大戦の行方
フランス第一軍の降伏はイギリス軍にも大きな衝撃を与え、その戦意を大いにくじいた。
秩序と統制は失われ、兵士達は我先にビーチへと殺到した。
そこへキュヒラー大将が九個歩兵師団の戦力で攻め寄せてきた。
一部の精鋭部隊が懸命に防いだが、ダイナモ作戦発動から三日後にはイーゼル河防衛線が抜かれ、救出作戦の継続は不可能となった。
機甲師団を含む三個師団だけが脱出に成功し、残りの六個師団とゴート卿、ベルギー軍一個師団は降伏を余儀なくされた。
これで、北フランスにおける全ての戦闘が終結した。
6月2日、A軍集団、B軍集団、C軍集団が『赤作戦』を開始、フランス全土の平定に乗り出した。
ヒトラーやルントシュテットの予測とは異なり、フランス軍にすでに戦意はなく、マジノ線に残っていた三十万の精鋭が武器を捨てて投降すると、各地のフランス軍も次々と降伏。
ガムランの後任となったウェイガン将軍はパリが戦火に焼かれることを恐れて、「無防備都市」を宣言。
花の都パリは無血で明け渡され、エトワール凱旋門に鍵十字がひるがえった。
レイノー内閣は敗戦の責任をとって辞任、フランス議会はスペインから呼び戻した「ヴェルダンの英雄」ペタン元帥に全権を委ねた。
ペタンは全面降伏を受け入れ、コンピエーニュの森で休戦協定が締結された。
工業地帯や港湾施設が集中している北フランス、西フランスはドイツ軍の軍政統治下におかれ、ペタンの政府は南フランスで限定的な主権を認められた。
彼の政府はヴィシーに首都を置いたので、一般的に「ヴィシー・フランス」と呼ばれる。
このヴィシー・フランスは海外植民地に残るフランス軍を統制し、反独レジスタンスを抑え込むためだけに残された、ドイツの傀儡政権に過ぎなかった。
自由と民主主義の聖地であるフランスはナチズムに塗りつぶされ、世界大戦は第二の局面をむかえた。
本当の惨劇と破壊はこれからが本番だった…
【1940年7月4日 第三帝国 ベルリン ツォッセン 陸軍総司令部】
西方戦役が終わった今、陸軍総司令部は三つの課題に取り組んでいる。
①電撃戦理論の確立
②対英戦の開始
③対ソ戦の準備
そのうち俺が最も重視しているのが③の対ソ戦だ。
別にナチイデオロギーに同調して共産主義を敵視しているわけではなく、純軍事的に最も重要になるのが対ソ戦だからだ。
帝国の栄光はソ連にはじまり、ソ連で終わったといっても過言ではない。
国防軍は対ソ戦で過去最大の戦果を上げ、同時に過去最大のダメージを受けた。
不敗だった国防軍は完膚なきまでに撃滅されることになる。
一説によると大戦における全損失のうち、87%が東部戦線での損失だという。
対ソ戦をどうするかで大戦の趨勢は決まる。
本来なら破滅の元凶たる対ソ戦は避けるべきなんだろうが、それは不可能だと俺は思う。
帝国政府は大戦に備えて、何年も赤字国債を発行し、国家予算の六割近くを軍備につぎこんできた。
数千両の戦車・自走砲に、数千機の航空機、数万門の火砲、そして予備役を合わせて六百万人を超える兵士。
予算をつぎこんで作り上げたこれだけの大戦力を相手にするにはイギリスの陸軍力はあまりに小さい。
この巨大化した陸軍を遊ばせておくわけにもいかず、軍と政府が東方の大国ソ連に目をむけたのは自然な流れといえる。
加えてソ連には石油、鉄鉱石、ニッケルといった戦略資源、欧州の食卓を一手で支えるウクライナの穀倉地帯がある。
巨大化した軍隊を維持発展させるにはさらなる戦争とさらなる収奪が必要となる。
ようするに金と資源を大量に消費する軍備を維持するには、戦争をするのが一番手っ取り早いのだ。
