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スモレンスクの戦い①

【1941年6月10日 ソビエト社会主義共和国連邦 ロシア社会主義共和国 オルシャ 第二装甲軍司令部】


第二装甲軍の次なる目標は古来からモスクワ防衛の要となってきた関門スモレンスクだ。ここさえ抜けばモスクワ進軍を阻む大きな拠点はもはや存在しない。短時間で攻略すれば無防備なモスクワを直撃できる。逆にてこずればてこずるほどモスクワ攻略の難易度は上がってしまう。

スモレンスクをめぐる攻防戦が事実上の天王山となるかもしれない。史実のドイツ軍はスモレンスクで二か月近く足止めされ、ここでの苦戦がソ連に再起の時間を与えることになった。


「赤軍はスモレンスク一帯に戦力を集中させているようです。通信諜報と航空偵察の結果、その戦力は50~60個師団、戦車の数は2000両程度と判明しました」


情報参謀が戦力の解析結果を報告し、司令部内に驚愕の声がもれる。

赤軍はミンスクで1200両以上の戦車を撃破されている。にも関わらず2000両もの戦車を新たに投入してきた。恐るべき生産能力だ。この力が正しい方向に開放され、有効な戦闘力として機能し始めればどれほどの脅威となるか検討もつかない。


「敵の動きは?」


グデーリアンが幕僚達にといかける。


「二個機械化軍団がミンスク=モスクワ街道沿いに展開中です。おそらくこの二個機械化軍団が赤軍最後の機動予備かと思われます。装甲師団の総力を挙げて決戦を挑みこれを撃滅すべきかと」


歩兵の数はそう多くはないとはいえ、2000両もの戦車がスモレンスクに集結しているのだ。

すでに予備は出しつくしたと考えるのが常識的な思考だろう。だが、相手は常識があてはまる相手ではない。


「少佐。君になにか腹案はあるかね?」


グデーリアンは俺になにか考えがあると見抜いたようだ。


「ここは慎重にいくべきです。スモレンスクで虎の子の戦車を消耗しては、肝心のモスクワ戦に支障がでるかもしれません。ボロボロの状態でモスクワに行っても待ち伏せている敵予備部隊の餌食になるだけでしょう。正面からの戦闘は避けるべきです」


「それだけの兵力はもはや赤軍には残っていまい。スモレンスク一帯の敵兵力さえ撃破すれば彼らにまとまった兵力は存在しないはずだ」


幕僚の一人が反論した。ミンスクで62万人以上を殲滅され、バルトでもウクライナでも痛めつけられている赤軍にもはや余力はないと考えたのだろう。


「油断は禁物です。赤軍の動員能力を甘くみてはいけません。解析データを見る限り、赤軍は一か月で最低でも10個軍の編制は可能かと思われます」


「馬鹿なっ...。100万以上の戦力を一月で量産出来ると言うのか?」


「はいっ。アプヴェーアと東方外国軍課の調査から算出した解析結果ですので実数に近い数字かと思われます」


再び司令部の幕僚達から驚愕の声がもれる。

人が畑からとれると揶揄されるソ連だが、正確には畑からとれる人を兵士に変換する能力が世界で一番高いと言った方がいい。欧州を征服した帝国勢力圏はソ連勢力圏と人口面で大きな差はないが、動員兵力の面では2~3倍近い差がある。

話をきいていたグデーリアンが本題の続きをうながしてくる。


「ではどうする少佐?」


「第十八装甲師団がベレジナ河で実施した待ち伏せ戦法を応用しましょう。各装甲師団は敵機械化軍団と遭遇しても、戦車戦を避けて意図的に退却、対戦車部隊が待ち伏せるキルゾーンまでおびき寄せるのです。また空軍との連携で後方支援車両を徹底的に叩き、補給を断って無力化を試みます」


「今の我が軍にはT34を撃破可能な五号戦車と75ミリを搭載した四号戦車がある。それでも戦車戦は避けるべきだと思うのか?」


俺も戦車戦で負けるとは思わない。

グデーリアンの言う通り、今のドイツ軍には新型の五号戦車「パンター」に75ミリ砲を搭載した長砲身型四号戦車などT34対策はそれなりにある。

なによりドイツ軍装甲師団は信頼性の高い無線が全戦車に配備され、小隊や中隊ごとに連携をとって戦える。電子機器に支えられた集団戦システムは機動戦においてより有効な優位性をもたらす。

戦車同士の性能差はともかく集団としての戦闘能力はドイツ軍が赤軍をはるかに凌駕しているのは間違いない。


「はい。装甲軍の作戦遂行能力が保全されなければバルバロッサ作戦は失敗します。戦術的勝利を追及する余り、戦略的重心を失っては元も子もありません」


戦略的観点から見た場合、敵機械化軍団を殲滅しても装甲軍が許容値以上の損失を受け、モスクワの本決戦で敵を撃破する能力を失った場合、その時点で帝国は戦争に負ける。

逆にいえば赤軍はスモレンスクに展開する全軍を全滅させたとしても、装甲軍に許容値以上のダメージさえ与えれば、それで勝ちなのだ。


「赤軍は我が軍の弱点を見抜いているというわけか」


グデーリアンは思わずうなる。


「赤軍は目の前の敵を戦術的に叩くことよりも戦争に勝利する戦略的手段を追及する軍隊です。その彼らが我が軍の弱点を見逃すとは思えません。恐らく集結中の機械化軍団は我が軍を決戦に巻き込むための囮です。なんとか戦車戦に持ち込み可能な限り、ダメージを与えようとする腹積もりでしょう」


赤軍の軍事教範には「作戦術」という戦術的な成果を戦略的な成果に繋げる効果的な指揮システムが存在する。この作戦術の原理に従えば赤軍は戦術的に勝つことよりも、装甲軍に可能な限りダメージを負わせることを優先してくるはず。装甲軍が傷つけばその分進軍は止まり、ソ連は予備軍を編制する貴重な時間を稼ぐことができるからだ。


「戦力を保全しながら敵を叩ければそれにこしたことはない。少佐の策を採用したいと私は思うが皆はどう思う?」


グデーリアンの決断で司令部の方針は一気に傾いた。戦車戦を欲していた幕僚達も渋々同意している。

スモレンスク攻略の前哨戦としてまず敵機械化軍団をおびきよせこれを叩く。その後、ミンスクと同じように北の第三装甲軍と合流してスモレンスク周辺の赤軍を包囲する。

奇襲効果でやすやすと前線を突破出来たミンスクと違って、今度は包囲するのにも激しい抵抗が予想される。前進する装甲師団の消耗も大きなものになるだろう。スモレンスク包囲戦を考えると前哨戦に過ぎない機械化軍団との戦いで消耗するわけにはいかなかった。


戦力を温存しながら前進スピードを維持する。

この相反する二つの問題を調整しなければモスクワ攻略は失敗する。

モスクワまでの道のりは、予想以上に険しく厳しいものに思われた。


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