第七話 廃村での危機
「ここがその廃村か」
徒歩でしばらく移動して、やっと四人は人の気配のない村に到着した。
青々と茂った木。ぽつぽつと立ち並ぶ古めかしい住宅。庭は手入れがされていない証拠に、雑草が生い茂っていた。
「すいませーん!」
日向が大声を出してみる。
そのまま舗装された細い道を歩きながら何度か声かけをしたが、応答はない。
「その廃村で当たりみたいだな。誰もいない」
日向が足を止めて、後ろから来た三人を振り返って言った。
「ほな化野、どないする?」
「……うーん、ひとまずどの家を宿にしてたか探さないと。
どっかの家を野宿に使ってたと思うんだよね。
従姉妹が旅行に行ってから、最初は連絡がついてたらしいんだ。
連絡がつかなくなったのが旅行に行って一週間後だから、もし旅行自体嘘で、最初からこの廃村に来てたなら一週間どこかで寝泊まりしてたはず」
「そもそも、なんでこんな廃村に来たんだ?」
忍野に聞かれた化野が考えながら答え、日向が疑問を口にする。
「メリーさんから逃げるのが目的なら尚更、人気のないところに行くか?」
「……なんか妙な話してたんだよね。
同級生のお兄さんが、友達に連れられてある集落に遊びに行ったら、そこはもう廃村で、そのお兄さんは随分怖い思いをしたみたいで頭が白髪になってたとか」
「? なんだそりゃ。お化けを見たってことか?」
怪訝な顔をした桐生の問いかけに、化野は「多分そうなんだろうけど」と悩み、
「ただ、以津真天の話をしてたんだよね。
その話を聞いて、従姉妹はここに来たのかも」
と告げた。
「いつまで? なにそれ?」
「鳥山石燕による江戸時代の日本の妖怪画集『今昔画図続百鬼』に描いてあった怪鳥やな。
『太平記』によれば建武元年の秋、疫病が流行して病死者が多く出た頃、毎晩のように紫宸殿の上に怪鳥が現れ『いつまで、いつまで』と鳴いて人々を恐れさせていたっちゅう話が残っとる」
「諸説あるけど、『いつまで続くのか』『いつまで続けるのか』と鳴いていたようにも思えるよね。もしこの村にも以津真天がいたなら、まあ、多分後者の意味だったのかな」
「意味わかんねえよ」
首をかしげる日向に忍野と化野が答えるが、やはり日向は怪訝そうだ。
「連絡がつかなくなる直前、従姉妹、こう言ってたんだ。
『友達のお兄さんが言ってた通り、公民館が焼け落ちてた。ここならその以津真天が倒してくれそう』って」
「は? つまりその従姉妹は、その怪鳥にメリーさんを退治させる気だったってことか?」
「額面通り受け取るならね」
にわかに信じがたい様子で化野の顔を見た桐生に、化野は真顔で頷いた。
「はー、……追い詰められた人間ってのはなにするかわかんねえな。
以津真天はそういう妖怪じゃねえだろ」
「まあ、わらにもすがる心地だったんだと思うよ。
それで、従姉妹が宿にしてた家を探したいんだけど、手分けする?」
化野の言葉に、残りの三人は顔を見合わせる。
「二人ずつで分担しようぜ。
俺は化野と組む。忍野は日向と探せ」
「おう、わかった」
「おおきに。桐生」
「別に」
忍野にはここに来る道中桐生にだけした話をくみ取って、その組みあわせにしてくれたのだとわかるが、それを知らない日向は首をかしげていた。
「あ、ちょっと待て。スマートフォン一応交換しとくか」
「ああ、せやな。彼方はもう桧山先輩と交換しとるから、俺ら三人で」
「はい」
桐生、忍野、化野は自分のスマートフォンを差し出し、交換してポケットにしまう。
「ほな、またあとで」
「ああ」
「じゃあまた」
「おう」
言葉を交わし合って、四人はそれぞれ別方向に歩き出した。
日向は村の中の家を回りながら、忍野に、
「そもそもどこを宿にしてたかわかるか?
