第四話 写真
そのまま、セイと間近で見つめ合う。
まだ思考がフリーズしたまま、なにが起こったのか頭が処理出来ない。
そんな日向の顔を見て、セイはにっこり笑んだまま日向の手を離した。
「あ、あの」
そのまま二人分のモップを持って化学教室の掃除用具入れのロッカーにしまっているセイの背中を茫然と眺めながら、言葉を必死で探す。
そんな日向を振り返って、セイは、
「ひとまず、もう掃除時間終わっちゃうから教室に戻りながら話さない?」
とやはり愛らしい笑顔で口にした。
C組の教室までの廊下を歩きながら、日向は幾分落ち着いてきた頭で考える。
セイがあの場にいたのはおかしくない。同じ班なのだから掃除場所は同じだ。
じゃあ、なんであれで通話が切れたんだ?
「ねえ」
「なっ、なに?」
急に隣を歩くセイに話しかけられて声がひっくり返った。
恥ずかしくなってうつむいてしまう。
気にしていない様子でセイは、
「少しの間は大丈夫かもよ。順番待ち状態に戻ったと思うから」
と化野みたいなことを言う。
「そ、そう」
ぎこちなく頷いて、内心「いや『そう』ってなんだよもっと突っ込んで聞けよ」と思ったが、そんな勇気が湧かなかった。
なんつーか、浮世離れしてるという意味で、セイは化野に近い気がする。
化野も普段一緒に騒いでると忘れるけど、時々おっかないくらい人間味が失せるから。
そこまで考えて、聞きたかったことを思いだした。
「その、さ、メリーさん?の事件」
「が?」
「朝、三十件目って言ってたじゃん。同様の事件が三十件目」
「そうよ」
歩幅を合わせて歩きながら、ポケットに手を突っ込んで、うわずりかけた声で話す。
「じゃあ、失踪者の話ってなんだ?」
「え?」
「だから、失踪事件。同級生が失踪事件はメリーさんが関わってるみてーなこと言ってたんだよ。確かにいなくなったって騒ぎになってる奴、二年とか三年でもちらほらいるし、だから半信半疑だったんだけど、今朝のニュースの奴は意識不明?って。
同様の事件ってことは、三十件ってのは意識不明になった奴の数だろ?」
「ああ、そのことね。そうよ」
セイはあっさり肯定する。
「じゃあ」
「その三十件に含まれてないのよ。失踪事件のほうは。
だから、お友達の言ってることが合ってるなら、失踪事件のほうは、メリーさんが関わっていてかつ、助からなかった人たちってことかしら?」
その淡々とした言葉に息が一瞬止まる。
「た──、たすか、らなかかった、……って?」
「ほら、意識不明の人たちは意識不明だけど、身体は無事でちゃんと生きてるわけじゃない?」
「ま、まあ、確かに」
確かに、言われてみればそうだ。
「でもそれじゃ済まなかったってことは、そういうことじゃないかしら?」
あっけらかんと、事実だけを述べたセイに日向は息を呑んで、それから視線を前に向け、か細い声で呟く。
「………………なんか、泣きたくなってきた」
「まあ、そうね。日向くんも関係者だものね」
「…………なんで、切れたんだろ」
さっきの電話、あれは多分、メリーさんだった。
じゃあ、なんで切れたんだ?
「ああ、アレじゃない?
ほら、実際はどうか知らないけど創作のメリーさんって、いつも一対一の時にかかってくるじゃない。
だから、その場に第三者がいたら切れるとか?」
「……そう、なのかな」
「あくまで仮説よ」
セイは笑っているが、妙な違和感を覚えた。
ここまで謎の説得力を持って事柄を断言してきたセイが、なんで急になにも知らないみたいな仮説を言うんだろう。
なんかこう、昨夜、化野がとぼけた時にも感じたような感覚。
「変な夢見たんだよな」
だから、ふと口にしていた。
答えがわからない問いだったけれど、なぜだかセイなら答えをくれる気がして。
「高速道路をバイクが走ってて、でも運転手は乗ってなくて、で車にぶつかって。
車の運転手が降りてきて倒れたバイクの向こうを見に行ったら、頭から血を流したバイクの運転手が、って」
「ああ、それ見たわ」
「え!?」
「いえ、日向くんの見た夢じゃなくて、ニュースよ。
北麗の三年生が深夜に高速道路で倒れて、意識不明らしいわ」
セイの言葉に、思わずこくんと唾を飲んだ。
「………………それって」
「まあ、大体日向くんの見た夢の通りのことが起こった、って感じの事故現場だったらしいわよ」
他人事のように話すセイに、日向はなにか言いたくて、悩んでぽつりと、
「…………なんで、夢に見たんだろ」
とだけ呟く。
「日向くん、霊感ある?」
「……どうだろ。人並みにそういうのは信じてるけど」
「じゃあ、たまたまチャンネルが合ったのかしらね」
「チャンネル?」
意外なことを口にされ、ついオウム返しする。
「一説なんだけど、人ならざる者を視認したり、コンタクトを取ったりするのは、その相手と波長が合ってないと無理なんだって。
ほら、無線は周波数が同じじゃないと繋がらないでしょ?
