第一話 転校生
「メリーさん?」
ぽん、と飛んできたサッカーボールを膝で受けながら、日向彼方は相手の言葉をオウム返しした。
ここは通っている高校の近くにある公園だ。
学校帰りにコンビニに寄って、そのままこの公園に来た。
明日から新学期だ。
「そう、メリーさん。今流行っとるんやと」
ボールを軽く蹴ってきた相手──忍野礼賀はとん、と持ち上げていた片足を地面に下ろして頷いた。
日向は不可解そうに首をかしげる。
忍野とは初等部からの付き合いなので、幼なじみと言ってもいい仲だ。
「あれって怪談だろ?
しかも一方的にかかってくるもん。
流行るもんじゃなくねえか?」
「それがなんや、変わっとるんやと。
で流行っとるって」
「うーん?」
日向はやはり不可解そうに眉を寄せている。
忍野は「まあ彼方はそうやんな」と笑った。
初等部からの付き合いの仲、今年そろって高等部の二年になる男子高生。
どちらも容姿が良く、日向は肩より短い赤紫色の髪に灰色の瞳、忍野は黒髪に黒の瞳、日向はどちらかというと小柄で、忍野は背が高い。
日向はボールをリフティングしながら考えている。
「で、今度やらんかって」
「うん?」
「メリーさん」
「はあ~~~~~~?」
日向は忍野の言葉に怪訝そうな反応を返す。
「誰がやるって?」
「化野が言い出しっぺな」
「だと思った」
去年までのクラスメイトの名を出され、日向は納得する。
化野は面白いこと好きな好奇心旺盛という性格なので、言い出しそうという感じがする。
「ていうか、最近うちの学校で事件起こってなかったっけ」
「ああ、失踪事件?」
「そう。第三者の仕業を疑われたけど、寮の部屋にも本人の痕跡しかないって言うんで手詰まりって聞いたけど」
日向の疑問に、忍野は肩をすくめた。
「それは俺もわかっとらん。化野もな」
「化野がわかんねえんじゃよっぽどだな」
あの神様みたいになんでも見通す男がなにもわからないとは、と考えながらボールをリフティングした日向は、ボールがあさっての方向に飛んで行ったのを見て慌てる。
「あ、」
そのボールを、いつの間にかそこにいた少女がキャッチした。
肩までの長さの真紅の髪の、それは美しい少女だった。
「ありがと」
「ううん。はい」
随分大人びた声音で答えた少女は、ボールを投げて日向に返す。
「ねえ、二人とも北麗学園の生徒?」
「そう、だけど」
「君は?」
「私も明日からそこの生徒なの」
日向と忍野の言葉を聞いて、少女はにっこりと微笑む。
瞳も、薔薇色のような綺麗な色だ。ただ、その中に黒い点がある。
まるで太陽の黒点のような、シミ。
「あと、メリーさん?
私はやらないほうがいいと思うわ」
「えっと、あんたは、名前……」
不思議な魅力の少女だと思った。
間違いなく美少女なのに、どこか浮世離れしたような、人ではないような、そんな印章を抱かせる風貌。
日向の問いかけに、少女は笑顔でこう答える。
「兵藤セイよ」
翌日は、始業式で授業はなかった。
ただ転校生や新任の教師を紹介され、その新任の教師の一人が日向や忍野のクラスの担任になった。
短い黒髪の、相当なレベルの美形だ。背も高い。
京道という姓の新任の教師が転校生を紹介する。
そこで教室に入ってきたのがあの兵藤セイだった。
「兵藤セイです。よろしくお願いします」
黒板のそばで一礼したセイのあまりの美しさに、男子生徒たちもなにか質問する余裕もなく見惚れていた。
「じゃあ、兵藤は日向の隣な」
京道が言った言葉で日向はハッと我に返る。
自分まで見惚れていた。
でもなんだろう。見惚れたのも、恋のときめきとかじゃなく、なにか、自分の手の届かない神々しいなにかに魅了されたかのような、そんな感じ。
歩いてきたセイが日向の隣に腰を下ろす。
こちらを見てにっこり微笑まれ、周囲の男子生徒たちがやっと金縛りが解けたように「羨ましい」とか囁いている。
「日向くん?」
「あ、ああ。なんだ?」
「よろしく。あと、本当にメリーさんはやらないほうがいいわよ」
再度念を押された。そんなにやりたそうに見えたのか。
「俺はやるって言ってねえよ。ほかの奴らが」
「でも、日向くん、お友達にやりたいって言われたら流されそう」
くすくすと笑って言われ、ぐっと言葉に詰まる。
それは否定出来ない。
「兵藤……こそ、二年から転入なんてなんかあったのか?」
強い興味があって聞いたわけではない。
ただ気まずい沈黙を誤魔化すための、なんとなくの疑問。
「そうね。ちょっと、問題起こしちゃったの」
「問題?」
「先生と、抱き合ってるところ見られちゃった」
「マジか」
ひそ、と囁かれて驚く。
いかにも品行方正そうな、お淑やかな生徒に見えたからだ。
「それで兵藤だけ罰を受けるのはおかしくね?
