西方戦役④
【1940年5月24日 フランス共和国 B軍集団 第十八軍司令部】
第十八軍はブリテン島への退却を図る、イギリス海外派遣軍を猛然と追撃している。
史実よりはやく、オランダ征服を終えたことでベルギー方面への重点形成がはやくなり、ダンケルクへの突入も間に合いそうな勢いだ。
ヒトラーの干渉も史実と違って生じてない。
史実だとイギリス軍はフランス沿岸部のブローニュ、カレー、ダンケルクとベルギーのオステンドを加えた四つの拠点から撤退を試みている。
すでにオステンドは第十八軍が攻略し、ブローニュも南方から北上中のグデーリアンが落とした。
英仏軍に残された拠点はカレーとダンケルクのみ。
ただダンケルクとカレーはイギリス海外派遣軍二十万人、フランス第一軍十三万人が厳重に固めており、その殲滅は容易ではない。
長引くと、いつヒトラーの気が変わるかわからない以上、決着ははやめにつけるべきだ。
そのためにはカレーを包囲するグデーリアンに動いてもらう必要がある。
カレーのフランス軍に側面を突かれることを警戒して動けないのだろうが、史実だとグデーリアン本人はダンケルクに急行したがっていた。
ここは俺が背中を後押ししにいくべきか。
【1940年5月24日 フランス共和国 A軍集団 クライスト装甲集団 第十九装甲軍団司令部】
ハインツが突然司令部に訪ねてきたのは十分前のこと。
あまりに急な要請におじさまも私も驚いている。
「カレーを無視して私の軍団がダンケルクに突入しろだと?」
「はい。第十八軍唯一の装甲師団である第九装甲師団は一号戦車、二号戦車のみで構成され、イギリス軍の強力な機甲師団に太刀打ちできません。よってグデーリアン大将の装甲兵力が必要になります」
「しかし、それでは我が軍団がカレーのフランス軍に側面を突かれることになる。カレーにはフランス第二機甲師団もいるのだぞ」
少なくとも三百両近い戦車が目の前にいる。
決して無視できる戦力ではないし、無視すべきではないと私は思う。
「それについては私に考えがあります」
「いってみたまえ」
「敵の動きを見る限りイギリス軍はフランスに見切りをつけ、撤退に舵をきっています。対するフランス軍は包囲網を破り分断された南北の連絡を回復することを今だ諦めていません」
「うむ。それで?」
「ですので、閣下がカレーを無視しても、フランス軍は側面を突くことよりも、南方との連絡を回復することを選ぶでしょう」
「なぜ断言できる?私の軍団を側面で叩いて、強引に突破する可能性もあるだろう」
「フランス軍は後方の支援車両を全て放棄してカレーに逃げ込みました。よって燃料にも弾薬にも余裕がないはずです。軍団と戦いながら南へ突破する余力はないと考えます」
「ふーむ」
「閣下。少々のリスクを恐れる余り、大魚を逃しては元も子もなくなります。軍団が多少ダメージを受けてもイギリス軍を逃がしてはなりません」
司令部がざわつきはじめた。
一介の少佐が自分の作戦のためなら、大将を危険にさらすのは仕方ないと言い放ったのだ。
ざわつくのも無理もない。
アリス自身も正直カチンときている。
「ハインツ…いえ、ヴェステンハーゲン少佐。大将閣下と軍団の安全を確保してから、作戦を決行すべきではないでしょうか?」
「イギリス軍を逃がす方がはるかに危険ですハーネ中尉」
「・・・作戦のためなら大将閣下を犠牲にしていいと?」
「そんなことは言ってませんよ中尉。たんなる優先度の問題です」
たぶん本人は怒らせようとしているわけではないのだろう。
それにしても、もう少し愛想のある受け答えが出来ないものだろうか?
アリスはなんとか平静を保つ努力をしているが、自分でも顔がひきつるのは止めようがない。
「わかった。ダンケルクへは私が行く」
「ありがとうございます」
おじさまはあっさり了承され、ハインツはそのまま帰っていった。
いくらなんでも、失礼すぎる!
「そう怒るなアリス。少佐の言うことは正論だ。ここでイギリス軍を逃せばここまで来た意味は半減してしまう」
「しかし、ものにはいいようがあるとおもいます」
「あれはあの男なりの配慮だよ」
「配慮?」
「本心を言うと私は犠牲を覚悟してでもダンケルクには行きたかった。だが、軍団長である私から軍団を犠牲にしてでも、ダンケルクに行くとは言い出せない。そこで、あの男が代わりを務めてくれたというわけだ」
「少佐はおじさまの心情を思い図ってくれたと?」
「そうだ。私は彼に感謝しているよ」
グデーリアンが気分を害してないとわかっても、アリスは釈然としなかった。
――――自分でもわからなかったおじさまの内心をなぜハインツにはわかったの?
ハインツに軽い嫉妬を覚えながら、アリスはダンケルクへの進撃準備に取り掛かった。