第九話 やっぱり人間じゃない
「って、桧山先輩が言ってたぜ」
その日の夜、自室のタブレットで配信のアーカイブを見た後で、日向は部屋の中にいる忍野と化野と桐生に話した。
自分のベッドに腰掛けた日向と忍野に対し、化野と桐生は床に座っている。
「なるほどね」
「ふうん」
感心したように呟いた化野と桐生に、日向は一応念のため、
「化野、どういう意味の『なるほど』?」
と聞いてみた。
「さすが桧山先輩だなあって。頭良いよねあの人」
「純粋な賛辞だった」
「純粋な賛辞だよ。日向、俺のことなんだと思ってる?」
「人間からちょっと逸脱してるナニカ」
正直に答えたら化野が半眼になった。
「ナニカじゃないよちゃんと人間」
「ほら、日向。こういう奴に『遊びに行っていい?』って聞かれても頷いちゃいけないんだぜ」
「勉強になる」
「ならないで!」
桐生の言葉に真顔で頷いたら、化野に必死で縋られた。
「なんて、冗談冗談。阿古屋村での一件で少なくとも俺の中での信頼は回復してるから」
「そう。……よかった」
「かみしめとるなあ」
「お前の半殺し発言みたいなんじゃなく、本気の感謝ってわかるからだろうな。
まあお前も感謝した結果の半殺し発言なんだろうが」
「当たり前や。マイナスやったんどうにかゼロに戻しただけやわ」
今度は忍野が半眼になる番だった。だってやらかしは事実だし。
「しかし、どういうことだろうな? その先輩どもは」
桐生は首の骨を鳴らしながら不可解そうに言う。
「ただの嫌がらせとかやなかったんやろ?」
「うん。明らかになんか様子おかしかった。背筋ぞっとしたし、白目剥いてたし。
そもそも意識不明で入院してるはずの人たちだぜ?
それに桧山先輩が踵落としを後頭部に喰らわせてたし」
「せやな。怪異に遭遇したら頭ガァンする人やな」
「そうだね。頭ガァンする人だね」
「頭ガァンするな」
不可解そうに答えた日向に、忍野、化野、桐生が同じ文言を返す。
「待って。頭ガァンってなに」
「踵落としによるげんこつ」
「頭抉れてる!?」
「大丈夫や。罅入っただけや」
「駄目じゃん!」
頭蓋骨罅入ってるじゃん!と訴える日向に忍野が笑って「大丈夫や。……多分」と答えて「多分!?」とツッコミ返されていた。
「まあ冗談やないけど、ともかく」
「冗談じゃないんだ……」
「ともかく、桧山先輩がそういう反応するってことはやばいやつやったんやろうなー」
「だよね」
忍野の言葉に化野もうん、と頷く。
「それについては同意見だが、やり口が前と変わったのはどういうわけだ?」
「これは憶測なんだけど……、阿古屋村で俺たちの魂を取れなかったせいだと思う」
「うん?」
「どういうこと?」
桐生の疑問に答えたのは化野で、忍野と日向が首をかしげる。
「ほら、俺たちかなりまずかったわけじゃん。桐生も、あのときどうなってた?」
「お前追いかけて家から出たところでアレに会って、そっから記憶がねえな」
「だから、全員相当やばかったんだと思う。本来なら、俺たちも意識不明患者に加わってるか、それか失踪者になってるくらいには。
でも実際、全員無事なわけでしょ?