寝袋とかあるならもう警察が回収してるだろ?」
と聞いた。
「そうやなあ。あとは、……俺のダチと同じ方法かな」
「うん?」
「ほら、一緒に行ったやろ。意識不明になったダチん家」
「ああ、あれか」
忍野の説明に思い出して日向は頷く。
「あの時、写真に写ったやろ。それと同じ方法」
「あ、そっか。あれ、でもデジカメ持って来てねえぞ?」
「スマートフォンでええやろ。あのときデジカメにしたのは、そのほうがええんちゃうかなと思っただけやから、写るだけならスマートフォンのカメラでも問題ないはずや」
「確かに」
話しながらいくつかの家を捜索したが、なにかが写った家はない。
それより妙な違和感がある。
どの家も、人が住まなくなって何年も経っていそうな状態なのに、ダイニングのテーブルの上に食事をしたばかりのような、空の食器が並んでいる。
「ここもか。なんやろ、これ」
「なんか不気味だよな。皿だけ並んでると」
ある家のダイニングにも、やはり皿だけが並んでいた。
「なんか、アレみたいやな」
「アレ?」
「迷い家。昔の日本で、旅人がある村に行ったら住民が誰もおらず、なのに今から食事の時間だとばかりに温かい料理が並んでいた、ってやつ」
「あー、メアリーセレスト号みたいなやつ」
「そう」
日向が似た話を思い出すと、忍野が笑顔で頷いた。
「そういえば、それの興味深い考察見たんよ」
「考察?」
「迷い家の。時代が時代やからな。襲われたんやろうって」
「襲われた」
オウム返しした日向に、忍野が、
「そう、例えば戦から逃げた敵将を匿ったとか、姫君を匿ったとかで皆殺しにされたとか。食料を奪うために皆殺しにされたとか」
と話す。
「……でもそれ、村の中には人影一つなかったんだろ?」
「やから、離れた森の中まで追い詰めてから殺したんちゃうかって。
村の中で殺したら、すぐバレるやろ」
「あ……」
筋の通った話をされ、日向は擦れた声を漏らした。
「ただその場合、誰から隠す必要があったんやって話になる。
敵将を匿ったとかなら、殺す道理は一応あるしな。
やから、よっぽどあかん相手を匿ったか、……皆殺しにした理由を隠さなあかん事情があったか」
忍野はそう話して、玄関へと向かう。日向も後を追った。
「ま、憶測やし、ほんまのところはわからへんけど」
「もー、なんでまた怖い話するかな」
「すまんすまん。メリーさん以外なら気晴らしになるかな思て」
おどけて笑った忍野に、日向は腕をさすって嫌な顔をする。
「全く、昔は倉庫に閉じ込められたくらいで泣いてたのに」
可愛くなくなった、と呟いたら、なんだか面はゆいような顔をした忍野が手を伸ばしてきて、日向の頭をくしゃりと撫でた。
「なに?」
「なんでも」
優しい顔をした忍野に首をかしげる日向だったが、不意に忍野が眉を寄せた。
まるでなにかのセンサーに引っかかったように、視線を動かして右側にある家を見やる。
「あ、ここ」
「なに?」
「あかんかも。なんか、嫌な感じする」
かすかに怯えたような顔をした忍野に、日向も険しい顔をしながら、
「そういえば礼賀もちょっと霊感っぽいのあったっけ」
と呟く。
「化野ほど強うないけどな」
忍野はそう答えて足を踏み出す。日向もすぐ追いかけた。
そのまま右側の家の玄関を開け、土足で上がると居間の引き戸を開ける。
畳の部屋だったが、埃の積もった畳に、一部なにかが寝そべっていたような痕跡がある。
「やっぱりやわ。ここがその従姉妹が宿にしとった家やろ」
「一応写真撮るか?」
「せやな」
日向はスマートフォンのカメラを起動し、居間が写るように画角に入れ、ボタンを押す。
「うわ」
「写った?」
「写った。やっぱ慣れねえ」
あのときと同じように画像に写った女に、その恐ろしい形相に日向が身を引く。