帝国は今、戦争で他国の持つ債権や金塊、工業地帯を奪うことで強大な軍備をかろうじて維持している。
ボヘミア、フランス、ポーランドと帝国の征服地は戦争経済を支える効率的な収奪機構が確立され、今や帝国はこれらの征服地を欠いては戦争を継続出来ない。
フランスを食ったことでしばらくは持つだろうが、いずれは資源豊かなソビエトの征服に乗り出さざるを得なくなる。
そうしなければ、精強なドイツ国防軍はその戦力を維持できなくなる。
本末転倒なようだが、国を守るべき軍隊が逆に国を食いつぶしているのが現状だ。
そしてヒトラーも軍も今更軍備を縮小することは望んでいない。
さんざん侵略政策で他国を食い荒らしてきた帝国は、いまさらひくことが出来ず報復を恐れて軍備を維持し続けるしかない。
つまり戦争を避けるという道はナチス体制下では有りえないというわけだ。
戦争を避けられないなら、対ソ戦になんとか勝って被害を減らす道を探るしかない。
①の電撃戦理論の確立は対ソ戦で勝利するための根幹になる。
ヒトラーと陸軍総司令部は西方戦役の勝利でようやく、機動突破戦術の有用性を認めた。
史実同様、グデーリアンら機械化戦争を信奉する新勢力が欧州最強クラスの軍事大国フランスをわずか三週間で崩壊させ、電撃戦理論の有用性を実証したからだ。
そのおかげで、俺が提出した改革案が陸軍総司令部に全面的に採用され、電撃戦ドクトリンは正式に軍事教義として導入されることになり、装甲師団の数は十二個から二十四個に倍増されることになった。
新型戦車の量産も順調で、来年の春には三個師団分の配備が完了するとのこと。
ただ空軍の改革は上手くいっていない。
ゲーリングの縄張りである空軍には陸軍も手が出せず、対英戦を重視した長距離爆撃機の量産が優先されている。
そして②の対英戦。
史実では失敗したダンケルクの奇跡を防ぐことができ、三個師団を逃したとはいえ、イギリス陸軍に再起不能な壊滅的打撃を与えられたのは大きい。
陸軍の常備兵力が極端に少ないイギリスにとって、六個師団の損失は致命的なはずだ。
ただ、これで不屈の男ウィストン・チャーチルが屈することはなかった。
イギリス政府は国民の圧倒的な支持を得て、戦争の継続を宣言している。
対ソ戦以外で無駄な兵力を割くべきではないが、現実として対英戦は続いている。
対英戦を対ソ戦に貢献していく形で進めていく工夫が必要になるだろう。
今の段階で考えついているのは、中東への派兵だ。
中東といっても史実のような北アフリカではなく、フランス植民地のシリア、レバノンに爆撃機部隊と陸軍部隊を配備する。
そうすることで、エジプトのスエズ運河やイラン、イラクの大油田地帯を攻撃圏内におさめることができ、イギリスの戦争戦略に大きな打撃を与えられる。
そして、イランとイラクを押さえれば、イギリスとソ連の連携を断ち、ソ連経済を支えるコーカサス油田地帯を爆撃機の攻撃圏内におさめられる。
ただ、ヒトラーが軍に命じているのはイギリス本土への上陸作戦。
イギリス本土への攻撃を対ソ戦に組み込むという難事業を優先的に考えなければならない。
正確には対英戦に兵力を割くことを、ソ連に打撃を与えることに直結させる必要がある。
頭が痛いがこの問題を解決しない限り、対ソ戦は上手くいかない。
一つ思いついているのは奇襲に利用するという案だ。
ただこの案はアイデア段階で具体的なことはなにも決まっていない。
工業力でも軍事力でも帝国を上回るソ連相手に主導権を握るには、フランス同様に奇襲が有効なはず。
なんとかソ連への奇襲に対英戦を利用出来ないものだろうか?




