序章 阿古屋村
「盆休み、おれの故郷に一緒に来ない?」
そう、友人の悠真が学校帰りに言った。
悠真の生まれは、所謂限界集落だ。
悠真は幼少期はそこで暮らしていたそうだが、通学に不便だという理由で両親と一緒に小学校の時に都心に引っ越してきたという。
「でもじっちゃんばっちゃんは今もその集落にいるから、盆休みくらいは帰省してるんだ。
親はあまり、あの集落に俺が帰ることを良い顔しなくてさ」
「ふうん」
結局悠真の誘いに頷いた俺は、悠真の故郷の近くまで走っている電車に乗りながら、その話を何の気もなしに聞いていた。
内心、親御さんは祖父母さんたちと折り合いが悪かったのかな、と思った程度だ。
『次は~○○、終点~』
「あ、次だ。そこからはバスね」
「わかった」
終始笑顔の悠真に頷いて、俺は電車に揺られていた。
程なく停車した電車から降りると、いかにもな田舎の駅と、緑豊かな風景が広がった。
時間表を見て「すげえ、一日に三本しか電車が来ない」と思ったり、今時無人の手動改札にびっくりしたりしながら、駅を出る。
「ちょっと、コンビニ寄ろうか」
悠真が言って、歩き出した。
少し離れた場所にあったコンビニに入ると、涼しい空気が汗ばんだ肌を冷やす。
「ええと、飲み物とお昼……」
店内を見て回って、ペットボトルを数本と、サンドウィッチをカゴに入れた。
レジに行くと、少し珍しそうな顔をした店員が会計をしてくれた。
「旅行ですか?」
商品を入れた袋を手渡す時にそう聞かれる。
店員の顔に「こんな辺鄙なとこに旅行はないだろな」と書いてあった。
「阿古屋村ってとこに行くんです」
正直に答えたら、店員の顔が怪訝なものになった。
「あこや村……?」
「はい」
「あこや村…………ああ、阿古屋村か。
あ、もしかして配信者さんですか?」
「いえ、違いますが……?」
「違うんですか……?」
また怪訝な顔をされた。なんなんだ。
「だってあそこ」
「買い物終わった?」
「あ、うん。待って」
不意に悠真が話しかけてきて、店員さんが慌ててお釣りとレシートを渡してきた。
なんだったんだろう、と思いながら店の外に出たところで、悠真が「あ、ごめん。アイス忘れた」と店内に戻った。
俺はもう買ってあるので、アイスの袋を開けて店の前でかじりつく。
「ねえ」
不意に高い声に話しかけられて、視線を向けてびっくりした。
「阿古屋村に行くの?」
「……………………」
固まった。びっくりした。
こんな田舎にいるタイプの女の子じゃないだろってくらい垢抜けた美少女が立っていたからだ。
すげえ。髪も瞳も赤い。カラコンかな。
「聞いてる?」
「あ、ごめん。なんだっけ」
「阿古屋村に行くの?」
しまった。フリーズしてしまってた。
慌てて頷くと再度聞かれた。
「うん」
「そう、……じゃあ、その村で出た食事は絶対食べちゃ駄目よ」
「え?」
「じゃあね」
言うだけ言って、彼女は背を向けて歩いて行ってしまう。
なんだったんだ。
「ごめんお待たせ。……どうしたの?」
「あ、いや、……行こっか」
そこに悠真が戻って来た。ぽかんとした顔をしていた俺を見て首をかしげる。
美少女に話しかけられちゃった、と自慢する気には不思議とならなかった。
そのままバスに乗って、また終点まで。
「終点から少し歩くよ。村までバスが走ってないんだ」
「ふうん」
その言葉を聞きながら、俺は内心不思議に思った。
人が住んでるなら、そこまでバスって走ってるもんじゃないか?
