スモレンスクの戦い③
最初に仕掛けたのは赤軍だった。
セミョーン・チモシェンコ元帥が指揮する予備戦線軍司令部は第五機械化軍団と第七機械化軍団に反撃を命じた。第五機械化軍団はオルシャ方面で、第七機械化軍団はヴィテプスク方面で反撃を開始、一分でも多くスモレンスク防衛の時間を稼ごうと決死の覚悟で突入した。
しかし、二個機械化軍団2000両の堂々たる戦力もその内実は腐りきっていた。どの戦車師団も装備、燃料、通信用無線の欠乏が深刻で、兵員数、練度、兵器は各師団バラバラだった。この有様では連携の取れた反撃作戦など実施できるはずもなく、反撃作戦は開始当初からグダグダで、統一性に欠けていた。
赤軍とは対照的にドイツ軍装甲師団はまるで戦闘マシーンのように情け容赦のない殲滅作戦を開始した。
赤軍機甲部隊と遭遇したドイツ軍戦車は交戦を避けて巧みに後退、対戦車部隊と重砲部隊が待ち伏せているキルゾーンにおびき寄せた。
機動がとりにくい湿地帯や森林地帯に誘いだされた赤軍機械化軍団は、その真価を発揮することなく撃滅されていった。ドイツ空軍は無防備な後方支援車両を容赦なくスクラップに変え、街道は焼け焦げたソ連兵の遺体と燃え盛る機械化群の残骸で埋め尽くされた。
伏撃で多くの戦車を失い爆撃で補給を断たれた機械化軍団は組織的接合力を完全に失い、無秩序な逃走を開始。そこをドイツ軍装甲師団が総力を挙げて追撃し、徹底的に叩いた。
2000両中1800両の戦車が破壊・鹵獲され、わずか二日ほどの戦闘で二個機械化軍団は壊滅状態となった。
ドイツ軍は赤軍に息をつく間も与えず、スモレンスク防衛線への攻勢を開始。
ホト上級大将が指揮する第三装甲軍が北西方面から、グデーリアン上級大将が指揮する第二装甲軍が南西方面からスモレンスクへと殺到した。
【1941年6月15日 ソビエト社会主義共和国連邦 ロシア社会主義共和国 第二装甲軍 第十八装甲師団司令部】
轟雷のような砲声が遠方から絶え間なく響く中、第十八装甲師団参謀アリス・ハーネ大尉は司令部内に地図を広げ、戦況を分析していた。
今日で攻勢開始から五日目。伏撃で赤軍機械化軍団を叩く作戦に二日を要し、三日目からスモレンスク防衛線への本格的な攻勢が始まった。第二装甲軍は最初の前衛拠点であるモギレフを迂回して、ドニエプル河を渡った。モギレフは一個狙撃軍団と一個機械化軍団が固めている強力な拠点だったが、所詮は点に過ぎなかった。ソビエトの防衛線は点は強力でも線は薄く、装甲師団は易々と防衛線に楔を落ち込み、敵の最強拠点を孤立させ無力化した。
どんなに硬い拠点も迂回され強引に前線を押し上げられれば敵勢力圏に孤立した遊兵となり果てる。
第二装甲軍の先鋒を務める第十八装甲師団は現在スモレンスクから22マイルの地点にまで到達した。
道中、何度か強力な防御陣地に遭遇したが、そのほとんどを迂回して無力化し、迂回できない拠点はドイツ空軍が焼夷弾と炸裂弾をばら撒いて焼き潰した。
現在のところ作戦は順調に進んでるといっていい。
唯一上手くいっていないのは進撃があまりに順調すぎて、後続との距離が予想以上に開いているという点だけだ。
「順調だな嬢ちゃん。この分なら明日にはスモレンスクに入城出来る」
「はい。しかし、この先には森林地帯が広がっています。埋伏には絶好の場所です。万が一に備えて空軍と連携をとり、明日一日は航空偵察の結果がでるまで進撃を控えるべきではないでしょうか?」
ネーリングの呟きにアリスが答える。
進撃が順調なのは喜ぶべきことだが、装甲師団の温存という点も考えなければならない。
ハインツのモスクワ攻略作戦はこのスモレンスク戦でどれだけの装甲師団を節約できるかにかかっている。
赤軍が国防軍の戦術を真似して森林に埋伏している可能性は0ではない。限りなく低い可能性とはいえ、念には念を押しておこうとアリスは思った。
「偵察をしている暇はない。明日には森林を抜けてスモレンスクに突入するぞ」
「ネーリング閣下」
困ったような表情を浮かべたアリスに、ネーリングは苦笑気味に答えた。
「嬢ちゃん。慎重すぎるのは考えものだぞ。偵察に一日を費やせば、その分敵の守りは硬くなる。いるかいないかわからない伏兵と違って、これは確実だ。ならば可能性が高い危険を我々は優先すべきではないかね?」
たしかに伏兵がいる可能性は限りなく低い。防衛線の戦力を手薄にしてまで埋伏に兵力を割くだろうか?
ただハインツの言っていた言葉が脳裏によぎる。
「装甲師団の損失が許容値を超えれば作戦は失敗する。そして赤軍はそのことを知っている」
もしこれが本当ならば、赤軍は装甲師団にダメージを与えることを優先するためだけにスモレンスクと予備戦線軍50万人を捨て石にするつもりでいる。常識的に考えればありえない。いくら戦略的に有効とはいえ50万もの大兵力を犠牲にするとは考えにくい。
「なに。心配せずとも敵地上部隊は既に組織的な抵抗ができる状態ではない。そのような余裕はなかろうよ」
スモレンスク防衛線はズタズタで虎の子の機械化軍団も壊滅状態。赤軍の動きは稚拙そのもので組織的抵抗はすでに機能していない。この状態で有機的な反撃などできるはずもない。
アリス自身、あらためて考えてみると埋伏の可能性は低いと言わざるをえない。
そもそも、ハインツの予測が的中していたとしても、それが森林に埋伏部隊がいることと直接繋がるわけではない。
「わかりました。全戦車大隊に明日の方針を伝えます」
アリスはもう反論しなかった。
翌日、第十八装甲師団はスモレンスク市への進撃を開始した。




