対ソ作戦計画
【1940年10月5日 第三帝国 ポーランド総督府領 ワルシャワ グデーリアン装甲集団司令部】
対ソ作戦計画の立案を任された俺はグデーリアンのもとを訪れた。
具体的な作戦計画の立案には機甲科の権威である彼の助力が必要になる。
執務室には俺とグデーリアンとアリスの三人しかいない。
「単刀直入にききます。現状の機動兵力で独ソ国境に展開するであろうソ連軍主力を逃がさず狩ることができますか?」
俺はロスベルクプランの第一段階は踏襲しようと考えている。むろん第一段階だけで勝敗を決しようとは思わない。可能な限り国境近くで殲滅したいと考えているが、どの程度殲滅できるかで第二段階の作戦も変わってくる。
「はっきりいって難しいだろうな。広大なロシアの大地には軍の後退を妨げる自然の障壁が存在しない。沿岸部に追い詰められたフランスと違いロシア軍はほぼ無限に後退出来る。逃さず殲滅となると包囲殲滅
戦が必要になるのだろうが、それがまた難しい。奇襲効果が持続しているうちはまだしも、効果がきれた場合は敵歩兵部隊を狙うぐらいの手段しか打つ手はない」
近代戦における包囲殲滅戦とは敵を撃破する手段ではない。撃破した敵を完全に無力化する手段だ。
包囲の主軸となる機械化部隊は包囲を脱するための主軸にもなりうる。組織的接合が維持された機械化部隊は重点を形成することで容易に敵の包囲を抜けられる。
つまり、近代戦において包囲殲滅が可能な敵とは
①機械化されていない部隊
②戦闘能力を撃破され壊滅、もしくは混乱した部隊
③友軍の支援に拘束され自由な機動がとれない部隊
④無能な将軍の指揮を受けている部隊
の四種類に限定される。
十分に機械化された敵国の軍隊に包囲殲滅戦を成功させるには、①を優先的に狙うことで敵の機械化部隊を③の状態に追い込む、もしくは奇襲で②の状況を作り出すなどの戦略的な工夫が必要になる。
原則として敵部隊の組織的接合力を正面戦闘で粉砕しない限り包囲殲滅戦は成功しない。
「包囲に成功したとしても装甲師団は後続の歩兵師団が追いつく間、包囲を維持しなければならん。その間、装甲師団は機動を封じられ、動きを止めた戦車は敵増援部隊の標的となる。自分の身を守りながら包囲を維持するとなると現状の機動兵力では足りん。逃がさず殲滅するには一戦域に兵力を集中するしかなかろう」
バルバロッサ作戦ではバルト諸国を経由してレニングラードを目指す北方軍集団、白ロシアを経由してモスクワを目指す中央軍集団、ウクライナの資源地帯確保を目指す南方軍集団に兵力は三分された。
総兵力に劣る上に兵力を三分したことが災いしドイツ軍は北、中央、南とどの方面でも決定打に欠いた。
この三分された兵力配置は戦争後半の劣勢時にも変わることはなく、一戦域に兵力の大半をつぎ込み攻勢を続けたソ連軍とは対照的に、兵力を分散したまま戦い最終的に各個撃破されることになる。
独ソの兵力差は動員能力の差だけでなく、このような非効率な兵力配置が大きく影響している。
グデーリアンの言う通り、史実の失敗を反省するならば特定地域に焦点をしぼり、兵力を集中させるべきか。問題はどの地点に兵力を集中させるかだ。資源豊かなウクライナか?バルト海を制するレニングラードか?政治の中枢であるモスクワか?