その教師は?」
「大丈夫よ。一緒に罰は受けたから」
「……本当に?」
「ええ」
セイはにっこりと、いい笑顔だ。
「え、と、兵藤は、霊感とかある感じ?
そういうの信じてる?」
「そういう感じかしら」
「ふうん……」
日向の口から半信半疑の相づちが漏れる。
この美少女が言うなら誰でも信じてしまいそうになるが、繰り返し言ってくるのが気になった。
「だから、ね。やっちゃ駄目よ」
「……まあ、肝に銘じとく」
その薔薇色の瞳に見つめられると、彼女の言うことが全て正しいという気になる。
気圧されながら頷いた日向に、セイは微笑んで「よかった」と答えた。
その日の夜だ。北麗学園男子寮の高等部寮。
日向と忍野の部屋に、部屋の主ではない男子生徒が二人いた。
一人は紫色のウェーブがかった髪の、中性的な美貌の男子で、名を化野朔螺という。
もう片方は灰色の髪に泣きぼくろがある、いかにも女子が騒ぎそうなイケメン。名を桐生園。
「ってことで、やろうよ」
笑顔で化野が言ったので、日向はうげー、という顔になった。
「マジでやんの? メリーさん」
「流行ってるんだから、一回くらいはね」
「そもそもあれってこっちからなにかアクション起こすもんじゃないだろ」
日向がげんなりして口にした矢先、化野が持って来た鞄から紙を取り出す。
そして四人で囲んでいる座卓の上に広げた。
それはひらがなと、神社の門、はいといいえが書かれた紙だ。
「これ、こっくりさんじゃね?」
「それをメリーさんでやるものなんだって」
「なんだそれ」
「まあひとまずやってみようよ」
化野は乗り気で十円玉を財布から取り出すと神社のところに置いた。
「ほら、指置いて」
「えー……」
日向は嫌そうに声を上げる。
そもそもセイに何度も「やるな」って言われたんだよなあ。
まあ、でもいかにも胡散臭いし、ただの遊びっぽいし、いいか。
そう思ってしまった。
指を十円玉の上に載せると、化野も桐生も忍野も載せてきた。
「メリーさん、メリーさん、おいでください。
今年の夏、サッカー部が優勝出来るかお答えください」
化野が口にする。すると十円玉が動き始めた。
日向は内心「こういうのって誰かが動かしてるんだよなあ」と考えていた。
十円玉は「で」「き」「な」「い」の文字に留まる。
「はあ!? ふざけんな! 出来るに決まってんだろ!」
だがその返答には思わず叫んでしまった。
十円玉は再び「で」「き」「な」「い」の文字に留まる。
「ふざけんな。このこの」
日向は苛立って、十円玉を動かそうとする。
だがまるで誰かが強い力で制止しているように動かない。
(やっぱり、誰かが動かしてんじゃねえか?)
