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モスクワ会戦⑧

【1941年8月10日 モスクワ防衛軍 クリン防衛線 第342狙撃師団】


「直接戦闘警戒部隊から連絡!軍団規模の敵装甲部隊が接近中とのこと!」


「よしっ!直接戦闘警戒部隊は予定通り対戦車火制地帯に敵戦車を誘いこめ。歩兵支援砲兵群は援護射撃を開始せよ!」


前線からの報告を受けた第342狙撃師団長ウラジーミル・レズノフ中将は模範的なソビエト式防衛戦闘を始めた。


赤軍の陣地帯は基本的に四層で構成される。

①障害地帯。

②直接戦闘警戒地帯。

③主陣地帯。

④後方陣地帯。


①の障害地帯は技術工兵と少数の砲兵が地雷源と簡易的な火点を形成し、敵の進撃を遅らせる。

②の直接戦闘警戒地帯は一種の警報装置だ。敵の接近をいちはやく察知し、奇襲や偵察行動を阻止する役目を持つ。

敵攻撃部隊が障害地帯に踏み込んだ段階で直接戦闘警戒部隊は陣地帯へと撤退し、歩兵支援砲兵群がその撤退を援護する。



レズノフが命令を下すと歩兵支援砲兵群(二個砲兵連隊)が一斉に火を噴いた。歩兵支援砲兵群は師団砲兵から形成され、76ミリ野砲16門、122ミリ榴弾砲32門、152ミリ臼砲12門が配備されている。

この強大な火力がドイツ軍の攻撃を破砕すべく、阻止射撃を開始した。猛烈な防御砲火の中、ドイツ歩兵は完全に足止めされ、鋼鉄の体を持つ戦車だけが砲火の中に突っ込んでくる。

この阻止射撃は陣地帯に侵入される前に、敵戦車と敵歩兵を分離するのが狙いだ。戦車だけを対戦車火制地帯に誘導し確実に殲滅する。


装甲部隊の突入と同時にドイツ軍砲兵も支援砲撃を開始した。砲弾が数百発と落下しては炸裂を繰り返すが、師団は陣地帯の掩蔽豪の中でじっと耐える。

対砲兵戦は上位司令部である軍団司令部が組織した遠距離支援砲兵群が担当する。各師団司令部はどれだけ砲撃を浴びせられようが、敵戦車の撃滅に専念する。


「撃つなよ!有効射程距離に到達するまで絶対に撃ってはならん!火点の位置を敵に悟らせるな」


敵戦車が陣地帯に接近する中、レズノフは各部隊長に改めて念を押した。一人でも焦って発砲すれば、火点の位置がバレ、対戦車火制地帯の位置まで特定される危険性がある。


防衛戦闘の要となるのが③の主陣地帯だった。守備兵力と砲兵、機甲兵力の大半はこの陣地帯に配置される。陣地帯を守る各師団長は、自分の担当する防衛区域で対戦車火制地帯を設置する。

敵戦車がくれば、対戦車砲と重火器、火砲の全力を挙げてこれを破砕する。防衛戦の中心に立つのは各狙撃連隊直轄の連隊砲兵であり、各連隊長の指揮で防衛戦闘を遂行する。


連隊による対戦車戦闘の主力となるのがドイツ兵にラッチュ・バムと恐れられた76ミリ速射砲である。この76ミリ速射砲が反対斜面の掩蔽下に分散配置され、十字砲火を形成する。火制地帯には地雷などの対戦車障害物が無数に敷き詰められ、対戦車砲部隊は有利な地点から一方的に砲弾を叩きこめる。


対戦車地雷でキャタピラを砕かれたり、対戦車壕で立ち往生した四号戦車を76ミリ速射砲が次々と仕留めていく。火箭のような一撃をくらうたびに、ドイツ軍戦車は爆炎を噴き上げる。

しかし、殺到してくるドイツ軍戦車の数は膨大で、各戦車は判明した対戦車火点を主砲で片っ端から潰していく。

長砲身の75ミリ砲は速射砲陣地を一撃で吹きとばす。ドイツ軍装甲部隊の猛攻を受けた第286狙撃連隊は、敵戦車の浸透を許し、大隊ごとに防衛区が分断されていく。連隊本部は直ちに師団司令部に支援を要請した。


「第86狙撃連隊本部から応援要請です!」


「隣接する連隊砲兵にも支援砲撃を命じよ。歩兵支援砲兵群も直ちに、第286狙撃連隊防衛地区に全火力を集中せよ!」


敵戦車が陣地帯に侵入してきた際、各狙撃師団は歩兵支援砲兵群を含む全ての師団火力をむけて撃退する。

装甲部隊の周辺に数百の爆炎と土煙が噴き上がる。歩兵支援砲兵群は全ての砲口を向けて、雨あられのように砲弾を叩きこむ。爆炎がやむと数十両の戦車が炎上し、頓挫しているのを確認できたが、いまだ200両以上の戦車が殺到中だった。

連隊最後の対戦車陣地が抜かれると、歩兵支援砲兵群に属する各砲兵部隊は第二線の対戦車陣地に後退していった。師団防衛地区の第一線は突破され、ついにドイツ軍戦車が陣地帯に侵入する。


「これでもダメか。ならば打撃部隊に反撃を命じよ!敵戦車を陣地帯から掃討するのだ」


万が一、敵戦車が陣地帯に侵入した際、各師団司令部は第二線の戦車壕に待機させてある打撃部隊を出撃させる。

打撃部隊は師団配属戦車の全てと重装備の狙撃連隊で構成された反撃用の部隊であり、陣地に侵入した敵を逆襲して追い返すのを任務としている。

第一線の対戦車部隊などの阻止部隊が火力障壁を展開、敵を十分に消耗させ、その上で強力な打撃部隊で敵を撃退する。これこそがソビエト式防衛戦闘の基本型だった。


T-34三個大隊が歩兵支援砲兵群の援護の下、敵戦車に突進していく。

歩兵支援砲兵群は打撃部隊の火力支援を最優先事項としているので、打撃部隊が反撃を開始すると、各狙撃連隊は連隊火力のみで応戦することになる。

戦車同士の乱戦が始まる中、砲撃で足止めを受けていたドイツ軍歩兵も続々と陣地帯に侵入し、軽機関銃と重機関銃で形成された近接支援火網が一斉に稼働する。



爆炎と轟音と悲鳴が戦場を包み込んでいった。

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