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モスクワ会戦⑦


後続が赤色空軍襲撃機連隊の奇襲を受けて進軍を停止していた頃、先鋒のパンター第一大隊は深刻な危機に瀕していた。

高速のパンター大隊は後続の支援部隊どころか、四号戦車すら引き離し撤退する赤軍を追って爆走していた。戦車だけが突出しているのは非常に危険な状態であったが、パンターの圧倒的な性能と合流を防がなければならないという焦燥感、そして追撃という有利な戦況が、油断を招いた。


そして、気付いた時には戦力を二分し、敵の罠にはまりこんでいた。

迂回して退路を断とうと回りこんだ二個中隊に待ち伏せていた対戦車部隊が襲いかかる。

地雷でキャタピラを破壊され動きを封じられたパンターに、対戦車砲と火砲が一斉射撃を浴びせた。

回避も出来ず、至近距離から浴びせられた砲撃に、さすがのパンターも次々と爆発炎上していく。

なんとか、砲撃から逃れたパンターも肉薄歩兵に取りつかれ、無力化されていった。


そして、残りの一個中隊も潜んでいた50両近いT-34大隊の猛攻を受けた。中隊が気付いた時には、パンターのロングレンジ砲撃が生かせない近距離に入り込まれていた。こうなると装甲の厚さも主砲の火力も関係ない。ゼロ距離で必殺の一撃を応酬する大乱戦となり、数に勝るT-34部隊がパンターを追い詰めていく。T-34をはるかに上回る性能を持つパンターも倍以上の敵に近接戦を挑まれてはどうしようもなかった。


後続の四号戦車が駆け付けた時、虎の子のパンター大隊は壊滅状態になっていた。

主要打撃戦力のパンターを失い、後続の支援火砲部隊も足止めを食らっている状況では、追撃の継続は不可能に近い。

エーベルバッハ師団長はやむをえず、部隊をまとめて後退し、後方の第二装甲師団に合流。

第四装甲師団の惨敗は戦局を大きく動かすことになる。


【1941年7月31日 ソビエト社会主義共和国連邦 ロシア社会主義共和国 ルジェフ 第二装甲軍司令部】


「敵航空戦力による攻撃被害が急増しています。壊滅した第四装甲師団をはじめ、第二装甲師団、第六装甲師団も、後続の支援部隊におおきな被害がでたようです」


グデーリアンは顔をしかめる。


「ここにきてロシア空軍がこれほどうるさくなるとはな」


ドイツ空軍がこの戦域に投入した航空機の数は632機。そのうち400機近くが急降下爆撃機などの地上支援機であり、護衛戦闘機は230機近くに過ぎない。

護衛戦闘機の大半は装甲部隊の攻撃を支援する急降下爆撃機の護衛についていたので、装甲部隊の上空を守る戦力は0に等しかった。そこを赤軍に突かれた。


「現状、進撃の要となっているのは自走砲、装甲擲弾兵、牽引砲兵といった支援戦力です。迂回が出来ない以上、正面から陣地を突破するしかないからです。支援部隊を欠いていては戦車は進撃できません。つまり、敵からすれば重装甲の戦車をわざわざ狙わなくても、牽引砲兵や装甲擲弾兵を航空戦力で叩けば、我が軍の進撃を遅滞させることが可能になります」


ミンスクやスモレンスクと違って、戦場が余りにも狭い。クリンとその周辺の陣地帯に敵味方が密集している状態だ。

機動に必要な空間を確保出来ず、ドイツ軍十八番の迂回突破が封じられている。「機動」を攻撃時の最優先事項としているドイツ軍にとっては戦いにくい戦場だ。

前に進むには戦車による強引な突破よりも、強力な支援火力が有効であり、各装甲指揮官は麻薬に依存するように高性能火薬に頼りはじめていた。


ハーフトラックを破壊されれば、装甲擲弾兵はただの歩兵になってしまう。そうなれば3時間で駆け抜けていた距離に、2~3日を費やす。自然、車両を破壊された装甲擲弾兵や牽引砲兵は脱落していくことになる。支援戦力が減れば、装甲師団の進撃速度は落ちる。

