第六話 友情
その日の夜だ。
「はー、なるほどなぁ」
「な? すげえだろあの人」
寮の自室で放課後の桧山との出来事を話した日向に、忍野は感心したように息を吐いた。
「せやなぁ。頭ええわな。さすが全国模試順位一桁」
「頭切れるよなー」
周知の事実ではあるが、桧山は全国模試順位一桁だ。
まあ全国模試順位一桁と言ったら桐生や化野もそうなのだが。
「しっかし、そっか。スマートフォンと持ち主が揃ってへんと無意味か……」
ふむ、と忍野が顎に手を当てて考え込む。
「まあ、思いつく作戦っつったら、メリーさんやってない奴とスマートフォン交換する、だけど」
「……普通の奴は説明なしで自分のスマートフォン他人に貸さへんやろうし、事情説明したら尚更貸さへんやろな」
「……だよなあ。そんなメリーさんから電話かかってくるかもしれないスマートフォンを手元に置くとか」
そもそもおかしなことをしない、と信頼出来る相手じゃないとスマートフォンは貸せないだろう、と日向は桧山から借りた桧山のスマートフォンを手のひらに載せて見る。
「桧山先輩、頭はええけど変人やからな」
「せめて胆力がすごいって言ってやれよ。俺の命の恩人に向かって」
「せやな。豪胆やわ」
柔らかく笑って言い直した忍野だが、そのまま無言になってしまう。
「…………しかし、それもほんまに有効なんかわかれへんし、ほんまの打開策は不明やしなあ」
考えて呟いた忍野は、不意に日向が自分を見ていることに気づく。
「…………なんや彼方。俺のことじっと見て。あ、俺がイケメン過ぎるっていう」
「いや」
「即座に否定すんなや。傷つくから」
「イケメンだとは思ってる。そうじゃなくて、……礼賀ってなんでそんな落ち着いてんの?」
床に座ってあぐらを掻いた姿勢で、日向は机の前の椅子に座った忍野を真顔で見つめる。
「うん?」
「最初の時からずっと、全然怖がってないっていうか焦ってないっていうか、全然怖がってなくて、まるで他人事みたいな」
「……んー、まあそういうわけやないんやけど」
「ねえ、日向。桧山先輩と一緒の時にメリーさんからかかって来たんだって?」
忍野が間延びした声で、答える前に部屋の扉が開いて化野が入ってきた。
即座に忍野は椅子から立ち上がって化野の頭をアイアンクローする。
「よう空気読めや戦犯」
「あだだだだだだごめんごめんなさいお前手がでかいね」
「反省しとる奴の発言ちゃう」
「ごめんなさい痛い痛い」
ぎりぎりと頭を鷲掴んで締め付ける忍野に化野は痛みに呻いた。
忍野がぱっと手を離すと、化野は「いたたたた」と顔をさすってその場に腰を下ろす。
「ええ加減ほんまのこと話してもらうで」
「いや、本当のことってなに」
「とぼけんな。彼方からいろいろ聞いてるんやで。
なんや意味深な発言したりしとったらしいやん?
失踪者の話にしろ、お前どこまで知っとる?」
「あー……」
化野は困った様子で声を伸ばす。
日向は化野の隣で「あれ?」と思った。
(礼賀、……怒ってる?)
さっきまで、全然気にしてない顔してたのに。
「そりゃ親戚からいろいろ聞いてるし。
俺、割と霊感あるからさ。そういうのわかるだけ」
「ふうん、意地でもほんまのこと話す気ないんや?」
「いや、本当のこと話してるけど」
「それが嘘くさいんや。日頃の行いやぞ。自戒しろ」
困った顔で頭を掻く化野に、その前に仁王立ちになった忍野が凄む。
「うーん」
「ここにいたか戦犯」
「うわ」
化野が間延びした声を漏らした時だ。
部屋の扉が開いて、入ってきた桐生が低い声で呼んで化野の後頭部に蹴りを入れた。
「ちょ、桐生。頭に足で蹴り入れるのやめて」
「うるせえ。この騒ぎになってるから、もう知らんふりはさせねえぞ。
てめえなに知ってた上で俺たち巻き込みやがった」
「ああ、ちょうどええとこに来たわ桐生」
「あん?」
その様子を見た忍野がうっすらとした冷ややかな笑みを浮かべる。
「今、化野シメてる最中やねん」
「よし来た乗った」
「乗らないでよ。そもそも忍野の質問にはちゃんと答えたし」
相変わらず悪びれない化野に、忍野は深いため息を吐く。
こいつにこれ以上追求しても無意味だ、と判断したのだろう。
「ほな、なんで俺たちを巻き込んだ」
その上でせめてこれだけは、とその目の前にしゃがんで幾分和らげた声で尋ねる。
「…………はあ、本当は話す気なかったんだけど」
忍野の真剣なまなざしに、化野はしばらく黙った後、仕方なさそうに呟く。
「従姉妹がね、行方不明なんだ」
「従姉妹?」
「そう、中学生の従姉妹。一ヶ月前に旅行に行くって出かけたきり、帰って来ない。
警察が捜索して、どうも廃村に行ったらしいってわかったけど、スマートフォンが廃村に落ちてて、そのまま行方知れず。
で、従姉妹の友達に聞いたら、メリーさんやってたって」
