西方戦役⑥
第十九装甲軍団はダンケルクと目と鼻の先にあるマー運河に五つの橋頭保を確保した。
運河を超えると、イギリス軍機甲部隊は果敢に応戦してきた。
彼らの奮戦とマチルダII歩兵戦車の性能には驚嘆すべきものがあった。
それでも、背後の守るべき歩兵に機動を拘束されたイギリス軍機甲部隊は動きに精細を欠いている。
第十九装甲軍団は離合集散を繰り返し、効果的な機動をとりながら、巧みに各個撃破していく。
王立近衛戦車連隊が壊滅すると、迎撃にでてくる機甲部隊もいなくなった。
あとは東から来るキュヒラー大将の第十六軍、クルーゲ上級大将の第四軍と共同で包囲下の英仏軍を殲滅するだけ。
第十六軍と第四軍が鉄床だとすれば、第十九装甲軍団は金槌の役割。
追い詰めた英仏軍に鉄槌を下し、粉微塵に粉砕する。
進撃停止の命令が下ったのはまさにその時だった。
「どうしてです!あと一歩なのですよ!三日もあれば英仏軍全てを叩きのめせるのにっ!」
師団長の叫びが司令部内に響きわたる。
他の将校達は皆沈鬱な表情で黙っているが、皆の気持ちは師団長と変わらない。
艱難辛苦を乗り越えようやくここまで来たのに、ゴール目前で進撃停止命令がでた。
「第四軍、第十九装甲軍団は直ちに攻撃を停止せよ。『赤色作戦』の発動まで戦力を温存すべし」
敵が悠々と脱出していくさまを目の前で見せられることになる。
あまりにも酷すぎる。
アリスはグデーリアンの心情を考えると涙がでそうなほど悔しかった。
「皮肉なものだ。アルデンヌ奇襲案を採用なさった総統閣下が、ご自身で最後の仕上げを潰されるとは」
そして、アルデンヌ奇襲案に強硬に反対していた陸軍総司令部がおじさまと共にダンケルクへの攻撃を熱心に訴えている
おじさまの言う通り皮肉としか言いようがない。
「ヴェステンハーゲン少佐。あとは貴官ら第十六軍に任せることになる。よろしくたのむぞ」
結局ハインツの足労も無駄足だったことになる。
第十六軍だけでは包囲内の英仏軍主力の殲滅は無理だ。
「グデーリアン大将。私はまだ諦めてません」
「第十六軍だけでやるきかね少佐?」
「いえ。フランス軍を降伏させるのです」
「?」
ハインツの説明した作戦は周囲を唖然とさせた。
作戦の全貌が分かっていくにつれ、驚きと困惑が司令部内に広がっていく。
いったいなに考えてるのハインツ?
【1940年5月25日 フランス共和国 イープル フランス第一軍司令部】
ハインツが言うにはフランス軍は国土防衛戦を継続して、いまだに諦めていないが、イギリス軍はフランスを見捨てて撤退準備を整えている。
ダンケルクの配置はフランス軍を盾にして、イギリス軍の退却時間を稼ごうとする配置である。
ここに付け入る隙があり、ダンケルクに閉じ込められたフランス軍を降伏させ、その混乱をイギリス軍にも波及させるとのことだった。
おじさまをはじめ他の将校は懐疑的だったけど、ハインツはどうしてもやりたいと押し切った。
そして、あろうことか私を付き人に指名し、自ら使者に志願した。
今わたしたちは敵の本陣に乗り込んでいる。
「第十八軍作戦参謀ハインツ・ヴェステンハーゲン少佐です」
「第一軍司令官モーリス・ブランシャール中将だ」
若すぎる参謀将校と女性将校が珍しいのか、フランス人達は奇異な眼をこちらにむけてくる。
「それでなにようかな少佐?要件を聞こう」
「停戦を提案しにきました。」
「停戦?降伏勧告の間違いではないかね?」
「いえ停戦です。停戦の後に降伏していただきます」
「話がみえないな。具体的に説明してもらえるか?」
「すでに勝敗は決しました。これ以上の戦闘は無駄な犠牲を生じさせるだけです。そちらが降伏を検討する間、我々には停戦に応じる用意があります」
「なにを言うかっ!我々はまだ負けてない!!!」
「そうだ!なにが停戦だ!ただの降伏勧告ではないか!?」
司令部内が殺気立つが、ハインツは平然としている。
「そうですか。しかし、イギリス軍はあなた方を見捨ててすでに撤退の準備を進めていますよ?ダンケルクの配置をみれば、人目でわかります。安全なイーゼル河の内側にいるイギリス軍に対して、フランス軍はイープル、リール、サントメールといったダンケルク孤立地帯外縁部に配置されています。総攻撃が始まれば、真っ先に壊滅するのはあなた達です。イギリス軍は盾としてフランス軍を使い潰し、その間に撤退することしか考えていません」
「そ、それは」
フランス軍将校達に動揺がはしる。
「背信行為を働き逃亡を試みる、卑劣なイギリス軍を守るために玉砕することが果たしてフランスのためになるのでしょうか?他国軍の逃亡を助けるために玉砕しろと、あなた方は兵士達に言えるのですか?」
「なるほど。たしかに君の言う通り、我々は時間稼ぎの盾として使われるだろう。だが、我々がここで頑張れば、その分君たちの戦力をひきつけ、南で戦う同胞を助けることができる。我々の抵抗は決して無駄ではない」
ブランシャール中将は他の将校達と違って微塵も動揺してない様子。
この程度の揺さぶりは想定済みなのだろう。
どうするきなのハインツ?
「ブランシャール中将あなたを信じてぶっちゃけましょう。我がドイツ軍はこれより、全力を挙げてフランス南部の平定に乗り出します」
「ハインツ!?」
な、なにをいってるのハインツ?
敵に作戦を漏らすなんて…。
「そのため、明後日には第十九装甲軍団、第四軍は南部に転進し、第十六軍だけが残ることになります。あなた方がここで抵抗しても、南部で戦うフランス軍の助けにはなりません」
「馬鹿なっ!?出鱈目に決まっている。我々を降伏させるために軍機を漏らすというのか君は?なにを根拠に信じろというのだ?」
「そのために休戦を持ちかけたのです。あと二日たてば第十九装甲軍団と第四軍は南に転進します。あなた方の眼で直接確かめればよろしいかと」
「・・・第十六軍をひきつけられるだけでも十分な効果になるのではないかね?」
「第十六軍の任務はここに留まり、ダンケルク孤立地帯を制圧することです。あなた方が降伏しても、第十六軍は殲滅戦を行います。つまり、降伏してイギリス軍が壊滅するか、もしくはフランス軍が壊滅してイギリス軍が逃げるかの二択です」
ブランシャール中将も他のフランス軍将校も唖然としている。
当然だ。帝国軍側の私でさえ驚きを隠せない。
「ブランシャール中将。兵士一人一人には帰りを待つ家族がいて、それぞれの人生があるのです。面子のために、彼らを死なせないでください」
ブランシャール中将は悩んでいる。
悩むということは迷っているということ。
これは、筋があるとみてもいいのかもしれない。
それにしてもハインツは最初から一連の展開を予測してたのだろうか?
作戦中止命令を利用して降伏勧告を成功させるなんて、総統閣下の作戦中止命令があることを事前に知っていたとしか思えない。
今思えば、ハインツは作戦中止命令が届いた時も平然としていた。
あれは中止命令がくるのを知っていたからではないだろうか?
――――だとすればハインツ。
――――なぜあなたはそんなことを知りえたの?




