第7話 仇
「私の父母の仇を討ってくれませんか?」
確かに、ユリアはこのように言ったのだ。といっても、今さっきの話題とどう結びつくのか、すぐには飲み込めなかった。
「仇? ずいぶんと剣呑な話だな」
「ええ。それくらいのことは、承知しています。しかし、あなたがあの悪漢を吹き飛ばした時から、『もしかしたら』と思っていたのです」
「もしかしたら」か。俺もずいぶんと、頼りにされるようになったものだ。
「それで、仇とは誰なんだ?」
「はい。さっき、麻薬の話が出ましたが、その元締めこそ、諸悪の根源なのです」
麻薬の元締め——悪の原理はどうやら、異世界でも変わらないものと見える。
「なるほど。要するに、反社を退治してくれということか。ええと、その奴らは何と言うんだ?」
「そのマフィアの名前は、ドムスです」
ユリアはこう答えた。そして、続けて言った。
「私の父母は、そのドムスの一派に殺されました。そして、私もその支配下で、ひどい扱いを受けていたのです」
「そうか。人間とは思えない奴らだ」
「私は、それが嫌になりました。なので、逃げることにしたのです。リガルドの製造器具など、高く売れるアイテムを持ち出した上のことです」
「そこを、あの男に追いかけられていたということか」
「そうです」
話の内容は、ずいぶんと深刻だった。ユリアを助けたことから、こんな話に入り込むとは思わなかった。
俺は聞いた。
「しかし、それにしても、追っ手が手薄だったのはなぜだ? たった一人だけとは」
「それは、私を侮っていたからでしょう。女一人くらい、赤子の手をひねるように捕まえられる、と」
「なるほど」
そう俺はあいづちを打っていたが、ふと気になることがあった。
「じゃあ、ドムスたちに酷使されていたのはいいとして、この家はどうしたんだ? ユリアの家ではないのか?」
すると、ユリアは言った。
「もちろん、違います。緊急時ですからね。本来は禁止されているのですが、魔法の力で、所有権を一時的に変更させてもらいました」
「宿屋とかでもよかったのに」
「重病人をかつぎ込んだら、官憲を呼ばれる可能性がありますから」
「いいじゃないか、呼ばれても」
「いえ。もし呼ばれたら、マフィアの紛争とみなされて、あなたまで逮捕される恐れがありました。そして、私もそうなのです」
俺は驚いた。そして、どういうことなのか聞いた。
「私は、無罪ではないのです。リガルドを製造・保管している倉庫の番や、清掃をしていましたから。無理矢理とはいえ、私にも責任があります」
「そこまで言わなくても」
「いえ。そして、さっきのビラの記事をよく見てください」
俺は、ビラの見出しではなく、記事の部分を見た。そして、嫌な予感がした。
ユリアは言った。
「お分かりになりましたか?」
「ああ」
「記事には、リガルドに加担した者に対する厳罰化を進めるとあります。たとえ死刑をまぬかれたとしても、長期刑は不可避ですよ」
俺は念のために聞いた。
「では、あのドムスの悪漢を吹き飛ばしたことも、『加担』に含まれるのだろうか?」
「本来なら、含まれないはずです。しかし、今の官憲や司法のあり方を踏まえると、抗弁が認められるかどうか。一罰百戒として、巻き添えを食いかねません」
俺は嫌な予感が当たってしまったため、がっかりした顔をした。
イデアル女神から「強化」の能力をせっかくもらったのに、こんなくじを引き当ててしまうとは。
「じゃあ、退路は断たれたわけだな」
「そうです」
「晴れてお尋ね者、というわけか。しかし、ドムスらを壊滅させれば——」
「はい。もしかしたら、恩赦の目も出てくるでしょう」
なるほどね。ユリアを助けることと、俺自身を助けること。そしてイデアル女神の威光を高めることは、同じ一つのことなのか。これも縁かもしれない。俺はそう理解してから、言った。
「壊滅させるところまでいかなくても、一定の功績を上げれば、それによって罪を相殺できる可能性がある。もはや、やるしかないな」
ユリアはうなずいた。
俺はここまで深刻な秘密を話してくれたからには、こちらも秘密を伝えなければならない、と思った。理解されるかどうかは分からないが……
俺は、ユリアに異世界転生の一部始終を話した。前世のこと、イデアル女神のこと、能力である「強化」のこと、などである。
ユリアは興味津々に聞いていた。少なくとも、その様子では、頭がおかしくなったと思われている可能性は、低かった。
そして、ユリアは聞いた。しかも、その素直な目でこっちを見ていたのである。
「じゃあ、その『不動産営業』というのには、ノルマがあるんですね?」
「あるどころじゃない。もう、テレアポだの、訪問件数だの、日々の行動は、厳しく管理されているからね」
「じゃあ、効果はあるんですね」
俺は、苦笑した。
もちろん、ローラー作戦には掘り起こしの効果がある。たとえ低い確率であっても、顧客が付くかどうかは、試行回数の問題なのだから。しかし、俺はそのために熱中症で、死んでしまったのである。生命より大切な営業の仕事などは、およそ考えられない。
「まあ、効果もあるが、迷惑なゴミのように扱われることが多かったかな。営業なんて、そんなものさ」
「ひどい。でも、学校を出てから、その会社に入ったということには、前向きな動機があったのでしょう?」
またもや、俺は前世の矛盾に出会ってしまった。
とくに体育会系でもないのに、趣味の金が欲しかったから、高報酬につられて入社してしまった——それは、今思えば無謀な選択だったと思う。まして、水樹莉奈の一件は、ここで繰り返すまい。
「まあ、たくさん稼ぐことで、世の中のお役に立とうと思ったからということだね」
俺は、そうお茶を濁した。




