お稲荷様、大爆発
王都イリアの学園中枢に激震が走る。
稀代の天才にして歴代最強と名高い勇者アロンド。
その子息が今期、この学園の初等部に入学するという情報が齎されたのだ。
勇者の情報は基本的に国の上層部によって秘匿されるものであり、特にその家族については知られる事がなかった為、その唐突な報せは理事長やその周囲を除き、教師陣や彼らに繋がりを持つ有力貴族にとって驚愕をもって迎えられた。
第72期の入学式も間近に控え、クラス割振り試験を実施したその日、一人の少年と一匹の妖狐により、大きな問題が発生する事になる。
そして、勇者という存在を良く知る者は一様に、頭を抱える事になるのだった。
◆◆◆◆
ーーーーー
勇者の心得
勇者とは、勇ましくなければならない。
勇者とは、頼られる者でなければならない。
勇者とは、強い者でなければならない。
勇者とは、高潔な者でなくてはならない。
勇者とは、慈悲深き者でなくてはならない。
勇者とは、信仰深き者でなければならない。
勇者とは、救世主でなければならない。
勇者とは、英雄でなければならない。
勇者とは、伝説でなければならない。
勇者とは、何者でも無い者である。
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到着して間も無く、学園の門で受付を済ませた俺達は、そのまま校舎を通って入学生の案内係である寮長に会いに行くことになった。
その道中、校庭の真ん中に置かれてある碑文に記載されたその文章をアレンはつらつらと読み上げる。
アレンが態々口に出して読んだのは、文字の読めない俺に読み聞かせる為だ。
校舎の一番目立つところにあったから、俺は無性にそれが気になってアレンにおねだりしたのだ。
あの契約の儀以来、俺達はお互いの快や不快、多少の意思が伝わりやすくなっている。
何となく、あれを望んでいるのかな、これを見に行きたいのかな、というのが伝わってくるようになっているのだ。
今回は、一度吠えてこの場所まで誘導したけれど、読んで欲しいというのはどうやら察してくれたらしい。
この以心伝心な感じが、時折堪らなく嬉しかったりする。
さて、この碑文に書かれた『勇者の心得』とやらは、この学園における一つの教育方針なのだろうか。
もしかして、この学び舎には沢山の勇者候補が集い、世界に勇者を輩出する事が目的の学校という事なのだろうか……!?
つまり、アロンド達のような強い戦士がまさかこの国にはごろごろいるということか……。
おお、怖い怖い。
「もし。少し良いかな。」
勝手な想像で身を震わせて戦慄していると、後ろから一人の男性がアレンに声を掛けてきた。
男はやや髪の毛が乏しく、頭のてっぺんで髪を横に流した、いわゆるバーコードのような髪型をしている。
「君はもしかして、勇者アロンドのご子息ではないかな。」
「はい。アレンと言います。えっと、パ……父のお知り合いですか?」
「ああ、そうだ。私の名はウィリアム・ロレンソ。この学園の教頭をしている者だよ。昔、君の父君の担任を請け負っていた事もある。……それにしても、後ろ姿がとても彼に良く似ているね。ただ、どうやら性格はまるで違うようだが。」
ウィリアムは自らの髪のようにくつくつと薄く笑うと(失礼)、懐かしそうな目でアレンを見遣る。何となく、元の世界で良くしてくれた祖父の顔を思い出した。
あ、祖父の髪は十分フサフサだったけれど(失礼)。
アレンは、ウィリアムの発言に、困ったような照れたような複雑な表情を浮かべると、一瞬目線を彼の頭に向けて、慌てて視線を落とした。
どうやら俺の失礼な考えがアレンにも影響したらしい。
顔をこちらに向けて、声に出さず口だけで「こら」と叱られた。
アレンにつられるように、ウィリアムの視線もこちらに向かう。
「ほう、九つの尻尾に金色の毛の小狐……。むむ、これは珍しい。この小狐の妖狐は君の使い魔かね。」
「はい。彼女の名前はソフィ。僕の守護者です。」
「そうかそうか。ソフィというのかい、良い名をつけて貰ったね。……どれ、ビスケットをあげよう。」
俺を見て顔を綻ばしたウィリアムは、ポケットの中に入っていたビスケットを取り出した。
お肉のようなジューシーさのカケラもない、パサついた食べ物であるビスケット。割ると香ばしく広がる小麦粉の香りが楽しい一品だけれど、お肉ほど目を奪われるものではない。
