第11話 修行
翌日。
俺が目覚めて、朝食を食べている時、ユリアはすぐに出かける準備をしていた。すでに、朝食は食べたらしい。宿のテーブルの上に、空っぽの皿が並んでいる。そして、宿の亭主がさっそく、それを片付けようとしている。
俺は、ベーコンを添えた目玉焼きを腹の中に収めながら、ユリアに声をかけた。
「出かけるのか」
「昨日も言ったように、やることが色々あるからね」
俺は亭主がいないことを確認した上で、静かに言った。
「贋作作り。いくつかシナリオがあるんだろう?」
「ええ。最悪の場合でも、大きな打撃は負わないからね。あくまでも、突き進むしかない」
ユリアの気概は十分だった。あえて、俺は「然るべき筋」とはどういう者で、どのようにその者の精神を操作するのかについては、聞かなかった。
知らない秘密は、漏れようがない。俺は王国のお尋ね者である以上、そのことを重視したのだ。
不慮のトラブルがない場合、夕方には帰ってくるということだった。遅くとも夜である。
俺は、先ほどの草原に徒歩にて向かった。そして、適宜休みを入れながら、ずっと「強化」の感覚をつかんでいたのである。
開始してから、五時間が経過した。
修行に疲れて、木陰に安らっている時、俺はふと、だだっ広い地面に目をやっていた。
そこには土があり、小さな砂利があり、虫がいた。蟻が何かのエサを懸命に引っ張りながら、青空の下、動いている。その傍には、乾燥して干からびたミミズの死骸がある。
名前も知らない鳥たちが、空に飛び交って、鳴き声を挙げている。殷々たる響きである。
しばらく経ち、もう一度始めようと、俺は立ち上がった。そして辺りを見渡した。
地平線は、広かった。
背後は、俺たちが泊まっている宿の方向である。もちろん、宿は見えない。そこまでは、ずっと歩いていかないといけないからだ。
踏み固められた道から、奥へと分け入った場所が、ここである。なので、不意の通行人がいるわけはない。見ているのは、太陽と空、そしてイデアル女神である。
俺は背後を見た。さっき、木陰としていた樹には、果実がいろいろと実っている。しかし、それは見たこともない色をしていた。なので、もいで食べることはしなかった。
そして、俺は修行を再開したのである。
その日の終わりになると、俺は自分自身の力で、能力を出し入れすることができるようになった。もちろん、自由自在にとは行かない。しかし、拳や足腰を強化するという形はできたのである。
そして、俺は武器の性能をも知った。
それは文字通りに、である。
なぜなら、つかんでいる物体ならば、身体の一部と擬似的にみなされて、「強化」できると分かったからである。もっとも、身体そのものを強化する場合より、より多くの気力を使うが。
俺は、剣を持っていなかったため、その辺の枝を折り取って、使ってみた。
「強化!」
そう、心の中で言いながら、枝に集中したのである。
そして、俺は木の幹に向かって、その枝を勢いよく振り下ろした。
木を切り倒すところまでは、行かなかった。しかしその幹には、はっきりと傷跡がついたのである。樹皮がパラパラと地面に落ちた。
ユリアの一件が終わったら、マーケットで剣を買わなければ。俺はそう思いながら、帰路についた。
宿に着く。夕日はすでに沈み、薄闇が東の空を侵している。
まだ、ユリアは帰っていなかった。俺は非常に疲れていた。まだ、宿の夕食を食べる気はしなかった。
少しだけ休むつもりで、汗もろくに拭かず、ベッドに横になっていたら、いつの間にか寝入ってしまった。
目を覚ます。どれだけ寝てしまっていたのだろう。そう思っていると、宿の亭主が部屋の外から、食事は食べないのか、と言った。
俺は、今すぐ行きますと答えてから、大部屋に向かうことにした。
すると、宿のテーブルではユリアが、がつがつと料理を食べていた。肉をフォークで切り、付け合わせの野菜もろとも、口に運ぶのである。その肉はジューシーで、脂身が付いている。時には、分厚いパンの上に乗せて、一緒に食べていた。
「帰ってきていたのか。俺もまだ食べていないよ」
そう言いながら、テーブルの向かいの席に腰掛ける。ユリアは水を飲みながら、こう言った。
「計画の目鼻は付いたわ」
「そうか。良かった」
「ただ、ここで話すのも良くないから、まずは食べましょう」
俺は腹が減っていた。減りすぎていた。十中八九、使い慣れない能力を覚醒させたからだろう。
俺は、そのあたりの変哲もないパンですら、山海の珍味のように舌に感じられたほどだ。
あっという間に、腹は一杯になった。もう、食べられないし、動けないぞ。
それから俺は、待っているユリアと共に、誰も話を聞いていないところへ向かった。といっても、それはユリアの個室である。
修行の成果を報告したかったので、俺はユリアより先に口を開いた。
「これから、マーケットで剣を買う必要があると思う」
「その口振りなら、能力のコントロールには成功したようね」
「そうだ。強化できるのは身体だけではない。身体に物理的に触れているものにも可能だからだ」
「実際にやってみた?」
「ああ。折り取った枝で幹を撃つと、傷跡が刻まれたよ」
すると、ユリアは目の前に、金貨を置いた。そして言った。
「貴重な金品とはいえ、ここで惜しむ理由はないわ。明日、買いに行きましょう」
「店はどういうところにあるのか」
「まあ、いろいろよ。まだ、足がつくことはないはず。お尋ね者とはいえ、官憲は忙しいからね」
俺は、金貨を財布の中に収めた。それから、肝心なことを聞いたのである。