化野は真面目な顔をしてそう話す。
「それで?」
「だから、手がかりを得たかったんだよ。
その子の部屋も調べた。メリーさんをやった紙が出て来たよ。
霊感あるって言うのはガチだから、べっとり良くないものの念が染みついてるのがわかった。だから、直感した。絶対メリーさんが原因だって。
それを調べるには、自分でやってみるしかないと思ったんだ。
あ、巻き込んだのは悪かったと思ってるよ」
あのメリーさんってこっくりさんの改変だから、一人でやったんじゃ意味ないし、と化野。
忍野は一息吐き、戸口で立ったままの桐生を見上げる。
「……どう思う? 桐生」
「情状酌量の余地がぎりぎりあるかないかだな」
「そこはあるにしといてよ。ちょ、桐生、だから足で頭蹴るのやめて」
忍野に伺われ、渋面で答えた桐生にまた蹴られ、化野が手で払うと桐生はあっさり足を下ろした。
「まあ、化野をここでボコっても解決しいひんからなあ」
「はあ」
忍野の呟きが桐生の答えだ。
ここで化野をシメたところで解決しない。
「おい、化野。その廃村ってどこだ」
「え? なんで?」
がしがしと頭を掻きながら尋ねた桐生に、化野は背後を振り返る。
「行ってみるに決まってんだろ。なんか手がかりが見付かるかもしれねえ」
桐生は扉を後ろ手に閉めて、扉に背中を預けて腕を組む。
「……そうだ、藍染にも声かけてみるか」
「藍染、って兵藤のダチのあの藍染椿?」
「そうだが?」
「なんで?」
真顔で答えた桐生に、日向は不思議そうに聞く。
「なんか、意味深なこと言ってたんだよな。俺に電話がかかってきたときも、あいつが来たら電話が切れたし」
「あ、それ、兵藤も同じ。あの女子に電話かかってきた時は、兵藤休みでいなかったし」
「じゃあ水野って言ったか。あの三人引っ張って行こうぜ。
胡散臭いが、転校してきた時期が時期だ。なんか関係あるのかもしれねえ」
桐生の言葉に、忍野は少し考えて日向のほうを向いた。
「彼方、どう思う?」
「有効、だと思う。なんか、いろいろ知ってたらおかしいことを知ってるし。
それに、……電話切れるんだよな。確かに。兵藤がいると」
ほかの誰かでは切れないことは、あの教室で女生徒にかかってきた一件が証明している。
「ふうん、まあダメ元で当たってみるか」
忍野は思案の末にそう呟いた。
その翌日だ。
日向と忍野はセイに声をかけるタイミングを探していたが、なにしろモテる美少女だ。
常に男子生徒に囲まれていて、なかなか一人にならない。
だから昼休みに一人で教室を出た時に、チャンスだと思って追いかけた。
購買かなと思ったが、購買とは逆方向に向かう。
「飯どうするんやろ」
「ていうか、そもそも兵藤って普段なに食ってんだ?
弁当? 昼休み、教室にいないことのほうが多くね?」
「そういえば」
後ろを追いかけながら、忍野は「そういえば兵藤が食事をしているところを見たことがない」ことに気づく。
そうこうしているうちに、セイが足を止めた。
そこは社会準備室の前だ。
「社会準備室? 京道に用事?」
日向は小声で呟く。社会の教師は京道だ。
そのままノックだけして扉を開け、セイは中に入った。扉が閉まる。
二人は駆け寄って、扉をそっと開ける。中を覗いた。
「おい、声もかけずに入ってくんな」
「仕方ないじゃない」
気安く会話を交わす京道とセイの後ろ姿が見える。
「こうでもしないと、二人になれないんだもの」
そう甘えた声で言うなり、セイが背中を向けて立っていた京道の身体に抱きついた。
日向と忍野は息を呑む。
「ね、……せんせ」
セイの声は蜜のような響きだ。京道が息を呑んで固まり、ややあって自分の胸に回されたセイの手をそっと掴んだ。
それ以上見ていられず、二人は扉を閉めて準備室から離れると、詰めていた息を吐いた。
「びっっっっっっっっっくりした」
「俺もびっくりしたわ。え? そういう関係?」
日向は純情なので、顔を赤く染めている。忍野もうっすら赤くなっている。
「あ、そういえば、兵藤になんで転校してきたのか聞いた時に、『先生と抱き合ってるところ見られた』って言ってたよーな……」
「その先生ってまさか京道……」
「…………………」
「…………………」
そのまま無言で見つめ合う。
「ま、桐生か化野のどっちかが声かけるやろ。
あいつら、藍染と水野と同じクラスやし」
「……そだな」
少なくともあの準備室に入る勇気は自分たちにはない。
二人はそう結論づけた。
「で、結局三人とも声かけられへんかったってか」
日曜日、その廃村に向かうため駅に集合した四人をぐるっと見て、忍野がため息を吐いた。
「お前たちだって声かけられなかったんじゃねえか」
「やむを得なかったんだよ。あの子、異様に足速くて見失っちゃってね。