赤軍は空軍を「阻止部隊」として有効に活用しはじめた。が、その心配も、もう必要ない。こちらはもっと大きなことに気付けた。


「敵もそれに気づいたと?」


「気付いたというより、最初からこれが狙いだったのでしょう。敵がわざわざ最終防衛線を決戦場に挑んだのは、我が軍の機動戦を封じ、有利な陣地戦に持ち込むため。地の利は敵にあります。ですが…」


ここで俺は本題をきりだした。


「これで敵の弱点もわかりました」


「弱点?」


グデーリアンとアリスは顔を見合わせ、続きを促した。


「赤軍の戦闘行動には一定の原則があります」


「原則だと?」


「はい。赤軍はあらゆる戦闘単位、あらゆる次元でこの原則に沿って動いています」


「もったいぶらずに説明しろ。その原則とはなんだ?」


「兵力を二つの部隊に振り分けているのです。一つは敵の攻撃を阻止し、消耗させ、遅滞させ、敵戦力をひきつける防御用の部隊。もう一つは消耗した敵を、粉砕する反撃用の部隊。ここでは前者の部隊を「阻止部隊」、後者の部隊を「打撃部隊」と呼ぶことにします。赤軍は軍、軍団、師団、連隊、大隊と全ての戦闘単位で、この原則を適用し、兵力を動かしているようです」


要領をえないグデーリアンは詳しい説明を求めてくる。


「具体例をあげて説明しますと、まずモスクワ防衛軍という戦略単位の観点だと、クリンの部隊が「阻止部隊」、トゥーラの部隊が「打撃部隊」になります。クリン防衛線という作戦単位の観点だと、第十六軍が「阻止部隊」、第一打撃軍が「打撃部隊」になります。このように、最小単位では大隊から、最大単位では戦線軍まで「打撃部隊」と「阻止部隊」に兵力と役割を二分しているのが赤軍の特徴です」


赤軍の軍事教義はとにかく攻撃を指向している。

赤軍にとって防御とは主攻勢に兵力、資材を集中させるための兵力節約策でしかない。

モスクワ防衛軍を例えにするとクリンの拘束部隊は最低限の兵力で敵を誘引し拘束することが求められる。

そうすることで、打撃部隊であるトゥーラの部隊に一兵でも多くの兵力を割けるからだ。

そして、最低限の兵力で敵を誘引するための手段が「防御」というわけだ。防御は攻撃を成功させるための一手段でしかない。

史実における赤軍が圧倒的な兵力優勢を実現できたのも、兵力節約術の巧みさが要因だ。


攻撃偏重な特徴や兵力節約術を踏まえて、さらに詳しく説明するとグデーリアンは合点がいったように頷く。


「なるほど。我々と真逆だな。戦闘教義通りに動いてるのか」


「その通りです。赤軍にとって戦争とは科学とかわりません」


赤軍とドイツ軍は対照的といっていい。

赤軍にとっての戦争が「科学」だとすれば、ドイツ軍にとって、戦争とは「技芸」だ。

個人の技量を最大限重視する。赤軍のように軍事教範で細かく戦闘法を規定することはなく、どのように戦うかは現場指揮官の自由裁量に委ねる。


例えばAという地点を守る任務の場合、死守するのも、一旦退くのも、予備兵力を投入するのも全て現場指揮官の判断に任せられる。上から縛られることはない。

柔軟性の高さと臨機応変な指揮システムこそがドイツ軍の強みといえる。


対する赤軍にとって戦争は科学実験と同じだ。

正しい手順で正しく動けばだれもが同じ結果をだせるという思想に基図いている。戦闘法は一から百まで軍事教範に明記され、現場指揮官に求められるのは正しい方法で戦うことだけ。