忍野は慣れた様子でいたが、不意にハッと息を呑んで日向の胸を突き飛ばした。
日向は驚く暇なく、廊下から扉が開いたままの玄関に落ちて倒れ込む。
痛みに呻く余裕なく、即座に起き上がる。
廊下に立った忍野の背中と、その向こうにあの女が立っているのが見えた。
確かに見た。あの画像から、スマートフォンからあの女が飛び出してくるのが。
「日向!」
不意にこちらに化野が走ってくる。
「なにが……っ!」
化野は玄関に足を踏み入れて、女と向かい合う忍野を見て息を呑む。
「化野! 彼方連れてけ!」
「礼賀!」
「っ、行くよ日向!」
化野は一瞬だけ躊躇したが、すぐ日向の手を掴んで立たせると外に向かって走り出した。
「つながらない」
女が低い声で呻く。
「つながらない。
どこにいるの」
「悪いけど、そのまま彷徨っとけ」
忍野はそばに立てかけてあったモップを手に取って構える。
「あんま、人間舐めんなや」
引きつった笑みを浮かべながら、女を睨み付けて凄んだ。
そのまま別の家に飛び込んだ化野と日向は、二階に上がって子どもの部屋だったのだろう一室に入り、扉を閉める。
荒い呼吸を吐いて汗ばんだ頬を拭いながら、その場に座り込んだ。
部屋は埃っぽく、子どもが使っていたのだろう学習机と本棚、ベッドが室内に置かれている。
「……礼賀」
床に座ったまま、か細く親友の名を呼んだ日向は、そのまま膝を抱えた。
「……化野。桐生は?」
「なんか、嫌な感じがして一人であの家に走ってきたから、多分その前に探してた家にいると思う。ラインしとこうか。あの家はまずいからって……電波入ってないや」
自分のものではないスマートフォンを確認して、化野は疲れたように息を吐く。
「はは、どうしようもな」
「…………大丈夫だって」
渇いた笑いを浮かべた化野に、日向は力のない声で言う。
「礼賀、あいつ強いから絶対無事だし、桐生も無事だし、だから、絶対大丈夫なんだ。
そう、絶対、絶対、大丈夫……」
そう震える声で言いながら膝を抱きしめる日向の横顔を見て、化野は言葉を失うと「あーあ」と零した。
「ほんと、俺って嫌な奴」
「……化野?」
「日向は、偉いよね。こんな状況でも、俺を責めないんだから」
そうぽつぽつと零した化野の顔を見つめていた日向だが、不意に息を呑んで立ち上がろうとする。
いつの間にか部屋の扉が開いて、廊下に立っている女が見えた。
ベッドが宙に浮かぶ。自分目掛けて降ってきたベッドに、ぎゅっと目を瞑ったが衝撃が来ない。
おそるおそる目を開けると、自分に覆い被さるようにしてベッドを背中で受け止めた化野の姿がある。
「あ」
「ごめんね。日向」
ぽた、と真っ赤な血が落ちる。ベッドの足で打った化野の額から鮮血が流れる。
「ほんと、こんな大事にするつもりじゃなかったんだ」
「あ、だしの」
擦れた声が漏れた。
自分と女の間に立ちはだかる化野の肩も、ベッドの金具で引っ掻いたのか真っ赤に染まっていた。
「従姉妹ね、俺が、メリーさんのこと教えちゃったんだ。
あんなに大事になるなんて思わなくて、ちょっと流行ってるみたいだよって冗談で、まさか本気でやるなんて思わないで。
だから、従姉妹が死んだら俺のせいだから、どうしても助けたかった。それだけ」
か細い声が、雨だれのように耳を打つ。ふる、と首を横に振った。
「ほんとに、こんな大事にするつもりじゃなかったんだ」
「化野、いい。……いいから」
ベッドがまた宙に浮かぶ。
「いいから逃げて!」
日向が叫ぶのに、化野は血まみれの顔でこちらを見て、綺麗に笑うのだ。
「ほんと、ごめんね」
ベッドが降ってくる。それに身体を殴られた化野が床に倒れ込んだ。
化野と床の隙間に閉じ込められ、日向は必死で化野の肩を揺する。