そう考えてるうちに、バスが終点に到着する。
「あんた、こっからどこ行くんだ?」
降りる時に、そう運転手さんに聞かれた。
「阿古屋村ってとこに」
「……………………ふうん」
なんだなんだ。すごい間があったけど。
なんかすごい怪訝な顔されたけど。
バスから降りてドアが閉まる直前に、運転手さんがなにか言った。
「あんまり 」
後半がよく聞こえなかった。だがそのままドアは閉まり、バスは走っていく。
「なんて言ったんだろ」
「さあ?」
悠真も聞こえなかったらしい。
そのまま「こっちだよ」と指さす悠真に従って歩き始めた。
畑と山と、時々民家。のどかな風景が続く。
不意に、妙な声が聞こえた。
なんだ?と思って頭上を見上げると、鳥が飛んでいる。
「いつまで」
「なんて?」
「いつまで」
一瞬耳を疑ったが、間違いなくあの鳥の鳴き声だ。
「なにあの鳥」
「ああ、変わった鳥だよね」
「変わってるって言うか、変な鳴き声」
どう聞いても「いつまで」って言ってる。
そんな品種の鳥いたっけ?
「なんで? 縁起いいじゃない」
「縁起いい?」
「いつまでもこの村が栄えますようにって鳴いてるみたい」
悠真はなんだか楽観的だ。
まあでも、ただの鳥の鳴き声だしな。
そう思った俺の頭上で、またあの鳥が「いつまで」と鳴いた。
到着した村は、確かに限界集落だ。
ぽつぽつと建ち並ぶ家に、小さな公民館。
だが住民がみんなすごい歓迎してくれた。
「あんた悠真んとこの友達か!」「よう来た!」「ゆっくりしていけ!」とみんな笑顔で、こうも歓迎されると悪い気はしない。
「ほら、たくさん食べてって」
悠真のじいちゃんばあちゃんも、ご馳走を作ってもてなしてくれた。
すごく美味しそうな食事が、食卓に並んでいる。
でもふっとなぜか、
『その村で出た食事は絶対食べちゃ駄目よ』
あの女の子が言ったことが頭をよぎった。
箸が止まる。
「どうした?」
悠真が不思議そうにこっちを見た。
「いや、……美味しそうだから、食べるのもったいないなって」
「なにそれ」
「悠真こそなにも食べてないじゃん」
「俺はコンビニで買ったお菓子食べすぎたんだよ」
そんな屁理屈を言う悠真に、妙な符号を感じて居心地が悪くなった。
こいつ、お菓子なんか食べてたっけ?
「ああ、そうねえ」
不意におばあちゃんが笑って頷く。
じいっと、俺を見て、
「美味しそうねえ」
と言った。
「結局、お前ばあちゃんの料理食べなかっただろ」
「お前だって」
夕食の後、二階でごろごろしてたら、一階からおじいさんが呼んできた。
「悠真、時間だぞ!」
「はーい!」
「時間?」
元気よく返事をした悠真に首をかしげる。
「公民館で宴会やるんだって」
悠真はそう答えて、俺を誘った。
一階に降りるとおじいさんおばあさんも家を出るところだった。
そんな大がかりな宴会なのか?
疑問に思いながら、歩いて公民館まで行く。
道中、村の家々が明るく見えた。
「ここだよ」
すぐに到着した公民館は、中から灯りが漏れている。
賑やかな笑い声が聞こえてきた。
ああ、みんなここに集まってるんだ、と思った矢先、悠真が「連れて来たよー!」と引き戸を開ける。
ドッとした笑い声があふれた。
その先は、誰もいない、無人の真っ暗な空間だった。
「……………え?」
ぽかんとしてしまう。
誰もいない。無人だ。畳が敷いてあって、でもその畳は劣化してあちこち穴が空いている。
食事は、ない。空の、ひび割れた食器が置いてある。
不意にゆら、と真っ白い影が無数に見えた。
公民館の中に、ぽつぽつと、真っ白い人の形の影がある。
「なんだ、なにも食べなかったのか」
「村の食事を食べれば逃げられなかったのに」
「なんで食わせなかった」
そう、真っ白い影が言う。
背後に後ずさる。
「ねえ」
悠真が手を伸ばしてきたのを、振り払って逃げ出した。
全速力で走る。隠れる場所を探して、さっきまでいた悠真の家に飛び込んだ。
「……え」
声を失う。
そこは、ぼろぼろの空き家だった。畳は荒れ果て、障子は穴が空いて、電気が通っていない真っ暗な家。
食卓代わりに囲んだ居間のテーブルの上に、空のひび割れた食器が並んでいた。
さっき、出された食事、あれはなんだった?
