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ロスベルクプラン

【1940年9月29日 第三帝国 ベルリン ツォッセン 陸軍参謀本部】



「チャーチルは世にも救いがたい素人戦略家であり、一撃でもってふたつの戦場を失うという手並みを見せました。よその国なら軍法会議ものです。彼の異常な精神状態は、麻痺性疾患か酔っ払いの錯乱状態としか説明しようがありません」


ヒトラーの勝ち誇った戦勝報告演説がラジオを通じて全世界に公開される数日前、ギリシャとユーゴスラビアは国防軍の一撃で粉砕された。

チャーチルはユーゴスラビアで予期せぬクーデターが起これば、国防軍のギリシャ作戦は延期されると考えたのだろう。だが、クーデター計画を煽りその情報をロンドンに流したのはアプヴェーアだ。国防軍は最初からギリシャだけでなくユーゴスラビアを目標とし、クーデター決行時を作戦開始の合図として待ち構えていた。ようは最初からチャーチルとイギリス情報部ははめられていたのだ。


作戦開始と同時に国防軍は圧倒的な空軍力で上空を制圧し、空挺部隊を首都ベオグラードに直接送り込んだ。ベオグラードには一門の対空砲すらなく、反乱首謀者シモヴィチ将軍を含む政府首脳は脱出する間もなく捕えられ、ユーゴ軍は神経中枢を一瞬にして失った。

そこへ強力な装甲師団が地響きをたてながらなだれ込み、ユーゴ軍主力はサラエヴォで包囲され、34万人がわずか四日で降伏した。国防軍側の犠牲者は151名に過ぎない。


ギリシャの運命も同様だった。

ギリシャ政府はイギリス政府に援軍を要請したが、戦車と空軍の猛攻に圧倒され、抵抗は五日ももたなかった。イギリスは援軍を送る暇すらなく、ユーゴ同様ギリシャ政府首脳と王室は国防軍に捕えられた。


ベオグラードでは幽閉されていたパブレ摂政が復権。王国政府はドイツとの休戦条約を締結し枢軸陣営への参加を余儀なくされたが、史実のような懲罰的な解体占領政策は実施されなかった。史実と違って計画的にユーゴスラビアに侵攻したので、王室もロンドンに取り逃がすことはなく王国の枠組みを残したまま、勢力下に組み込むことが出来た。

政府はパブレ公が軍はネディッチ将軍が掌握、混乱した秩序を急速に回復させた。政極が安定したのはシモヴィチ将軍をはじめとする親ソ派、親英派が一掃されたことが大きい。

ギリシャでも王国政府は解体されず、枢軸陣営への加盟を条件に存続を許された。


「王国政府を解体すれば親ソパルチザンが大量発生して、かえってバルカンは不安定になる。それならばヴィシー政権のように旧体制を維持した上で、彼ら自身に国内を押さえさせた方が得策だ」と陸軍総司令部を通じて繰り返し訴えかけたのが機能したようだ。


史実と違って1940年の内にバルカンを安定させられたのは大きい。これで後顧の憂いなく対ソ戦に取り組める。

俺は今、ツォッセンの陸軍参謀本部に呼び出されている。参謀総長ハルダ―上級大将直々の呼び出しだ。

重要な案件であることは間違いない。参謀本部の執務室に入ると、ハルダ―が応接用のセットで待っていた。



「よくきてくれた少佐。今日呼びだしたのは他でもない。今、噂のプランについてだ」


「ロスベルクプランですか?」


「ほう。知っていたのかね?ちなみにロスベルクプランは発案者の子供にちなんで『フリッツ』と名付けられたそうだ。今後は『フリッツ』と呼びたまえ」



帝国で初めて具体的な対ソ作戦計画をたてたのはヒトラーでも陸軍総司令部でも俺でもなく、国防軍総司令部の一人の中佐だった。

フォン・ロスベルク中佐。彼はヒトラーの正式な号令が下る前、帝国が英仏軍と戦っていた頃からロシアに関する情報を集め、秘かに対ソ作戦計画を練っていたらしい。

ヒトラーやOKWから内々に指示があったのかはわからない。ともかく彼は国防軍で最もはやく対ソ作戦計画を完成させ、そのプランを三日前にヒトラーに提出した。

対ソ戦をOKWに先んじて進めていたつもりのOKHにとっては大打撃だろう。このままロスベルクプランが採用されれば、東部で主導権を握るのはOKWになってしまう。

ちなみに史実のバルバロッサ作戦はロスベルクプランが原型となっている。細かい部分に違いはあるが大筋はロスベルクプランがそのまま踏襲されてるといっていい。

ロスベルクプランのことは知っていたが、まさかこんなにはやく完成させていたとは知らなかった。


「君のことだ。なにか考えはあるのだろう?『フリッツ』をどう評価する?』


ハルダ―はじっとこちらを見つめてくる。なにかを期待するかのような眼だ。

無論なにが言いたいのかはわかる。ロスベルクプランをボロ糞にけなして欲しいのだろう。


一応ここでロスベルクプランについて確認しておく。

ロスベルクプランの趣旨はヨーロッパロシアを占拠してソ連をアジア部に追い出すことにある。

具体的には第一段階で独ソ国境に展開するソ連の西部軍を広大な後背地に逃げ込まれる前に殲滅し、第二段階でドイツの工業地帯をソ連空軍から防衛するのに必要なだけのロシア領を奪取する。