「私はモスクワに主要な攻勢軸を形成するべきだと考えますが閣下のご意見をお聞かせ下さい」
「君と同意見だ。短期に勝負を決めるのならソビエト体制の心臓部であり神経中枢でもあるモスクワをえぐりとるしかない」
モスクワは単なる首都ではない。
極端な中央集権国家であるソビエトは政治上の中枢だけでなく、軍事上・交通運輸上の中枢も首都に存在する。
交通運輸システムの中心地であるモスクワは鉄道網の要であり、ヨーロッパロシアの鉄道網はモスクワを基点に同心円状に広がっている。戦争になれば全ての物資、部隊はモスクワを経由して前線に運ばれる。
鉄道が血管だとすればモスクワは文字通り心臓として機能する。
軍事上の中枢である参謀本部や国防人民委員部、最高総司令部がモスクワに集中しているのも、全ての戦域に部隊を輸送出来る能力がモスクワにしかないからだ。
仮にモスクワを奪われればソビエトは鉄道網へのアクセスと国内最大の兵站基地、戦争指導の中枢を失うことになり、後方で動員される無尽蔵の兵力と物資を前線に送れなくなる。それどころか戦争指導そのものが崩壊してしまう。
ナポレオン時代のロシアのように気軽に焼き捨てて逃げることは出来ないのだ。
絶対に失うわけにはいかない以上、ソ連野戦軍を誘引する囮にもなり、モスクワを標的にすれば赤軍に雌雄を決す大会戦を強要できる。
そして攻撃側のドイツ軍からすれば非常に攻めやすい。良好な幹線道路や主要な鉄道網は全てモスクワに繋がっているからだ。電撃戦を遂行する上で絶好の環境と言えるだろう。
まとめると
①あらゆる国家機能の中枢を叩ける。
②ソ連軍主力を誘引して決戦を強要できる。
③電撃戦に最も適した環境で戦える。
と三つの大きな利点がある
レニングラードやウクライナは奪取に成功しても単独でソビエト体制そのものに影響を与えることは出来ない。十分な打撃にするには両方を奪取する必要があるが、その場合大きく離れた二つの作戦線が形成され、史実と同じ兵力の分散を余儀なくされる。
そしてモスクワ方面ほど幹線道路や鉄道が整備されてないレニングラードやウクライナでは電撃戦を成功させることは難しい。
「第一段階の国境近郊での殲滅戦はモスクワ正面の白ロシアに限定します。限定する代わりに兵力はこの方面に集中し、ソ連軍第一梯団の包囲殲滅戦を確実に成功させます。成功後は第二段階のモスクワへの進撃を開始。モスクワを囮にソ連軍第二梯団をおびき寄せ、二度目の包囲殲滅戦を成功させます。その上でモスクワを奪取して戦争指導の神経中枢を断ちます」
兵力を分散して第一段階の包囲殲滅に失敗したあげく、国境を突破した後の明確な方針を欠いて戦機を逃した史実のバルバロッサ作戦を考えるとなにか一つの目標に集中し専念した方がいいだろう。
「アリス。君は少佐の策をどう思う?」
「私も少佐のお考えには賛同します。ですが少佐の作戦案がそのまま採用されるとは限りません。総統閣下を納得させる説明と最低限譲れない一線を考えておくべきではないでしょうか?」
ヒトラーは戦争経済の観点とイデオロギー的な観点からウクライナとレニングラードを重視し、モスクワの価値を余り認めていない。アリスの言う通り作戦案は変更されるものと考えた方がいいか。
「モスクワに重点を置くこと。そして装甲師団の過半を投入することは最低限譲れません。理由としては反露、反ソ感情が強いバルト諸国やウクライナでは住民の協力が期待できますし、ルーマニアやフィンランドなど同盟諸国との連携も可能です。大きな戦力を割かなくても政治工作でロシアの影響力を排除することは難しくありません」
ソ連に一撃を加えればスターリンの圧政に苦しむ住民が立ち上がり体制は自然崩壊するというのがヒトラーの自論だ。政治工作を優先することに反対はされないはず。
「住民や同盟国の協力が期待できるウクライナ方面とレニングラード方面よりもロシア人の頑強な抵抗が予想されるモスクワ方面に兵を割くべきです」
これならばモスクワに戦力を割くことに明確な理由がある上にウクライナやレニングラードを軽視しているわけでもない。
「この説明でどうでしょうか?」
「悪くないだろう。だが総統閣下は大仰な表現を好まれる。一撃で粉砕すべし!といれたらどうかね?」
それはいい。なんせ本人が腐りきったドアは一撃で崩れさると豪語していたのだ。さぞきにいってくれるだろう。