ない、が。決して食べたくないなどとは言ってない。
うん、ありがたく頂こう。
目の前に差し出された小さなビスケットの匂いを一度嗅ぎ、問題なく食べられそうだったのでそのまま口で受け取り、噛む。
む……、存外美味しい。
噛むほどに広がる小麦粉の香ばしい香りが、口から鼻へ、そして再度鼻から口へ戻ってくる。
噛めば噛むほど、何度も香りが楽しめる。こうしたものは、あまり食べる機会がなかったけれど、これは実に良いものだ。
「随分と人馴れしているようだ。様々な伝承から妖狐というのは凶悪で禍々しい生き物だとばかり謳われているが、見た目は中々に愛嬌があるのだな。それに、こうも素直だと妙に愛らしい。」
そう言って彼は俺の頭を撫でた。
しかし、できれば食べてる時に頭を撫でないでほしいのだが……。まあ、ビスケットくれた人だし良いけどさ。
「もう、ソフィ。知らない人から物をもらっちゃダメだって、ママから言われてたよね。」
「!!」
そうだった。
初めて会う人なのに、警戒心もまるで無くナチュラルにビスケットを貰ってしまった。
あ、でもアレンの通う学園の先生だし……。
知らない人ってのは間違いないけれど。
いや。言い訳はやめよう。
極端だけれど、もしもこの人が悪い人で、ビスケットに毒とか入れられてたら大変だったのだ。
今度から安易に物を貰わないように気をつけよう。
「ははは。君はその歳でなかなかしっかりしている。……さて、アレンくん。自己紹介も終わったし、互いの素性も分かったが、これでも私は知らない人かな。」
ウィリアムが再び手にビスケットを一つ取ると、アレンに差し出してきた。
それも、いたずらっぽい笑顔で。
「ようこそ。学園へ。」
アレンは俺をちらりと見遣って、少しバツが悪そうにそれを受け取った。
ーーー
広大な土地を持つ学園の一角には、学生寮と呼ばれる場所がある。
その名の通り、学園に通う学生達が住まう寮なのだけれど、その大きさと利便性は一介の学生には勿体無いと感じてしまうほどの品質を持っている。
無論、この世界標準であるが。
日本のもので例えるなら、いわゆる団地から建物の高さを半分引いて、中身をワンルームに替えているようなものだ。
しかしながら、それに不便はまるで感じる事はないだろう。
何せ、身一つでやって来たので持ち込んだ家財などは一切ないから部屋を狭くすることはない。また、備え付けで机と本棚、ベッドがあるので勉強や寝泊まりする事に問題はないのだ。
一つ、懸念があるとすれば、この部屋が相部屋での利用と決まっていることだろう。
アレンと俺は、筋肉質で逞ましい身体の寮母さんから寮内ルールの説明を受けた後、彼女の案内で部屋へと向かう。
二階にある211と番号付けられた部屋が今後俺達が暮らす部屋となるのだ。
寮母さんが部屋をノックすると、中からトタトタと早歩きの音が聞こえ、ガチャリと音を立てて扉が開かれた。
中から出て来たのは、アレンより頭一つ背の高い赤髪の少年だった。見た目は大体十代前半くらいに見える。鼻だちの整ったイケメン面だが、妙に軽薄そうな印象を受けた。
「お? おおお。ノーラ、もしかしてこのチビが俺のルームメイトか?」
「寮母さんと呼びな、エドワード・リカータ。そう、あんたのお待ちかねのルームメイトだよ。仲良くやんな。」
寮母さんはアレンの肩をポンと叩き、エドワードの前に押しやった。
アレンはエドワードを見上げ、母親譲りの微笑を浮かべる。
「初めまして。僕の名前はアレンと言います。そしてこっちは守護者のソフィ。二人共々、これからよろしくお願いします。」
「ふーん。……あん? 守護者ぁ?」
エドワードは怪訝そうに眉を顰めて、開けた扉から身を乗り出すと、俺の目の前にしゃがみ込む。
この世界では初めて見る、いわゆる不良のうんこ座りというやつだ。
というか、なんだこいつ。
アレンが挨拶したってのに無視しやがって。
唸らない程度に怒りを覚えるが、ここは我慢だ。
これくらいの子供のやんちゃ程度、大目に見る度量を持つのが大人ってやつだろう。
……いや、どちらかと言うと教育的指導を行うべきなのか。
適当に考えを巡らしつつ、こちらを覗き込むエドワードを睨み続ける。
おうおう、やんのかこらー。
「守護者にしては小さくて弱っちそうな奴だな。愛玩動物の間違いじゃねえの?」
!!