少し背中は痛むが、化野の身体がクッションになったおかげで怪我はない。
「化野! 化野!」
名を呼ぶが、返事はない。涙が瞳ににじんだ。
だがハッとして息を呑む。
ひたひた、と足音がする。
ベッドと床の隙間から、そっと横を見た。目が合った。
「み、」
しわがれたような声が聞こえる。
「つけ、た」
ブツン、と電源が落ちたように意識が失せた。
「ここが例の廃村か?」
「そう」
廃村の道の途中で足を止めた男が隣に立つ少女に尋ねる。
少女は頷いて、手のひらを軽く振るった。
「間に合った? セイ」
「ええ。強制的に全員の魂を隠したから。
ほら、文句言いに来たわよ」
連れの質問に、少女は、セイは笑って視線を目の前に向ける。
そこに、一人の女が立っていた。
「どこ」
そう、低い声で言う。
「どこどこどこどこどこにかくした」
「さあ、あなたの手の届かないところ」
「かえせ。かえせかえせかえせ」
「駄目よ」
答えたのはセイではない。そばに佇んでいた椿だ。
「この子たち美味しそうなんだもの。あなたなんかにはもったいない」
そう笑った椿の目の前に、一枚の障壁が出現する。
「生意気なのよ。あなた」
「かえ、っせえ!」
女が飛びかかってきた。同時に放たれた障壁を蹴って、女は更に高く跳躍する。
そのままセイに襲いかかった女の前に、空碧が立った。
「咲け、煉獄」
淡い声で囁いた瞬間、業火が膨れ上がって女は背後に飛びすさる。
「あなた、前にもここで暴れたでしょう。
そういうのを嫌う怪鳥が怒ってるのよ。まあその怪鳥は、この村の住民にも怒ってたみたいだけど」
口角をつり上げたセイの耳に、羽音が聞こえた。
「ほら、聞こえない?」
バサッ、と大きな鳥の、羽音が響く。
「いつまで」
そう呟くような、鳴き声がする。
「いつまで」
遙か頭上を女が見上げる。そこに、不気味な肢体の怪鳥が飛んでいた。
顔が人間、曲がったくちばしに鋸のような歯が並び、身体はヘビのようで、両足の爪は剣のように鋭く、翼長は約5メートル近い。
その背中が裂け、大きな黒い手が飛び出す。その黒い手の甲に、罅が入って赤い瞳孔の目が開いた。
「いつ、以津真天!」
その叫びと同時に、眼球と目を合わせた女の身体が青白い業火に包まれる。
「ぎゃああああああああ!」
絶叫を上げた女の肉体が、セイたちの視界から見えなくなった。
「やった?」
「どうかな」
尋ねた空碧に、セイは以津真天が起こした風にたなびく髪を手で押さえて呟く。
不意に炎が消えた。そこに一つの拳ほどの大きさの赤い玉が浮かんでいて、それが不意に消えた。
「奴らに回収されたわね」
「そりゃあ三十人も魂を喰らった上、こっくりさんとメリーさんが共食いした怪異だもの。
そう易々と手放したくはないわよ」
セイの仕方なさそうな言葉に、椿がため息を吐いて肩をすくめる。
上空を舞い飛んでいた以津真天は、背中から手を消すと、不満げに鳴き声を上げてその場から姿を消した。
「ひとまず、この場は収まったってことにしましょう。
彼らを回収して、目を覚ます前に寮まで運んで。
……魂を取るまではしてないものの、魂を奪われないよう隠して一時的に肉体から遠ざけたから、後遺症あるかしら」
「問題ないだろ。ただ、記憶が半端に残る奴はいるかもな。
その、化野朔螺とか」
「そうね」
カロンの声を聞いて、セイは手のひらに青白い光を放つ玉を生み出す。
口に運んでそれにかり、と歯を立てたセイの手首を掴んで、カロンが引き離した。
「セイ。駄目だ」
やや焦った声で、セイの行動を叱咤する。
「化野朔螺の正体を確かめたいからって、魂を喰ったら駄目だ。
俺たちは、人間の魂を喰うことを許されていない」
「さあ、ほんとに人間かしらね」
そうつまらなそうに呟いて、セイは手の中にある青白い光を見下ろした。