「あーあ」
背後から聞こえた声に飛び上がる。
おそるおそる振り返った先で、悠真が困ったように笑う。
「だから食べろって言ったのに」
「な、なんで」
「だって、この村でもう生きてるのはおれだけだからさ」
そう明るい声で悠真は言う。
「みんなみんな、食べたんだ。
一人ずつ、大事に食べたんだみんなが。
そしたら村がなくなっちゃった。
だから、おれが食料を運んで来なきゃ。
たくさん連れて来たんだよ。
みんな美味しかったって喜んでくれた。
おれはこの村から出られなくなったら困るから、なにも食べられないけど」
駄目だ。悠真の言ってることがわからない。
なんで笑ってるんだ? なに言っているんだ?
「だからさ」
悠真は笑って、手に持った鉈を俺に向ける。
「お前は美味しくならなきゃ」
「ひっ…!」
殺される。
そう思って、鉈が振り下ろされる前に全力で悠真に体当たりした。
そのまま吹っ飛ばされて倒れ込んだ悠真を踏んで、家の外に出るとあの沢山の真っ白い影が家を囲んでいる。
「せっかくの食料だ。逃がすな」
にたり、と白い影が笑った。
その瞬間だ。
「いつまで」
不意に、頭上であの声が聞こえた。
「いつまで」
あの変な鳴き声の鳥が、羽音をさせて飛んでいる。
「またあの鳥か」
「ええことじゃ。いつまでも栄えますようにって祝ってるんじゃ」
真っ白い影たちが笑う。
「あら、そうかしら」
その場に、あの少女の声が聞こえた。
「私には、違うように聞こえるのだけど。
そうね、多分あの鳥は怒ってるわ。
『いつまで続ける気か』ってね」
少し離れた場所に、あの少女が立っている。
「だから、もうおしまいにしなきゃ」
彼女がこちらに手をかざした瞬間、意識がブラックアウトした。
気づいた時には、俺は警察に保護されていた。
病院のベッドの上で目覚めて、いろいろ検査された後に、刑事さんが話しに来た。
「彼、悠真くんね、どうも闇バイトの手引きしてたっぽいんですよ」
「……闇バイトの手引き、ですか?」
「そう。海外の人身売買組織かなんかと、繋がっちゃってたんじゃないかなあ。
彼の周囲で、何人も行方不明になった子がいてね。
結局みんな行方知れずなままで、ただ一人だけ、頭が、あの廃村の近くで見付かった子がいてね」
そんな刑事さんの話を聞きながら、ああ、警察やまともな人間の頭ではそうとしか考えられなかったんだ、と思った。
実際は、きっと喰われたんだろう。あの村の、きっともうこの世のものではない人々に。
「……悠真は、見付かりましたか」
「見付かったけど、ちょっと事情は聞けなさそうだね」
「どうして」
「頭が真っ白になってて、心神喪失の状態になってたから。
まともな答えなんか返って来なかったよ。
親御さんはなんにも事情知らなかったみたいだね。
びっくりしてたから」
そうか。悠真になにがあったのか、俺にはわからないけど。
そういえば、
「あの村って、どうしてなくなったんですか?」
「ああ、それがわかんないんだよね。
悠真くんのご両親以外、転居した痕跡はないし」
ああ、そうだ。悠真は「みんなみんな、食べたんだみんなが」と話していた。
だからあの村は、自壊したんだ。
村人同士で、食い合って。そのきっかけは、わからないけど。
「そういえば、なんか変な鳴き声の鳥いませんでしたか」
「変な鳴き声の鳥?」
「いつまで、って鳴いてる……」
「……………さあ」
刑事さんは露骨に怪訝な顔をした。
担当医が「面会時間そろそろですよ」と顔を出しに来た。
刑事さんは出ていく寸前に、担当医に「やっぱちょっと錯乱してますね」と話していた。
生憎、錯乱はしていない。でも本当にいたんだ。
いつまで、と鳴く鳥も、この世のものじゃない人々も、大勢の人を生贄にしていた友人も。
それを人に話せばおかしいと思われるとしても、俺は黙っていられるんだろうか。
「そういえば」
ふと思い出して、一人きりの病室で呟く。
あの女の子は、誰だったんだろうか。