………………ん。
いや、反論しようと思ったけど、冷静に考えてみたらその通りだった。
俺、実はこの世界に来てから、碌に戦闘とかした事がない。
アレンの守護者と言っても、今まで能力は弱体化していたし、あの平和な村の中じゃ危険なんてまるで起こらなかったからアレンの散歩のお供だって問題なかった。
極論、守護者らしい行動といえば、アレンが遊んでいて転びかけた時に受け止めたりしたくらいだ。
守護は守護はでも、あれは子守だよ!!
そう考えてみると俺の戦績は、初めての戦闘である勇者一行との戦いだけという事になる。
俺……あの戦い本当に頑張ったなぁ。
生きる為に必死で戦って、スキルも戦闘中に頑張って使い慣らして、慣れない身体をよく動かした。
結局最後は負けて死んじゃったけれど、自分で自分を賞賛できる良い戦いだったと思う。
というか、あの当時でも強いと言われていたらしい勇者と善戦したっていうことは、俺って結構強いのではないだろうか。
……なんてな。
やはり攻撃スキルが狐火一つしか使えない俺が、そんなに強い位置付けに入るはずがない。
ぶっちゃけた話、アロンドやイリーナから英才教育を受けた今のアレンにも実力は遠く及ばないだろう。
事実、守護者なんてのは、名前負けにも程があるのだ。
そんな風に同感を覚える俺だったけれど、ご納得いかない御仁がいる。
当然、アレンのことだ。
「弱っちくなんかないよ! ソフィはとっても強いんだから。」
ね! ソフィ!!
と同意を求めてくるアレン。
そう力強く言われると、そんな気がしてきた。
アレンが俺に強い期待を抱いているなら、それに応えなきゃ雌が廃るってもんよ!
俺も自信満々に吠えて返事を返すと、小馬鹿にしたような表情のエドワードが、けらけらと笑う。
「そうかいそうかい。じゃあ明日は楽しみにしてるぜ。クラス割振り試験は使い魔の能力も評価対象らしいからな。暇だから見学に行ってやるよ。……っと、俺の名前はエドワード・リカータだ。これからよろしくな、アレン。」
ーーー
「遠路遥々よく来た、アレン少年。私の名はモンザ・ドライアム。今日一日、君の試験を見る事になった教官だ。これからやって貰う試験の説明や注意点を教えていく。分からない事は質問してくれ給え。」
試験当日が訪れた。
昨日から俺達はエドワードとルームシェアを始めた訳だけれど、結局あの後、奴と再び会話することはなかった。
何せ、アレンは長旅で疲れ切っていたのだ。
エドワードからアレンが使うベッドを指示されてすぐに、アレンは敷かれた布団の上にダイブして、馬車の寝泊まり事情とは比べ物にならない快適さを感じつつ速やかに眠りに落ちたのである。
その時間およそ3秒。
恐ろしく早い就寝。俺出なきゃ見逃してたぜ。
実際、エドワードは寝ている事に気付かず、アレンに話し続けていて妙に間抜けな光景だった。
それはさておき、試験のことだ。
筆記試験は特に話せる事はない。何せ、俺には関与できない事だし、問題を読んだところで文字が読めないのだ。
俺は試験の邪魔にならないように部屋の端っこで、暇潰しをするしかなかった。
自分の尻尾を追いかけてグルグル回るのって結構楽しい。
試験を時間通り終えて、今度は実技試験。
俺達は、教練場と呼ばれる広場にやってきていた。
見た目はまるで朽ちる前のコロッセオ。それがさらに広がって、野球場並みの規模を誇っている。
「これから行う実技試験だが、剣術、魔法、そして使い魔の実力を見せてもらう事になる。剣技は私が直接相手をするが、魔法は後で別の的を用意しよう。」
そう言って、長さの疎らな木刀がいくつも入った籠をアレンの前に置く教官。
「さあ、手に取り打ち込んで来給え。こちらはしばらく受けに徹するが、良くなってきたら反撃を行う。油断せずに来ると良い。」
「行きます。」
アレンの動きは速かった。
走り出すと同時に籠の木刀を手に取り、抜き取った勢いのままドライアム教官に向けて振り抜いた。
相手の油断を突いた完全なる不意打ち。
最速の勢いが教官を一閃しようとしてーー
「うむ、抜きも速さも良かった。ただ、次から不意を打つ時は攻撃の宣言はしない方が良い。」
アレンの剣尖は教官の木刀により防がれていた。
不意打ちの一閃のみならず、その後も続く激しい連撃も難なく往なしてアドバイスまで行う。
その後も特に状況が変わる事なく二人の剣戟は続き、教官から反撃をされる事もなく数分が経過する。
「そこまで!」
教官が声を上げて打ち合っていた音が鳴り止んだ。
結局、反撃を行う事なく終わったので、あの教官から見ればまだまだアレンは低レベルの域にあったという事なのだろうか。
涼しげな教官の顔と、息の荒いアレンを見て、俺の胸に悔しさが募る。
「君の身体はまだ十分に出来上がっていないから打ち込みが軽い。だが、それを補う剣の速さは驚嘆するに値するものだ。私に反撃を許さない猛攻は見事であった。剣技は満点と言っていいだろう。」
「は、はい。ありがとう、ございます!」
……おお。風が吹いてると思ったら俺の九つの尻尾が凄い勢いで振られてた。
頭で追いつくより先に身体が反応して喜んでるよ、これ。
ま、なんにせよ目出度い!
