第4話 強化
俺は死んだ後、女神という存在と話をしていた。しかし、気になることがあった。
「俺はたしかに死にましたが、まだ、何かやることがあるんですか?」
「そうです。今の状態は、魂の完全な消滅ではないですからね。単刀直入に申し上げます。もう一度、生きてみたくはないですか?」
俺は女神にそう促された。そして、おのずと自分自身の人生を思い返した。
俺の人生は、結論、大したことがなかった。地球にやってきたヒーローではあり得ない。死んでしまったからには、プライドもへったくれもない。
それに、出世して両親に親孝行することもできなかったし、温泉旅行に連れて行くこともできなかった。
俺の人生は、できないことだらけだった。
そう思うと、急に涙が出てきた。まあ、そんなものかと思っていたら、その涙は子供のように、止まらなくなった。
女神は数十分、俺が落ち着くまで待ってくれた。
「この感じだと、まだ生きてみたいようですね」
「はい……俺は、生きたいです」
「じゃあ、その願いを叶えてさしあげましょう」
「元の世界に戻れるんですか!?」
すると、女神は苦笑した。
「それはできません。それは因果律に反していますから。というより、そもそもあなたは、あの人生を何回でも繰り返したいんですか?」
「そう言われれば……あれはもう、ごめんです」
「なので、別の世界にします」
「別の世界?」
俺は、つい聞き返した。
「そうです。まあ、人間たちが宇宙論のたどたどしい言葉で言っているような、『さまざまな世界』というものが、実際にあるのです」
「そこは地球なんですか?」
「秘密です。少なくとも、あなたの本質にぴったりとするような世界ではあるので、まあ、楽しみにしてください」
女神は、悪戯っぽく言った。
「じゃあ、ここにいてずっとお話ししていることもできないんですね」
「ここは中継地点ですからね。人間が生きるための場所ではないのです」
「これから向かう世界の中では、やりたいことをやっていればいいんですか」
「堅苦しい規則を設ける必要はありません。基本的に、そう理解してかまいません。ただし、忘れないでほしいことが、一つあります」
俺は、何なのかが気になった。
「その世界の中で、私の威光を高めていただきたいのです」
「威光を高める? もう少し、具体的に教えてほしいのですが」
「つまりは、私という神々の信者を増やしてほしいのです」
俺は少し、話の事情が飲み込めてきた。しかし、気になることもあった。
「女神さまは、たいていのことは何でもできるのだから、その力を使えば、信者を増やすことくらい、難しくないのではないですか?」
すると、女神はそうではありません、と言った。
「結論から言えば、そういうことをするのは神々の掟で、禁止されているのです。ちゃんとした意志に基づく信仰でないと、カウントされないのです」
「掟ですか……もしかして、他にも色々な神様がいて、同じようなことを考えていたりします?」
「それどころか、その競争によって私たちの力の関係は変わってくるのですよ」
競争、という言葉を聞くと、何だか神々の世界も、果てしないのに世知辛いな、と俺は思った。
「威光を高める、ということは分かりました。せっかく俺を蘇らせてくれたのですから、できるだけのことはやってみます」
すると、女神は重要なことを付け加えた。
「ただ、何も武器を持たせずに、世界に送り込もうというわけではありません」
「武器? 何かくれるのですか?」
「はい。あなたには一つの能力を授けます。それを使って世界を切り開くがいいでしょう」
「何の能力ですか?」
「『強化』です」
出しぬけにそんなことを言われても、俺は何のことだか分からなかった。
「強化? 何を強化するんですか?」
「他の世界との公平性のため、それ以上は教えられません。ただ、あなたはその能力を大切に使ってください。そうすれば、『強化』はあなたの武器になるに違いありません」
このようにして、俺は何やらよく分からない土産物を持たされることになった。
そうこうしている内に、別れの時が近づいていた。俺はもっと、いろいろなことを話したかったが、そういうわけには行かなかったのである。
女神は言った。
「それでは、村上淳吾よ。次の世界で存分に冒険するがいい」
そして、俺に近づいてから、転生させるため、その額に手をかざそうとした。
その瞬間、俺は重要なことを思い出した。
「そういえば、忘れていたことがあるんですが、いいですか?」
「なんですか?」
「お名前を、教えていただきたいのですが」
すると、女神は言った。
「私の名前はイデアル。イデアルです」
俺はその声をはっきりと聞いた。間近で、イデアル女神のリボンも見た。
女神の手が額へと、ゆっくりと近づく。
ここで、これから転生する俺の記憶は、途切れていった。
◇ ◇ ◇
確かに、俺は女神から「強化」の能力をもらったのだった。そこまで分かると、次の俺の記憶はすぐに明らかになった。
俺は、さっそくその「強化」を使ったのだ。むろん、目の前にいるのはユリアを暴行した悪漢である。ユリアは剣の柄で殴りつけられており、すぐに動くことができない。
許せない。俺はそう思った。
その思いが、俺の能力を見事に暴走させた。さっそく、男へ向かって、高速で間合いを詰めた。そして、その胴体の中央部に、ストレートを連続で叩き込んだのだ。これは身体能力の「強化」である。
男はたじろぎ、そして叫びを上げた。そして、剣を構え直して、俺の方向へと斬りかかった。
俺はその剣をつかみ、ぐにゃりと曲げた。そして、路上に投げ捨てた。
それから、男を完膚なきまでに叩きのめしたのである。
そうした一連の戦闘の上で、能力が解除された。そして、俺は意識を取り戻したのである。




