男好きと頭突き
まだ気まずい雰囲気の中…
ポジティブで能天気な彼女、朱吏は立ち直っていた。
それはヒューが彼女の中ではガイジンさんの美人さんだからだ。
彼女の友達の帰国子女はハグもキスも当たり前だったのもあるが、
バーの飲み仲間で常連のガイジンさん、ケイン(28才テキーラ好き)と括りは一緒。
これはこれ、それはそれ。
挨拶なら仕方ない。
日本人のおじぎと同じである。
「さ、帰りましょう。今日は初お手伝いなのでお酒奢ってくださいー。」
「…あ、ああ。」
詰めていた息を吐く。
ヒューはまた一人で取り残されたのに気付き、
今までの思考を次元の果てに追いやった。
(ああ、まただ。くくく…)
不快ではないこの距離も胸の音も有耶無耶にする。
朱吏を追いかけながら、軽く笑う。
笑ったのも久しぶりな気がする…
(俺は朱吏といると楽しいんだな…)
***
「いつものは?」
「ああ!いつものね~。いきますよ!!え~、大切な3つの袋があると申します。………カンパーイ!!!」
「3つの袋って何なんだ!!??…後で聞くぞ、乾杯。」
朱吏はまず3つの袋についてさんざん聞かれたので、お袋、胃袋、給料袋
と答えておいた。
なるほど!と、納得したようだ。
敢えて言いません。下ネタの方は。
これ以上変態さんになっちゃまずいと思うのです。
女子的に。
流れでお母さんの話になり、両親ともに健在で本邸に住んでるそうだ。
ヒューはこちらからの方が通勤しやすいので別邸に住んでいるらしい。
執事さんはクラウスさんという人で、もうすぐ帰ってくると手紙が来た事、
カトリーヌさんは幼馴染でフィリップさんと恋仲らしいが、なかなか
くっつかない事、侍従用の制服を作りに行く事も
こんなに話す事がいっぱいあるんだ、と驚愕した。
あたりまえだけど、お互いにまだ知らない事ばかりで、
少し歩み寄れた気がした。
ヒューはお酒が入ると少しだけ饒舌になる。ほんの少しだけど。
そして最近笑ってくれるのだ。
本当に微笑程度だけど、表情が和らぐ。
ヒューが笑うと朱吏も嬉しくなった。
「ハイ!私ー、朱吏・藤原、歌わせて頂きま~すぅ!!あはは!!」
「…なんの歌だ?こっちの歌でも覚えたかー?」
「…貴様と俺とぉ~はぁ~、同期の桜ぁ~♪ 同じ兵学校ぉの~庭に咲くぅ~♪
咲いたはぁ~な(花)なら、散ぃるぅのぉは覚悟ぉ~♪」
立ち上がり腕を振り上げ歌いだした。
しかし、歌詞がういういしい若い二人の飲みの席には相応しくなかった。
なんだか複数の憐みの視線を感じる…
周りの客もなんだかそわそわしざわめき始めた。
今更気付いたが、かなり目立っていたようだ。
噂の冷酷な氷の貴公子が、少年と楽しそうに未来計画を話す様子は
酒場中の注目の的になっていた。
そして皆が目を見張った。
あの宰相様が笑った、と。
残念ながら男の子好きと、新たに噂されるのは間違いない。
ヒューはぞっとした。
急いで歌を中断させ、迷惑料込の料金をテーブルに置いて
さっさと店を後にした。
***
亥の刻(午後9時~11時)だろうか。
辺りは意外に人が行き来している。
まだ歌いたそうな目を向けアピールしているがスルーする。
ヒューも結構酔っている。
ただ朱吏のおかげで少しだけ冷静になれただけである。
これじゃ二人とも潰れる…。
夜の街も活気がある。この辺は酒場が集中していて
何軒も連なっている酒場兼宿屋が多い。
店の特徴を掲げた看板は皆、個性的で惹かれてしまう。
だが、いつも朱吏とヒューが行く酒場、青い小鳥亭は比較的危なくないので安心だ。
レンガ造りの外観の中は、全ての家具が温かみのある木製になっている。
いつも通り、娼婦の誘いがありそうな道は避け、急いで邸に戻る。
朱吏は足元も危ういので、青い小鳥亭からずっと手を繋ぎっぱなしだ。
それも常連の酒の肴になってるのも知らずに…
邸に着き、急いで寝室に…
あと一歩及ばず。
二人はソファーの足に引っ掛かり、絡まるように倒れた。
最後に朱吏の強烈な石頭の頭突きを受けブラックアウトしたのだった。




