第6話 薬物
俺は、俺の好きなアイドルに少し似ているから、ユリアを助けたのだという裏の事情は、決して話さないことに決めた。それが優しさである。
そして、話題を変えた。
「ところで、ユリアは、なぜあんな卑劣な男に、追われているんだ?」
すると、ユリアの顔つきが、みるみる曇った。俺は慌てて、フォローを入れた。
「言いたくなければ、言わなければいいんだ。俺も、すぐには説明できないことが、いろいろあるし」
「うん。伝えられなくはないけど、理解してもらえるか、分からなくて」
「そうか。でも、ともかくあの男は俺が、完膚なきまでに吹き飛ばしたからね。もはや、ユリアを襲うことはないよ」
すると、ユリアは聞いた。
「なんで、そんなことができたんですか?」
俺は迷った。
異世界転生、イデアル女神、云々といったことを伝えなければ、俺の能力は説明することが難しい。ただ、そんな突飛なことを言っても、頭がおかしくなったと思われるのが、落ちである。だとすると……
「やっぱり、魔力が強いんですね」
俺はユリアの助け舟に乗った。異世界転生については、おいおい話すことにしよう。
「そうだ。もともと、そういう能力があってね。でも、今回は力を使いすぎてしまったようだ」
「どんな能力なんですか?」
「……強化だ」
「強化? 何の強化なんですか?」
それは俺が聞きたいよ。なぜ、イデアル女神は詳細を教えてくれなかったのかな。ユリアに対する説明に、困るではないか。
「まあ、いろいろだ。少なくとも、そうでなければ、剣をつかんで曲げることは、できなかっただろうから」
「じゃあ、おそらくフィジカルを鍛えるものですね」
「そういうことだね」
フィジカル。つまり肉体。だとすると、いわゆる魔法のような、エネルギー放出はできないのだろうか。その辺は、いずれ追って、武器の性能をつかんでおかなければなるまい。
そんなことを思いながら、俺は出された茶をちびちびと、口にしていた。といっても、普通のものではなく、牛乳が混じった独特の濃い茶だ。こういうのも悪くはない。
窓の外では、みずみずしく、鳥が鳴く声がしていた。いよいよ、朝が盛んになっている証拠だ。
俺はさっきから、「ロラン王国」という情報が、ふと気になっていた。そこで、口を開いた。
「『ロラン王国 今週の出来事』と、二つ折りのビラにあるね。ずいぶんと、ぎっしり文字が詰まっている。良ければ、手短に教えてくれないだろうか?」
すると、ユリアはちょっと笑った。
「何かおかしいのか?」
「まあ、いいですけど、大したことは載っていませんよ。それに、これは廉価版ですし」
「廉価版?」
「まあ、正式版ですら、眉唾あつかいする読者は多いですけどね」
なるほど。前世でも異世界でも、見世物や野次馬の精神からは、得られるものが少ないというわけだ。とはいえ、何も知らないこの世界の糸口をつけるためには、適当かもしれない。
俺は、ユリアを促した。すると、ユリアはビラを開き、いくつかを説明してみせた。
「ええと、大抵のものはゴシップですけどね。『トマス王、希少資源採取の試算を命じる』——これは大陸の果てで、鉱山に資源が発見されたので、割りに合うかを検討させたというものです」
「じゃあ、ロラン王国はトマス王が治めているわけだ」
「そうですよ。傍系も合わせると、代々きちんと継承されています——もっとも、後継者争いはありますが」
そうなのか。後継者指名は、どんな国でも簡単なことではないのだな。前世だろうと、異世界だろうと。俺はそんなことを漠然と思っていた。
「他には何かあるか?」
「いや、それくらいですね。他には目ぼしいものはなさそうです」
「そんなものか」
俺はそう言いながら、ユリアが持っているビラをのぞき込んだ。
「まだあるじゃないか、何だかシリアスそうなものが」
俺が見つけたのは、「王国に蔓延する闇 リガルド撲滅へ取り組み」という見出しだった。
「リガルド、って何なんだ?」
ユリアはあまり、気が進まなそうだったが、答えた。
「魔力を暴走させ、異世界を見た感覚を得られる薬、——原理は省きますが、つまりは麻薬です」
「じゃあ、是が非でも無くさなければならないな」
「これには依存性があり、使いすぎると廃人になるのです」
それにしても、異世界を見た感覚か。俺は実際に転生した身だから、複雑な感覚がした。
ただ、「撲滅へ取り組み」といっても、一朝一夕になくなるものではないだろう。たとえ、製造・密輸入、あるいは単純所持を重く罰したとしても、だ。
俺は聞いた。
「じゃあ、やはり元締めの首を切ることができていないのだな」
すると、ユリアは思い詰めた表情をした。そして、しばらくの沈黙の後、このように言った。
「あの……お願いがあります」
「何?」
「私の父母の仇を討ってくれませんか?」
実に、唐突な願いだった。