手放しで喜んでいると、乾いた拍手が教練場に木霊する。
その音の発生源は真後ろ。
少し離れた教練場入口の壁に寄りかかっているエドワード・リカータによるものだった。
俺達が気付いたのを見て、彼はゆったりとこちらに近寄って来た。
「ども、ドライアム教官。ちょっと見学させて貰うぜ。」
「エドワード。例え貴様であっても、本人の同意がない見学は許されていない。」
「大丈夫。ちゃんと昨日許可取ったし。な、アレン。」
いや、暇だから来るとは言ってたが許可はしてないだろ! というか、見学には同意が必要だったのか。
ただまあ、アレンにしてみても俺の実力を示す良い機会だと思っているから、エドワードのその言葉にすぐ首肯した。
ドライアム教官はアレンの返事に肩を竦め、次なる試験の進行を始める。
「次は魔法を……と、言いたいところだが、アレン少年はまだ疲弊しているだろう。その子も暇そうにしているから、使い魔の試験に移るとしよう。」
おっと。やっと俺の出番が来たか。
と言っても、俺にできる事はバトルフォームに変化して、狐火を的に撃ち込む事だけだ。
そういえば、レベルアップ以降使った事はないけれど、大丈夫だろうか……。
いや、大丈夫だ。問題ない。
目的は俺の強さをエドワードに見せつける事。
弱い分には困るが、強くて悪い事はないはずだ。
的を消し飛ばすくらいの気持ちで撃ち込んでやるぞ!
教練場の的は広場の中心に置かれた。
俺への指示は、方法の如何を問わずあの的を破壊する事だ。
的の見た目はこの世界におけるドラゴンを模した像のように見えるが、大きさは3メートル程度。
だが、素材はかなり良いものを使っているように見える。
……というか、ビジュアル含めて壊される気はさらさら無さそうな的だ。
魔法的な防御も念入りに施されているみたいだし、この試験の目的は、使い魔の使える攻撃スキルを隈なく洗い出す事にありそうだ。
全員が的から遠く離れ、準備が完了した。
たった三人とはいえ、注目されることに少しだけ尻込みしそうになる。
(ソフィ! 頑張って!!)
今までにない程強力な思念がアレンから送られて来た。言葉となって伝わって来るのは初めての経験だ。
俺は応援に応えるよう気合いを入れ、かっと目を見開き、変化を使用する。
巨大化して当たり判定が増加する代わりに、攻撃力と防御力が上昇する効果を持つ、九尾の狐のバトルフォームだ。
変化は他にも、物に化ける擬態モードもあるが、物に擬態している身体が破壊されると大ダメージを受ける仕様だったので絶対に使わない。
多分、この世界だと陶器とかに化けて、粉々に割れてしまった時にゃ、間違いなく死ぬだろうなぁ。
さておき、バトルフォームに変化して、力が溢れるのを感じつつ、的であるドラゴンの像を睨みつける。
……あれ? ドラゴンの像、あんな小さかったっけ。
まあいいや、先ずは小手調べからだ。
狐火を前片足に収まる程度に生み出し、直線的に発射する。
自在に動かすことも可能な狐火だが、邪魔する者もなく、直線なので操作は切ってある。
それによって俺はようやく気付いた。
赤かったはずの俺の狐火が、青色に発色していることに。
青い狐火はそのままドラゴンの像に衝突し、そして……
学園内に激震が走った。
ド───m9(゜∀゜)───ン!!