特定地域の占領よりも野戦軍殲滅に重点を置き、補給の限界点であるドニエプルより西でソ連軍主力の殲滅を目指す。


ソ連の国土は白ロシアとウクライナの境界線に存在する軍隊の通行が不能なプリピャチ沼沢地により南北に分断されている。

ロスベルク中佐は攻撃の重点を北に置いた。理由は二つある。

一つは北に鉄道網や良好な幹線道路が集中しているからだ。装甲師団の機動に適しており、補給も行いやすい。北には電撃戦を遂行する上で必要な条件がそろっている。


二つ目の理由は単独で重心になりうる戦略拠点の存在。兵器生産の中心でバルト艦隊の拠点であるレニングラード、ヨーロッパロシアに張り巡らされた鉄道網の中心地であり政治の中枢でもあるモスクワ。どちらも魅力的な目標だ。


これら二つの理由により装甲師団を含む機械化兵力の大半は北に置かれる。南のウクライナは沼沢地や河川が入り乱れ機械化部隊の侵攻にはむいていないとされる一方で反共、反露分子の蜂起が最も期待され、ロシアの影響力を排除するのは容易だと想定されている。


「陸軍としても参考に出来る部分は多いかと。ですが、このプランには致命的な欠陥があります」


「是非きかせてくれたまえ」


ロスベルクプランはソ連野戦軍の殲滅に重点を置いている。それはいい。

問題なのはドニエプル以西での殲滅に成功すれば帝国は決定的な勝利を獲得し、あとは無人の野を進むように重要拠点を確保出来ると楽観視している点だ。殲滅出来なかった時の想定が全くない。



「このプランにはドニエプル以西での殲滅に失敗した時、もしくは成功してもソ連の軍事力が崩壊しなかった時の想定が全くありません。これでは失敗時に具体的にどのような行動にでるかの指針に欠けることになり、第一段階が失敗した時点で帝国が勝利する全ての可能性が消失することになります」


史実のバルバロッサ作戦は第一段階のドニエプル以西での殲滅に失敗した。失敗することを考えていなかった国防軍は、それ以外の勝利する手段を持っていなかった。

結果、場当たり的にレニングラードやモスクワなど主要拠点の攻略に乗り出したが、どの拠点を優先的に攻略するかが曖昧で方針が定まらず、装甲部隊は首尾一貫しない命令にふりまわされ各地を右往左往したあげく戦機を逃した。

独ソ戦のIFでよく語られるキエフかモスクワかの主題の根本的な問題はここにある。


「すると貴官は第一段階の殲滅戦が失敗すると考えているのか?」


「はい。間違いなく失敗します」


ロスベルクプランはソ連軍の師団数を150個~180個師団と想定し、バルバロッサ作戦でもこの想定は踏襲された。しかし、実際のソ連軍は想定の二倍に達する360個師団を欧州に展開している。

敵戦力を過小評価し間違った数字で作戦計画をたてたという点でバルバロッサ作戦は最初から失敗が約束されていた。バルバロッサ作戦中、目の前にいるハルダ―が日記にソ連軍を過小評価していたと諦観ととも書き記したのは有名な話だ。


「『フリッツ』は余りにソ連の軍事力を過小評価しています。赤軍は冬戦争で90個師団近くの戦力をレニングラード軍管区だけで動員しています。同規模の軍管区があと3つ以上あることを考えると、師団数は最低でも360個師団を超えます。奇襲効果があるとはいえこの戦力を逃さず殲滅するのは150個師団の我が軍には荷が重すぎる任務でしょう」


そして一番致命的なのはロスベルクプランがドニエプル以西にソ連の全兵力が集結していることを前提としている点だ。この前提だと赤軍がドニエプルより東に強力な戦力を配置していた場合、戦う前から勝敗が決することになる。史実のバルバロッサ作戦が失敗した最大の要因はこの誤った前提にあるといっていい。


赤軍は最初からドニエプルより東に決戦兵力となる精鋭部隊を第二梯団として配置していたが、国防軍は国境近くに展開している第一梯団をソ連の全兵力だと誤認し、後方にいる第二梯団の存在を予想も感知も出来なかった。

第一梯団の殲滅に成功し勝利を確信した国防軍の前に第二梯団が現れた時、バルバロッサ作戦は事実上失敗に終わった。


「赤軍は余りある兵力を国境だけに集中させるでしょうか?後背地に戦力を厚く展開し縦深的な迎撃態勢を整える可能性が0といえるでしょうか?ドニエプルより東にまとまった戦闘単位がいないとは言い切れません。第一段階の殲滅に全てがかかっているにも関わらず、希望的観測や誤った情報に基ずく部分が多すぎます」


なぜ国防軍は赤軍の実態をつかめなかったのか?それはソ連という国家の特殊性に起因する。

共産主義という政治的にも経済的にも資本主義から隔絶された体制を持つソ連にスパイや諜報員を送り込むことは不可能に近い。アメリカやイギリスに対する諜報作戦を成功させたアプヴェーアもロシアに諜報員を送り込む努力はことごとく失敗している。そして広大なロシアの地は無線傍受の届く範囲が限定されてしまう。

物理的にソ連の軍事力を正確に把握する手段はこの時代には皆無といっていい。

得られる情報が余りに少ないことが憶測や楽観論につながったのだ。


「よくわかった少佐。『フリッツ』には多くの問題点があるということだな。その見識を見込んで貴官にOKHの対ソ作戦計画案の作成を任せたい。貴官ならば『フリッツ』を叩き潰すような名案を考えだすだろう。輸送課長補佐の任は一旦解くことにする」


ハルダ―が満足気にうなずいている。彼からすれば作戦の是非自体よりもOKWに対抗する案をOKHが考えることが大事なのだろう。

最大の失敗要因は情報の不足にある。これほど大規模な作戦をこれほど少ない情報で始めた例は世界の戦史でも珍しい。だが史実を知る俺ならば情報面での不利はだいぶ補えるはずだ。


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