なにがあったか知らないけど、気づいたら寮に帰ってて」
化野の言葉に日向と忍野も「それはそうだ」と同意した。
「だから、そのときになにかあったんだと思う。
メリーさんが、正攻法じゃ俺たちの魂を取れないって思うなにか」
それは憶測による答えだったが、化野らしい妙な凄みがあった。
「あー、なんか頭痛くなってきた」
「問題山積みやからなあ」
「まあ俺は部屋戻るよ。そろそろ夕飯だし」
「俺も戻る」
ベッドに寝転がった日向に、忍野が苦笑し、化野と桐生は立ち上がった。
部屋の主二人に見送られ、廊下に出て扉を閉めたところで、化野は桐生に腕を掴まれる。
「で?」
「なに?」
「お前は、“なにも覚えてない”んだな?」
そう強調して、潜めた声で尋ねてきた桐生に、化野はにっこり笑う。
「なんの確認? “なにも覚えてない”よ?」
桐生の言葉をなぞるように強調して答えた化野に、桐生はこれ以上の追求は無意味と判断して手を離す。
「半端に信じとくわ。この手のことに関して、お前に対する信用はあんまりねえ」
「そう、まあ好きにしといて」
そう会話して、二人は背を向け合うとそのまま歩いて行った。
その日の夜遅く。消灯時間を過ぎ、多くの寮生が寝静まった時刻だ。
「忍野?」
廊下で自分を呼ぶ声が聞こえて、トイレに起きてきた忍野は振り返った。
「桐生、どないしたん?」
少し離れた場所に立っているのは桐生だ。
忍野と同じように、寝間着代わりのシャツとハーフパンツ姿で。
「消灯後に出歩く理由なんざトイレ以外ねえだろうがよ」
「せやな」
「日向は?」
「ぐっすり。放課後ので神経使たんやろうな」
桐生が隣に並ぶのを待って、忍野は歩き出す。
「化野は一人部屋だからわからねえか」
「そもそも二人部屋が通例の寮で一人部屋ってなんやねん」
「魔法の言葉:化野だから」
「それ、自分が言うと思わへんかったわ」
明るく笑った忍野に、桐生はげんなりした顔で、
「俺も基本超常現象の類いは信じてねえが、化野絡みだとまあありそうだな、と思っちまうんだよ」
とコメントした。
そのまま歩いてトイレに到着し、ドアを押し開ける。
薄暗い室内に、便器が並んでいる。その奥に個室が二つ。
だがその一つの扉が閉まっている。
「あら、先客おる?」
このトイレは空いていれば扉は開いているからわかりやすい。
「誰かしら使ってんだろ。マンモス校の寮で、不自然でもなんでもね……」
「あけて」
「……は?」
足を踏み入れながらぼやいた桐生が不意に響いた高い声に息を呑んだ。
「あけて」
そう、その個室から声がする。
「…………………………」
「…………………………」
忍野と桐生はつい、互いの顔を見る。
「はい桐生、今、男子寮におるはずない女子の声が聞こえたんやけども」
「声変わり前の男子、なんざ高校にいるはずねえしな」
「そもそもトイレで今の文句って、考えられる怪異一個しか」
「知ってるか忍野。花子さんは英語圏ではブラッディーメアリーと呼ぶ」
その桐生の言葉が合図になったのか、トイレの扉がガチャ、と開いた。
その中に幼い少女の姿を見つけて、忍野はダッシュで廊下に飛び出す。
桐生もすぐ後を追った。
そのまま廊下を疾走し始める。
「なんで学校のトイレにいるはずのもんが寮のトイレに出るんだよ」
「あー、もしかして、やり口変えたってこういう」
「誰だ部屋に招いた奴!」
「いや、部屋に招いてへんからトイレにおったんちゃう?」
そんな会話をしながら曲がり角を曲がったところで、忍野が後ろを振り返って、
「あれ?」
と意外そうな声を漏らした。
「どうした」
「おらへん。もしかして、ついてこれへんかった?」
「ざまあみろ! 名門サッカー部レギュラー舐めんじゃねえ!」
つい勝ち誇った桐生に、忍野が生暖かい目を向ける。
「わー、俺、お前がそんなどや顔したの初めて見るわー」
「勘違いすんなよ忍野。俺は例えサッカー部の誰に勝とうが一般人に勝とうが勝ち誇ることはねえ。それが当然だからな」
「で?」