個人の技量や裁量は原則として認めない。

ドイツ軍とは対照的なガチガチの縦型組織だ。


一方で、この指揮官の技量に頼らない統帥システムこそ赤軍の強みといえる。

どんなに経験不足の士官でも、歴史に名を残すような愚将でもマニュアルさえ守っていれば、平均以上のは結果はだせるのだ。

ドイツ軍はマンシュタインやグデーリアンといった名将達が死ねば、それで終わりだが、赤軍将校はだれもが小ジューコフ、小トハチェスキーになれる。


この軍事教範を作ったのが赤いナポレオンと恐れられたミハイル・トハチェスキー元帥だ。

赤軍大粛清で中枢部を失っても赤軍が崩壊しなかったのは、トハチェスキーとその同志が作った軍事教範によるものが大きい。皮肉なことに自身が粛清されても戦える仕組みをトハチェスキーは作っていたことになる。もしかすると、スターリンはそれを見越して粛清に踏み切ったのかもしれない。


だが、どんな優れた高級統帥術も中身がわかってしまえばどうとでもなる。

ミンスクやスモレンスクでの戦いぶりが自分の知る赤軍の戦闘法と余りに違っていたので、確信が持てず言い出せないでいたが、第四装甲師団が殲滅されたのを見て確信した。

赤軍は間違いなく、転生前から俺がよく知っていた「赤軍野外教令」通りに動いている。特別な罠など仕掛けてはいない。


「言い換えれば赤軍は一度役割を分けてしまえば、それ以上の行動はできません。「阻止部隊」が危機だからといって、「打撃部隊」から兵力を引き抜くことはありません。げんにクリンが危機的状況にも関わらず、トゥーラの主力部隊は微動だにしていません。装甲兵力と砲兵の主力は常に「打撃部隊」に優先的に割り振られるので、彼らは全力をあげた防御戦闘ができないのです。そして、この原則は戦術レベル~戦略レベルまであらゆる階層に適用されています」


モスクワ防衛戦においてジューコフはドイツ軍の主攻がトゥーラだと予測した。

だからこそ、装甲兵力と砲兵の大半をトゥーラに置き、トゥーラの部隊を「打撃部隊」としたのだろう。クリンには最低限、敵を防ぎ誘引するだけの部隊を置いた。

ところが、ドイツ軍はクリン攻撃に重点を置き、トゥーラ方面で決戦するつもりだった赤軍はその作戦計画が大きく狂った。クリンに置いた戦力が過小すぎて、防衛線は崩壊の憂き目にあう。

唯一、指揮官が自由に動かせる予備兵力を投入することで、かろうじて崩壊は防いだ。しかし、装甲兵力と砲兵の大半がトゥーラにある状況では、根本的な解決にはならない。


「そこでです。第三装甲軍の攻撃重点をトゥーラからクリンに変更してはどうでしょうか?」


「しかし少佐、そうなるとトゥーラの「打撃部隊」がむこうから突っ込んでくるのではないか?」


「その心配はありません。戦略次元では「打撃部隊」であるトゥーラの部隊も作戦次元、戦術次元では「打撃部隊」と「阻止部隊」に分割されます。第三装甲軍をひきこみ、「阻止部隊」で消耗させてからでなければ、「打撃部隊」が突っ込んでくることはないかと思われます」


横で聞いていたアリスが現実的なプランを提案する。


「第三装甲軍はすでにトゥーラ周辺の街道を抑えています。街道を対戦車陣地で塞げば、万が一敵の反撃があっても防げるのではないでしょうか?」


「なるほど。赤軍のやり方で言えばトゥーラ方面を「阻止部隊」に、クリン方面を「打撃部隊」にするというわけか」


俺はグデーリアンに決断を迫った。


「ここはクリンを攻撃目標にする作戦変更が妥当かと思われます。敵の戦闘法がわかった以上、トゥーラに第三装甲軍をはりつけていても無駄にしかなりません」


「配置変更が敵に悟られたらどうする?」


「第三装甲軍の配置変更が完了するまでの間、空軍と防空部隊には総力を挙げて、敵の航空偵察を妨害してもらいます」


「・・・よしっ。少佐、君の提案を受け入れよう。第三装甲軍司令部には私から説明しておく。君は空軍に作戦の詳細を説明しておけ」


長きにわたる戦闘に終止符を打つときがやってきた。

第二装甲軍に第三装甲軍の主力を加えてクリンを正面から突破、モスクワの敵兵力を撃滅する。

長々とすみません<m(__)m>

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