再び十円玉が動く。
「ええと、み、ん、な、し、ぬ……?」
「誰だよ動かしてんのは!」
苛立った日向が怒鳴る。十円玉は「ま」「ず」「は」「お」「ま」「え」「だ」と示した。
「日向。お前がうるさいからお前からだとよ」
「うるせえよ桐生!」
十円玉は「み」「ん」「な」「し」「ぬ」とまだ示す。
「あーもーやってやれっか!」
「あ、日向」
ばっと十円玉から手を離した日向に、化野が口を開く。
「こういうのって、帰ってもらうまで指を離さないほうがいいんじゃ」
「いいよ。どうせインチキだし」
日向は投げやりに言って床に寝転ぶ。不意にポケットに入っていたスマホが振動した。
取り出して画面を見ると、非通知着信だ。
誰かの悪戯かと思いながら出ると、くすくす、と高い少女の笑い声。
『もしもし、わたしメリーさん。今度会いに行くね』
「……は?」
擦れた声を漏らした日向だが、すぐ通話は切れてしまう。
化野たちを見ると、気にした様子なく雑談している。
ああ、じゃあただの悪戯電話だな。そう思ってスマホから手を離した。
ぜえはあと荒い呼吸が響いている。
夜の人気のない道を全力疾走する男の後ろから、異形としか言えない生き物が追いかけてくる。
三つの頭、六本の手足の女は男を追いかけ、けたけたと笑っている。
男は泣きながら逃げるが、足がもつれて転んでしまった。
化け物の手が男の足を掴む。
『つ。、か、、ま、え、た』
「ひ、ひぃっ……!」
にたり、とその三つの頭の顔が笑う。
その瞬間だ。
空間を切断する一撃が飛んできて、化け物の胴体を真っ二つにする。
男の足を掴んでいた手が離れた。男の身体が地面に落下し、その衝撃で男は気絶した。
『だ、だれ、だれ、だれ』
真っ二つになりながら蠢く異形に、目の前に着地した高いヒール、肩までの黒髪、鈍色の瞳の美少女が手をかざす。
「生意気なのよ、あなた」
その声に応えて、三つの障壁が彼女の前に出現する。
縦に並んだ障壁を構え、少女は叫ぶ。
「デウス・エクス・マキナ──展開せよ!」
声に呼応にして、縦に並んだ障壁が矢のように異形に向かって飛来する。
その障壁によって身体を三つに切断された化け物は、呻きながら地面に倒れ伏す。
身体が淡く発光し、三つの青い光になる。
その光の一つを手で掴んで、おもむろに少女はそれに噛みついた。
かみちぎり、こくんと飲み込むとため息を吐く。
「カスね。大して美味くもない」
「こら、姫。勝手に食べないの」
とん、と電柱の上から地面に飛び降りた別の少女が彼女を軽く窘める。
「ちゃんとあなたの分は残しておいてあげたわよ」
「全く、もう」
はあ、とため息を吐いたのは真紅の髪の、薔薇色の瞳の少女だ。
彼女は宙に浮かんでいる残った青い光の一つを手に取ると、一口かじる。
「ま、大して身も詰まってないわね」
「でしょう? カスよ」
「そうねえ。最近、こういう外れが多いわよね」
咀嚼して飲み込むと、そうセイはコメントする。
そこに電柱の上を飛び越えて来た三人目の少女が地面に着地して、つまらなそうに呟いた。
「全く、椿姫はすぐ独断専行するんだから。
あたしたちにもとっておいてよ」
「ちゃんと残してあるでしょう?」
「あたしは自分の手で倒した獲物を食べたいの」
そう零したのは背中までの蒼穹の色をした髪の、やはり人外のような美しさを持った少女だ。
「椿姫。空碧。つまみ食いはいいけど、今回の一件は気を抜かないでね。
奴らが絡んでる可能性があるんだから」
「わかってるわよ」
「はぁい」
セイの言葉に、椿と空碧が答える。
「今回の一件、食べ応えあるといいんだけど」
セイはそう呟いて、空を見上げてうっすら笑った。




