第9話 武器
いかなる冒険や旅においても、先立つものは必要だ。
といっても、俺とユリアが持っている金品は、決して多くはなかった。
当面は困らないとはいえ、食い潰していけば、いずれなくなる額である。
その日の夕方、ユリアは、偽名で取った宿の部屋の中で、こう言った。
「私は、このリガルドの製造器具を売りたいと考える」
「闇のマーケットか。しかしそれは、かなり問題があるのではないか」
俺はユリアの正しさを信じていた。だからこそ、その正しさが遠くに行ってしまうことを、恐れていたのだ。
「もちろん、本物を売るのではない。売り付けるのは贋作よ。私たちには器具の情報がある。そして、素材はよくある種類だから、それを作り上げるのは、不可能ではないわ」
「贋作か。なるほど。いい案だ」
俺は、考えを改めた。悪人を引っ掛けるには、それくらいのことをしなければならないだろう。
ただ、俺はかつて泥臭い仕事をしていたから、残っている問題点に気づいていた。
「闇のマーケットは危険だ。それに、代金の回収が保証されていない。多勢に無勢となったら、踏み倒されるのは確実だ」
すると、ユリアははっきりと言った。
「だからこそ、武器の性能を知っておかなければね」
このようなわけで、翌日、俺たちは人里離れた場所で、与えられた能力のテストをしていたのである。
そして、時は少し前にさかのぼる。
俺とユリアは、その場所へと向かう道のりで、場末の路地裏を通り抜けていた。ずいぶんと、じめじめとした空間だった。いわゆる貧民窟である。
「ここは危ないのではないか」
そのように言う俺に対して、土地勘のあるユリアは「これが近道だから」と、言った。実際、あとから地図を見ると、地形上、そうしなければ大幅な回り道を強いられていただろう。
そして、俺とユリアが一帯を通り抜けようとした時のことである。
ギャー!という獣の叫び声が、青空にこだました。秩序も何もあったものではない。
俺がその声の正体がどこから来たのか、よく見回すと、広間の中からだと分かった。建物の一階である。
そこには、大勢の人間が押し合っている。そして、どの人間の瞳も、どろんと濁っている。尿を垂れ流している者がいる。
臭いのする煙が部屋に立ち上っている。そして、よく分からない部品のようなものが、無造作に床に落ちている。
ユリアは俺のそばに寄って、こう言った。
「これが現実よ。私もこれに加担したの」
俺は沈黙した。沈黙、それが正しい唯一の答えだったのである。
その一時間後、俺とユリアは草原に立っていた。ここなら、誰も見ているものはいなかった。
「さて、始めましょうか。気を取り直して」
「そうだな。始めるとするか」
そして、俺は己れの腕を突き出して、身構えた。といっても、能力の発動の感覚は、よく分からない。拳を「強化」し、ナイフを砕いた時は、無我夢中だったので、ろくな参考にはならなかった。
俺はユリアに聞いた。
「魔力を使うには、どうすればいいんだ?」
「腹の下にエネルギー源があるわ。そして、イメージされた全身に、そのエネルギーをすべて流し込んで、毛穴を開く感じよ」
「そんなことを言われても……」
あいにく、俺は身体の感覚を研ぎ澄ませるといったことは、苦手であった。数学と、どちらが苦手であるのかは分からないほどだ。
そして、俺は悪戦苦闘して、やっと拳が少し温まったような感覚を得られるのみであった。
疲れ果てた俺は、どっと草原に倒れ込んだ。
そして、ユリアに言った。
「なかなか、難しいな」
「ちょっと待って。器具の贋物の作り方を、考えているところだから」
「ああ」
そして、しばらく待っていると、ユリアは声を掛けた。
「やはり、簡単ではないのね」
「逆に聞きたいが、ユリアはどうやって魔法を覚えたのだろうか?」
「聞きたい?」
「うん」
そして、ユリアは語り始めた。俺は草原から起き上がって、その言葉を聞いた。
「私は、ろくに学校に行けなかったの。言うまでもなく、ドムスたちに拉致されたからね。そして、父母も殺された上で、酷使されていた。にもかかわらず、私には心の支えがあった」
「何?」
「神様よ」
俺は初めてユリアと出会った時のことを思い出した。
「だから、そのリボンが大切なんだね」
「最初はまだ警戒していたから、『教会堂で祝福してもらった』と言ったけれど、本当はそうではないの。このリボンだけが、父母の形見なのよ。そして、それを通じて、私は天におられる父母——神様を想い出すの」
殺された父母の形見、か。ひどく重大な話が、俺の中で、イデアル女神と絡んでいるとは、思いもよらなかった。そこで、俺は言った。
「じゃあ、イデアル女神を信じさせたことは、ご迷惑じゃなかったかな」
「そんなことはない。ある意味では、ちゃんとした神々なら、何を信じても同じところに行き着くからね」
俺は信仰のロジックに詳しくなかったが、そう言うものか、と思った。ユリアは続けた。




