奪還に乗り出してくるかわからない以上、占領地の要塞化を迅速に進めなければならない。
今作戦における装甲軍の損失は膨大で戦死者4万3000人、戦傷者は13万人に達する。全装甲師団の半分にあたる13個装甲師団が戦闘不能になっている。
モスクワを占領する代償に装甲軍は単独での戦闘能力を事実上失っていた。現在、中央軍集団本隊の第九軍、第二軍、第四軍に属する歩兵師団群が続々とモスクワに到着している。
今後、傷ついた装甲軍に代わって、彼ら歩兵部隊がモスクワ防衛の中核を担うことになる。
補給路確立のため鉄道工兵によるゲージの変換も急ピッチで進められている。すでにブレスト・リトフスク~スモレンスクまでの鉄道線が開通し、10月にはモスクワまでの鉄道線が完全に開通する予定だ。
ルジェフ、ヴャジマ、カリ―ニン、クルスクなど交通上の要衝では物資の集積が始まり、兵站拠点化が進められている。
そして、残った装甲師団にも多くの仕事が待ち受けていた。
各装甲師団はモスクワから各方面へと続く、幹線道路や鉄道線を確保する作戦に従事している。
バルト地域やウクライナでは依然として激戦が続いていた。補給や航空支援がモスクワ攻略に優先された影響で他の戦域では史実よりも進軍が遅れているのだ。ウクライナ攻略を受け持つ南方軍集団はドニエプルの一線で南西戦線軍に阻止され、レニングラード攻略を受け持つ北方軍集団はスターリン線で食い止められている。
しかし、モスクワが陥落したことで北と南で奮戦していた赤軍は主戦線から切り離され孤立した。
装甲師団の役目は南北の赤軍部隊が安全圏に脱出する前に、主要な鉄道線と幹線道路を抑えて退路を断つことだった。
動かせる装甲師団の大半は鉄道線確保の作戦に投入されたので、モスクワの第二装甲軍司令部にはわずか一個装甲師団しか残っていない。
俺は今、モスクワ戦の結果を報告し、今後の国防方針を打ち合わせるため、ワルシャワの陸軍総司令部にきている。
ハルダ―(陸軍参謀総長)やブラウヒッチュ(陸軍総司令官)の機嫌はかつてなくいい。
モスクワにおける勝利はOKH(陸軍総司令部)の権威を大幅に上昇させた。少なくとも東部戦線における戦争指導はOKHが主導権を握った。これで史実のようなヒトラーの干渉は抑えられる。
そして、バルバロッサ作戦を企画立案した俺の発言権も増した。中佐への昇進と作戦部長補佐の就任がハルダ―の口から告げられた。また半年以内に大佐に昇進することも内定しているそうだ。
モスクワ戦の報告が決まると今後の国防方針へと話が移った。さらなる攻勢を行うのか?それとも守りに徹するのか?赤軍が主力部隊を失い軍を再建している間に方針を決め、早急にそれに備えた準備と計画を進めていかなければならない。
「ヴェステンハーゲン中佐。貴官の考えをきこうか」
ハルダ―が俺に問いかけてきた。俺の中ではすでに答えはでている。
「我々が取りうる道は二つしかありません。すなわち進んで敵を撃つか、もしくは敵に先手をうたせて後から撃つかです。前者の場合ならコーカサス方面の油田地帯を目標にすべきでしょう。ウクライナ平定後、南部ロシアへと兵を進め、スターリングラード、アストラハン、バクーを占拠し、敵の石油供給源を断つのです」
ようするに史実におけるブラウ作戦だ。ソ連の石油供給の70%を占めるバクー油田地帯を占領する。
油田を占領できなくても、スターリングラードやアストラハンといったヴォルガ河の要衝を攻略して、供給ルートを断つ。
石油を失えば軍需工場群も稼働しなくなり、機械化された軍隊は無力化される。ソビエトは戦争継続能力を完全に失うことになるだろう。そして、帝国にとっても莫大な生産量を有するバクー油田は喉から手がでるほど欲しい。すでに石油資源の不足は深刻で1942年度の自動車用燃料は1941年と比較して6万8000トン低下することがわかっている。
「我々がコーカサスの油田を奪取すれば帝国の資源問題を解決しつつ、敵ののどぼとけを絞めあげられる。総統閣下のご希望にも添える。名案かもしれん」
ブラウヒッチュが喜色をうかべるとハルダ―もうなずいて同意を示す。
「ですが、私は反対です」
「なにっ!?どういうことか?」
二人が訝し気な眼をむけてくる。
「この作戦は補給面で大きな困難を抱えています。南部ロシアへ進撃するにはウクライナの交通網を利用しなければなりません。しかし、ウクライナにはモスクワ街道のような幹線道路はなく、必然的に補給は鉄道線に依存することになります。現在のところ鉄道の改軌作業はブレスト・リトフスクからキエフまでしか、完了していません。改軌しながら進撃するとなると、その作業は大変なものになるでしょう」
「そして、コーカサスの地形は電撃戦にむいていません。河川や山岳地帯といった障害地帯が無数にあり、防衛側が圧倒的に有利です。カフカス地方に入ると鉄道線の数も極端に減り、油田まで続く路線は一本しかありません。補給路がわずか一本の鉄道線だけという状況で攻勢を実施するのは余りにも危険かと」
内燃機関がいくら充実しても補給の根幹は鉄道にあった。ドイツ軍の攻勢計画も鉄道線に沿って建てられている。モスクワ街道を使える中央軍集団ですら、ベルリンからオルシャまでは二本の鉄道線に依存していた。
モスクワへの電撃戦が成功したのも、燃料備蓄(三か月分)と輸送トラック、携帯トランクを第二装甲軍と第三装甲軍に集中配備したことに加え、鉄道作業員の昼夜をとわない働きにより7月中にオルシャまでの鉄道線を開通させられたことも大きい。
「現状の輸送体制では成功は困難だと貴官は言いたいわけだな?」
「はい。これ以上の攻勢は兵站に過大な負担がかかります。また失敗した時の消耗を考えると、赤軍に反撃の好機を与えかねません」
「ならば貴官の本命は後者の防衛策だと?」
ハルダ―の言う通り俺が選んだのは後から撃つ方だ。そもそも、俺がモスクワを落としたのも、この後者の防衛戦略を機能させるためだ。ここで二人を説得できなければ、いままでの努力は無駄になる。
深呼吸して一息つくと、俺は具体的な説明を始めた。