「だが今の相手は俺たちが負ける可能性のある相手だ。人外だからな。
その人外が高校生に走り負ける。こんな屈辱滅多にねえだろ」
「こんなくつじょくうまれてはじめて」
「は?」
「すまんすまん。お前お坊ちゃんやからこういうネットミーム知らんわな」
そんな会話をしながらも全速で走っていたが、不意に眼前に立つあの少女の姿を発見して急ブレーキをかける。
そのまま反対側に走り出した。
「部屋に行くわけにはいかねえから、おい、階段行くぞ」
「了解」
二人は階段に飛び込んで、駆け足で下る。
だがいつまで経っても階段が終わらない。
「おい、一階につかねえぞ!」
「あー、これあれやわ……」
「あれ!?」
「階段から逃げられへんようにループしとるみたいな」
「チッ、上行くぞ!」
「はいな」
舌打ちした桐生の言葉に従って、忍野も踵を返して階段を登り出す。
するとあっさりと屋上の扉の前に到着した。
「あら、あっさり屋上に」
「なるほどな……」
「なにがなるほど?」
「うっすら予感はするが、行くしかねえだろうがよ」
桐生はノブを掴んで、扉を開ける。
教室一つ分ほどの広さがある屋上を歩いて、一番端の手すりに触れた。
「まあ、こっから先には行かれへんわけやけども」
「だろうな」
桐生は心底不本意という顔をして後ろを振り返る。
扉のそばにあの少女がいた。
「あー、わかったわ。せやな。行き止まりになるわな」
忍野はがっくりと肩を落とした。
すぐ相手の魂胆に気づかなかった自分が呪わしい。
くすくす、くすくす、と高い少女の笑い声がする。
「あかん。腹立ってきた。おい桐生、あいつ蹴飛ばしてええか?」
「出来るかわからねえがな」
「このまま万事休すになるくらいならやるわ」
半ギレになった忍野が少女に大股で近づいて、思い切り足を振り上げる。
「幼女に手を挙げる男ちゃうけど、貴様は論外じゃボケ!」
吠えて力一杯足を振り抜いたが、当然それはすり抜けた。
「チッ」
桐生が舌打ちして懐からスマートフォンを取り出した瞬間だ。
「ちょっとー?」
間延びした声と同時に、ぐわしっと白い手が少女の頭を鷲掴みにする。
「人の島でなにしてんの?」
そう、少女の後ろに立って言外に「俺の島」と凄んだのは化野だった。
忍野は自分が触れられなかった物体をあっさり掴んでいる化野に、あんぐり口を開ける。
「駄目だから。こいつらは、駄目。
一昨日おいで。もう二度とこの建物に入っちゃ駄目ね」
そう低い声で脅した化野を見上げた少女は、なにか言おうと口を開き、そのまま消えた。
化野は顔を上げて、忍野と桐生の無事を確認すると笑った。
「はい、大丈夫? 忍野。無茶したね」
「な、」
「うん」
「んで、」
うまく声にならない。驚きが強すぎた。
「主語をちょうだい」
「『なんでいる』と『なんで消せた』の両方だろ」
代弁したのは桐生だ。
「ああ、俺もトイレに起きたら、なんか廊下にそういう気配がわだかまってたから、察した。
あと、なんで消せたって言うかね、普通はあれくらいだったらどうにかなるんだよ俺。
なんか、今回のメリーさんはどうにかならなかったけど」
あっけらかんと話した化野に、忍野は脱力してその場にしゃがむ。
「お前、やっぱり人の姿したナニカだろ」
「これくらいは人間の範疇だよ」
「……化野」
「うん」
ドン引きした顔の桐生にイイ笑顔で答える化野だが、足下で忍野の声がした。
「感謝したないけど、おおきに……」
そう忍野はしゃがんだまま言う。
「もしかして、立てない?」
「すまん腰抜けた」
「忍野って実はびびり?」
「こいつ、女子と日向の前だと格好つけるんだよ」
「ああ」
確かに今までのメリーさん関係はずっと日向が一緒にいたもんね、と納得した化野に手を借りて、忍野は立つと息を吐いた。
「ていうか、桐生。さっきスマートフォン出してなにする気だった?」
「目くらましのフラッシュ。ほかの手段ねえだろ」
「まあ、そうだよね。普通はね」
そうにこやかに答えた化野に、忍野が力無く、
「お前がおかしいんや」
とツッコんだ。




