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スモレンスクの戦い②

【1941年6月10日 ソビエト社会主義共和国連邦 ロシア社会主義共和国 スモレンスク 西部戦線軍司令部】


「ファシストの再攻勢が近付いているだと?」


予備戦線軍司令官セミョーン・チモシェンコ元帥の震えた声が司令部内に響く。


「もうこちらへくるというのか?」


騒然とした司令部の中で作戦参謀のアレクサンドル・ジューコフ大佐だけが冷静さを保っていた。


「はい。ほぼ確実かと思われます。航空偵察、無線諜報、捕虜の尋問結果と三つのルートからでた結論です」


ジューコフ大佐は地図を指さしながら話を続ける。


「ファシストの第二装甲軍がオルシャに、第三装甲軍がヴィテプスクに集結中です。ミンスクの時と同じように南北から我が軍を包囲する気でしょう。スモレンスク防衛線への到達は48時間後だと思われます」


いまだに赤軍はミンスクの敗戦から立ち直っていない。どの部隊も高射砲、通信機材、対戦車兵器、燃料が足りておらず、陣地建設も要塞化も進んでいない。十分な迎撃態勢を整えるには最低でもあと一突きは必要だった。


「ミンスクで西部戦線軍が壊滅したことにより防衛線の兵力は通常の半分以下に落ち込んでいます。また、要塞陣地も全体の2割しか完成していません。戦況を考えると他の戦域から兵力を割くこともできません。通常の陣地防御戦はまず不可能でしょう」


「ならばどうする?身を守る要塞も陣地も欠いた状態でどうやってファシストを止めるのだ?」


スモレンスク防衛線が抜かれれば首都モスクワまでファシストを遮る防衛線は存在しない。

モスクワもここ同様、防御準備が整っておらず、なんとしても足止めし再起の時間を稼がなければならない。


「陣地が頼りにならない以上、積極的な前進防御で敵を一時的に止めるしかありません。ファシストの機甲部隊がスモレンスク防衛線に到達する前に消耗させるのです」


ジューコフ大佐は地図上に機械化軍団の駒を配置していく。


「各機械化軍団にはファシストの進撃を遅らせるための遅滞戦闘をやってもらいます。機械化軍団がファシストを止めている間に守備軍は配置を完了させるのです」


各軍団長は一斉に不同意を示す。


「馬鹿なっ!歩兵の支援もなく制空権も欠いた状態で敵の主力に突っ込めというのか?!」

「我々だけで突っ込めば瞬く間に戦力を消耗してしまうぞ!」


ジューコフ大佐は反論を予想していたかのように流暢に答える。


「現状の我が軍は配置すら完了していません。今の状態で敵の侵攻を迎えれば間違いなくスモレンスクは抜かれモスクワは陥落し、我が祖国はファシストの軍靴に踏みにじられることでしょう。最低限守りを固める時間を稼ぐには遅滞防御しかないのです」


「・・・ニ個機械化軍団が全滅するぞ。その時間稼ぎとやらは機械化軍団の犠牲と引き換えにするほどのものなのか?時間稼ぎといってもせいぜい一週間を稼げればいいところだ。その短い間になにをするつもりだ?」


「陣地が機能しないならば待ち伏せで叩きます。敵はミンスク戦同様、南北から我が軍を包囲するつもりのようです。そこで砲兵部隊と対戦車部隊の全てを通過予測ポイントに埋伏させ、可能な限り敵装甲部隊を消耗させます」


「そんなことをしては肝心の防衛線が手薄になる。背後にまわられ殲滅されるぞ!」


埋伏に兵力を割けば陣地の兵力は手薄になり、前線は容易に突破される。現状の兵力では埋伏で全てのルートをふさぐことは出来ない。つまり、この方法では敵に打撃を与えられても進撃を止めることはできない。



「問題ありません。我が戦線軍が包囲されればファシストはその分拘束され、進撃スピードは低下します。我々の任務は時間を稼ぐことであり、我々自身を守ることではありません」


全ての司令部幕僚がジューコフ大佐に訝しげな視線をむける。

この男はなにを考えているのだ?機械化軍団を全滅させ、さらにその時間を使って予備戦線軍自体を全滅させるだと?敵に損失を与えても我々が全滅すればモスクワまで遮るものはなにもないのだぞと。

ジューコフ大佐はその視線をはねのけるように話を続ける。


「いいですか。ファシストの侵攻の原動力となっているのは装甲軍です。我が軍の大部隊を殲滅するにせよ工業セクターを制圧するにせよ、ファシストの侵攻計画には装甲軍の作戦遂行能力が不可欠になります。逆にいえば装甲軍が消耗し、打撃力・機動力を失えばファシストの侵略計画はその時点で修正を余儀なくされます。例え機械化軍団が全滅しようが我々が包囲され全滅しようが装甲軍を消耗させられればそれで十分な戦略的成果なのです。ファシストは傷ついた装甲戦力が回復するまで前進を再開出来ません」


防ぐことができないなら全滅と引き換えに確実に打撃を与え、侵攻を遅滞させる。機械化軍団も戦線軍も打撃を与えることに集中し、自分の身はかえりみない。例え全滅しても敵装甲軍を消耗させれば、その分時間を稼げる。

大局的に見ればジューコフ大佐が正しいのかもしれないが、感情的に受け入れられるものではなかった。

どの司令部幕僚も敵意をむき出しにしてジューコフ大佐をにらみつけている。それでも彼の表情は怜悧なままだった。

激昂寸前の幕僚をおさえ、チモシェンコ元帥は懸念事項を告げた。


「それは最高総司令部の決定なのか?」


「はい。最高総司令部に正式に了承された作戦です。すでに参謀総長ジューコフ上級大将の名前で命令書がでています」


最高総司令部の名がでると衝撃と絶望は幕僚達に駆け巡った。最高総司令部の決定である以上、選択肢は一つない。チモシェンコは覚悟を決めたようにため息をつくと、ジューコフ大佐に問い直す。


「君は第十八機械化軍団にいた時、最高総司令部の命令を無視するよう進言した。君自身は今回の命令になんの疑問もかんじないのか?」


「私は今作戦に投入可能な兵力を増やすためボリソフ攻略に反対したのです。元々参謀本部の作戦案には賛同しています」


「君の叔父上が立案した作戦だからかね?」


「いいえ。それは見当違いというものです同志元帥。私は参謀としてファシストを破る手段はこれしかないと確信しております」


あとには重苦しい沈黙だけが残った。

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