そういう感じ」
「あ、あー…………」
「日向くんはメリーさんをやったことで、その男性とチャンネルが同じになって、その光景を夢に見れたってことなのかも」
なるほど。チャンネル。なんかいかにもホラー映画に出て来そうな、納得出来る話だ。
「まあともかく、ひとまずあまり一人にならないように気をつけたら?」
「あー、そう、だな」
「あと、日向くん。一緒にメリーさんやった子たちにも電話がかかってきたか、ちゃんと確認した?」
セイがそう聞いたところで教室に到着して、同時にチャイムが鳴った。
「え? メリーさんからの電話? かかって来たで?」
「マジで!?」
「マジで」
その日の放課後、部活の後に寮の自室で忍野に聞いたら、あっさりとその回答が帰ってきた。
「やったその日の夜やったかなあ。
彼方がトイレ行ってて部屋に一人やった時に一回だけかかってきたわ」
「……うーん、じゃあマジで一人きりの時にしかかかってこないっていうアレかなあ」
「どうやろ。創作やとその辺り、話によって変わるけどな」
「創作は創作じゃん」
机の前の椅子に腰掛けた忍野を、床に座って見上げて返し、日向は背後のベッドに寄りかかる。
「うーん、でも結局ほかに打つ手なしってことかぁ?」
「…………………………彼方」
「なに?」
不意に長い沈黙の後に短く名を呼んだ忍野は、急に椅子から立ち上がる。
「ちょお、付き合って」
「は?」
そう言って忍野が連れて来たのは、学園からそう離れていない場所にある一軒の一戸建ての家だった。
「なあ、礼賀。ここって」
「俺のダチの家。一年とき同じクラスやったから、その縁で時々プリントとか持ってくるんよ」
忍野はそう話しながらインターフォンを押す。すぐ女性の声で応答があった。
「おばさん、俺。忍野」
『ああ、忍野くん。いらっしゃい』
そう返事があってすぐ玄関の扉が開いた。
四十代くらいの女性で、おそらく忍野の友達の母親なのだろう。
迷いのない足取りで玄関の中に入った忍野に、日向も後を追う。
「おばさん、これ、プリントと課題メモしたやつ」
「いつもありがとう。助かるわ」
「それで、あいつどう?」
「……それがねえ」
忍野の質問に、女性は顔を曇らせる。
「毎週見舞いに行ってるんだけど、起きないのよ。
先生の話じゃ、脳波に異常はないってことなんだけど」
その言葉で気づく。この家の息子は、おそらくメリーさんをやって意識不明になった生徒だ。
「……そっか」
「せっかく来てくれたのにごめんなさいね」
「いや、おばさんが悪いわけちゃうし。あ、あと、俺あいつにゲーム貸してたんよ。
ちょお上がってってええかな?
ゲームだけ回収したら帰るから」
「ああ、どうぞ」
何度も息子のために足を運んでくれた友人だからか、女性の態度は優しい。
あっさり家の中に上がることを許されて、忍野は靴を脱ぐとそのまますたすたと階段のほうに歩いて行く。
「お、お邪魔します」
日向も遠慮しつつ、挨拶してから靴を脱ぎ、忍野の後を追った。
灯りを付けて扉を開けたその友人の部屋は片付いていた。
換気のために網戸になっていて、春先の生温かい空気が入り込んでくる。
「彼方。デジカメ」
「お、おう」
忍野に言われて、日向は持ってくるよう頼まれたデジカメを鞄から取り出す。
「で、ここから部屋全体が入るように数枚撮って」
「わかった」
言われた通りにカメラを構え、シャッターを連続で切る。
「これでいいかな。ほな、帰るで」
忍野はあっさり言って、さっさと部屋を後にする。
階段を降りて女性に挨拶して、そのまま家から出た。
「で、結局なにがしたかったんだよ。
俺、なんにも聞いてねーんだけど?」
「さっき撮った画像、見して」
「ちょ、待って」
玄関前から少し離れて歩道まで出てから、日向はカメラを操作して画像を表示する。
そこに映っていたものに、思わず喉から悲鳴が漏れた。
画像には、あの部屋が写っている。
ただそこに、不気味な顔をした女が立っているのだ。
撮った画像は、全部同じようなものだった。
「……これ」
「やっぱりなあ」
「やっぱり、って」
「やから、メリーさん?の念が残ってるんやろ。あいつに。
念が残ってるってことは未練があるって考えられる。
つまり、兵藤が言うてたみたいに本当は身体ごと連れて行きたかった、ってことちゃうかな?」
忍野はなんだか他人事のようだ。その横顔は冷静そのもので。
「ちゅうかなあ、なんや、腑に落ちひんわな」
「なにがだよ」
「メリーさんって伝わってる話では、魂を取る怪異やろ?」
「あー、確か……」
「なんで肉体ごとのうなっとる奴がおるんやって話」
そう言われてみると奇妙だ。確かに腑に落ちない。
「そもそもやり方がこっくりさんやったもんな。
仮説やけど、これ、もしかしてこっくりさんと混ざってへん?」
「混ざって……」
忍野の言葉に日向は考え込む。
なんだろう。なにか、致命的なものを見落としているような。
「……なあ、礼賀」
「ん?」
「俺たちの写真も撮ってみねえ?」
ふと思いついて口にした日向に、忍野は「そうやな」とすぐ応じた。
近くの公園を背景にして、二人が写るようにシャッターを切る。
日向はすぐカメラを操作し、画像を呼び出して目を瞠った。
「なんだこれ」
「なにがや? ……………なんやこれ」
思わず漏れた声に怪訝な反応をして覗き込んだ忍野も、同じ言葉を口にする。
その画像には、なにも写っていない。
先ほどの画像のような、女が写っていないのではない。
日向と忍野が写っているはずの場所に、なにも写っていなかったのだ。