昼休み以外は男子に囲まれてるし」
「化野が追いつけないほどかい」
「あいつら昼休みどこでなにしてんだろうな」
いつもいねえんだよ、と桐生が零す。
北麗には食堂もあるからそこで食べている可能性はあるが、それを思いつかない桐生や化野ではないはずだ。
ということはどこにいたのか。
「まあしゃあないわ。ひとまずその廃村に行くか」
「ナビ頼むぜ化野」
「はぁい」
忍野の言葉に桐生が無言で頷き、日向の言葉に化野が返事をして「こっちだよ」と三番ホームを指さした。
そのまま電車を乗り継ぎ、途中からバスに乗り換えて廃村の近くまで向かう。
バスが終点に到着し、四人はバスから降りる。
「こっからは?」
「ちょっと歩くよ。人が住んでた時はバスもそこまで走ってたらしいんだけど、廃村になってからバスが止まらなくなっちゃったんだよね」
「まあ、廃村になった場所に行くのはよほどの暇人か変人やからなあ」
日向に対する化野の返答に、忍野はのんびりした口調で呟く。
「あ、普通に歩くの退屈だから、グリコやんねえ?」
「いいね」
「あ? グリコってなんだ?」
「ああそうやね。桐生ってお金持ちのお坊ちゃんやったっけ」
そんな会話をしながらじゃんけんをする。
何度か繰り返すと、化野と日向が随分先に行ってしまい、グーでばかり勝っている忍野と桐生が後方に残される。
「あーあ、随分先に行ってしもた」
「お前最初からやる気なかっただろ」
「ちゅうか、桐生がこういう勝負ごとで負けてんの意外」
「おい、忍野」
なんにでも勝利するのが化野朔螺という人間で、それは桐生園にも言えることだ。
だからその桐生が負け続きなことが正直疑問だったが、低い声で、この場に二人きりになったのを見計らったように呼んできた桐生にうっすら「意図的か」と察した。
「なに」
「お前、実は化野にガチでキレてんだろ」
「…………なんでそう思う?」
人気のない道路に立ち止まって、三歩離れた位置に立つ桐生を振り返る。
「最初はお前、全然気にしてなかったし、電話かかってきてもびびってなかっただろ。
どっか他人事みたいな余裕があったのに、日向に何度もメリーさんから電話があったって聞いてから、本気で化野脅しにかかったよな。
お前と日向は初等部から一緒だし、中等部からの俺と化野より仲が良いのは当然だ。
でも、一連の反応見てると、お前の日向への感情がわかりやすいんだよ」
「……」
低く問う桐生に、忍野は少し黙って、不意に明るく、
「俺、初等部の時苛められとったんよ」
と答えた。
「なんや、関西人やからかな。深い理由はないと思う。
そんな時、普通に気にせず話しかけてきてくれたのが彼方や。
そんで、学校の倉庫に閉じ込められたんよ。
たまたま一緒にいた彼方も一緒に閉じ込められた」
鞄を肩に掛けて、路肩に立って、忍野はなんてことはないように話すのだ。
「内心絶望しとったわ。出られへんことやない。
もうこれで、彼方は俺に近寄ってこうへんやろうって、折角出来かけた友人を失うことが怖かった。
やのにやで? あいつ、笑うんよ。
朝になったら出られるから大丈夫だって、って。俺の手握って。
怖くないから大丈夫だぞ、って、震えてる手で。
そんな姿見たら、怖いもなんもかも吹っ飛んだ。
小学校で世界に絶望するんは早すぎるやろうけど、俺は彼方のおかげで絶望せずに済んだ。やから、彼方は俺の一番の親友で、恩人」
「……で?」
先を促した桐生に、忍野は笑みを浮かべた顔で視線を向けると、そのまま随分先に行ってしまった日向と化野のほうに身体を向けた。
自然、桐生の目の前にあるのは忍野の背中だ。
「そうやな。やから化野にはマジでキレとる。
もし、この先彼方が行方不明になったり死んだりすることがあったら」
そこで、忍野は一旦言葉を切った。
次いで吐き出されたのは、ぞっと背筋が寒くなるような温度のない声。
「化野殺すわ」
直感で、本能でわかった。これは、限りなく本気だ。
日向になにかあったら、忍野が黙っていない。
それを、化野がわかっていないはずはない。
不意に張り詰めたその場の空気を緩ますように、忍野がこちらを向いた。
その顔はいつもの笑顔だ。それに桐生は思わず詰めていた息を吐く。
気づかず、その凄みに気圧されていたらしい。
「なんて、内緒な。あいつ、俺が自分のために人殺しになんの怒るやろうから」
「……さあ、なんの話だろうな?」
桐生はおどけたような声で言って、そのまま歩き出すと忍野を追い越した。
「俺はなにも聞かなかった。……いいな?」
そう肩越しに振り返って言い、「もうあいつら見えねえ位置まで行っちまったからいいだろ」と早足で歩いて行く。
その背中を見送って、
「……おおきに、桐生」
そう呟いた忍野のことも、多分わかっているのだろう。




