第8話 苦痛
それからユリアは、俺がイデアル女神から「強化」の能力を与えられたことに、興味を持っているようだった。
「強化とは、かなり漠然とした能力みたいね。でも、それはかえって強みになるかも」
俺は、どういうことなのかを聞いた。俺の思考回路は、なかなか魔法について、すぐに付いていくことができなかったからだ。
「簡単なことよ。要するに、身体をどのようにでも、強化できるということなのだから。あるいは、剣すら、身体の一部として強化できるかもしれない」
その話を聞いて、ようやく俺は話が飲み込め始めた。
「たしかに実験は、人が見ていない場所で、ぜひともやらなければならない」
そして、郊外の野原のような場所を想像していた。
すると、ユリアはイデアル女神について尋ねた。
「その女神様は、要するに、信者の数が増えることを目的としているのね」
「まあ、そういうことだ」
「そうなると、もちろんメリットがあるのよね」
「あまり、その辺を突っ込んで説明してはくれなかったけどね。でも、信者がいればいるほど、神々の力が明らかに高まるのは、常識に属することだ。それに——」
「?」
「神々の世界にも、力比べがあり、競争があるみたいだ。だから、転生する魂を集めて、異世界に赴かせて、活動させているのだろう」
世知辛い話だったが、ユリアは納得したような顔をした。そして言った。
「まあ、無限の苦痛と、消滅に値するほど悪どい魂は、別かもしれないけどね」
「はは。そうかもしれない。少なくとも、ドムスの首魁や幹部連中は、もはや善なる転生には値しないだろうね」
すると、ユリアはふと、陰った表情を浮かべた。その理由は、これから来るべき冒険が予感されたからかもしれない。
そしてユリアは、テーブルの上に何か器具のようなものを置いた。
「これは」
「そう。リガルドの製造器具よ。厳密には、その重要なプロセスの輪をつなぐもの。このアイテムを持ち出したがために、私は追われることになったの」
「これがあると、すぐにリガルドができるのか? 原理はどうなってるんだ」
俺は器具をじっくりと見た。何か挟むような部分があり、そこにはトゲが付いている。それ以上のことは分からない。
「説明します。そもそも、リガルドの結晶は、強力な精神操作のエネルギーを持っている。だから、異世界を垣間見た気になれるのね。
では、そのエネルギーをどこから調達するか。もちろんそれは『魔力』だけれど、単なる魔力では力が不足している。そこで、こんなことを考え出した人がいたの。
人間の苦痛。それを配合すれば、より強力な種類のものを調達できるのではないか、と。
そして結晶の精製は成功し、方法が確立された。そこから先は、ドムスが元締めとなって、王国にリガルドが蔓延したの」
「じゃあ、この器具はもしや——」
「そう。拷問の器具よ。もっとも、これだけでは、大した分量は作れないけど」
俺は、他にもおぞましい形の器具が、リガルドの工場に立ち並んでいる様子を想像して、いやな気持ちになった。まして、奴隷化された人間をや。
「私が逃亡を試みた理由が、分かるでしょう?」
「ああ。よく分かったよ。確かに、ロラン王国が厳刑をもって臨むわけだ」
「だからこそ、そのようなリガルドに関わり合った私と、私を助けたあなたは、共犯者なのよ。この冒険のね」
「確かにな。ここまで来たら、いよいよリガルドを撲滅する他にない」
ユリアはここまで説明して、気力を要したようで、ふうと息をついた。そして、コップの中の茶を飲んでから、言った。それは突然の提案だった。
「ねえ。あなたの女神様を、私も信じていい?」
「いいけど、物好きだな。どうして?」
「だって、そのイデアル女神様がいなければ、ジュンもここに来られなかったのでしょう?」
まあ。そうだけど。
いや、待てよ。これはそもそも、俺の冒険の目的ではなかったか。
ようやく、俺は思い出したのだった。そこで、俺はもちろん快諾した。
「やった」
そう言って、ユリアは打って変わって、はっきりと、嬉しそうな顔をした。
「じゃあ、信仰を告白するためには、何をすればいいの。こう、儀式とかシンボルとか」
「ええと……」
しまった。イデアル女神に、そういったことを聞き忘れたようだった。
といって、即席で考え出すのは望ましいとは言えなかった。一連の儀式などが、適当でいいわけがない。
俺は、素直にそのことを白状した。ユリアは言った。
「じゃあ、保留ということね」
「ああ、そうさせてくれ。数が増えてきたら、しかるべきものを考えよう」
そして、その場は一服となった。俺とユリアは、たわいない話に興じた。そうでもしなければ、リガルドの邪悪さを祓うことができなかったからだ。
昼になっていた。どこまでも、からりとした晴れの天気である。部屋の中のさまざまな調度は、落ち着いている。
ユリアはその場から立ち上がって、言った。
「もうすぐ、利用期間も終わりね」
「? ——ああ、この家のことか」
「そう。魔力で、所有権を一時移転しているだけだから。いつまでもは使えないわ」
「確かにね。あまりやりすぎると、良くないかもしれない」
「行きましょう」
やがて、ユリアは荷物の中から、マントを取り出した。二着である。
そして、マントを着け、フードを目深にかぶった。俺もその真似をした。
前世より十歳くらい若返っているから、小さめのマントでいいのか。俺はベルトを締めながら、そう思った。




