幽霊屋敷の怪談②
「はあ・・・」警察が民間人である圭亮に、捜査情報を開示することなど、あるのだろうか。
「もし、ご同意頂けるようでしたら、こちらで秘密保持契約を用意致します。それにご署名頂きたいのですが、いかがでしょうか?」
「秘密保持契約ですか?」
「はい。ご同意頂ければ、後日、こちらから秘密保持契約を郵送致します。ご署名の後、送り返して頂けば結構です」
「それは面白そうだなあ。警察のコンサルタントになるみたいですね。でも、僕はニュース番組のコメンテーターになる時に、会社を辞めてしまいました。僕も食べて行かなければなりません。秘密保持契約を結ぶとなると、何らかの報酬を頂けるのでしょうか?」
「いえ。残念ながら、無償の捜査協力と言うことになります」
「そうですか。残念ですが、コメンテーターを辞める訳には行きませんので、秘密保持契約を結ぶことは難しいでしょう」
「そうですか」須磨は表情を変えずに言った。
さして失望した風では無いので、断られることは覚悟の上だったのだろう。或いは、表情が乏しいだけかもしれない。
「でも、一般市民として、警察への協力は惜しみません。思いついたことがあれば、須磨さんにご連絡を差し上げるということでいかがでしょうか?」
「一筆、頂きたかったところですが、それでも結構です。テレビでの発言は影響が大きいので、鬼牟田さんの発言を聞いて警察が動いたと思われるのは、こちらとしても心外です。何か事件に関して、重要なことを思いつかれた際は、テレビで発言される前に、ご一報頂ければ、非常に助かります」
須磨が欲しかったのは、事前に圭亮と約束したと言う事実だったのかもしれない。後々、問題になれば、非難の矛先を圭亮に向けることが出来る。
「十分、理解いたしました」人の良い圭亮は笑顔で了承した。
「何かあれば私に連絡して下さい」
須磨は圭亮に名刺を渡すと、圭亮のマンションを去って行った。
こうして圭亮と須磨との間で奇妙な契約が成立した。
以来、須磨と圭亮は相互依存の関係を続けている。須磨は圭亮の取材に便宜を図ってくれたり、捜査情報を流してくれたりする。その代わりに、圭亮は取材を通して推理した事件の真相を、警察関係者や須磨にフィードバックする。
圭亮の推理を参考に捜査が行われ、事件が解決すると、須磨は事件解決に協力してくれた圭亮への配慮から、捜査結果を圭亮に教えてくれる。圭亮はそれを、テレビを通して世間に伝えることになる。
但し、圭亮がテレビを通して発信できる情報は、須磨により厳しく管理されている。須磨は圭亮を通して、世論を操作しようとしているようだった。
須磨と圭亮はウィン・ウィンの関係にあると言えた。
「須磨さんに聞くことはできませんか?」と西脇は言う。
「それは・・・ちょっと・・・」
「悪霊館の事件を調べたいと言えば、情報を提供してくれるかもしれませんよ」
まあ、そうだろう。須磨とはそういう約束だ。
圭亮は須磨を苦手にしていた。愛想がなく常に抑揚のない話し方をする須磨は、人一倍気を遣う性格の圭亮には常に不機嫌なように見えてしまう。
「機嫌が悪いのでは?」、「もしかして怒っているのかも」と気をまわし過ぎて疲れてしまうのだ。
「そうですね。その為にも、もう少し、事件について教えてください」
「ああ、良いですよ。知っていることは全て話します。他には・・・ああ、そうだ。蝶ネクタイの男の話があります」
「蝶ネクタイの男?」
「ええ。近所の住人が悪霊館の近くで変な男を見たと言っています。中肉中背で、中折れ帽子を被り、黒メガネを掛けていたそうです。白い大きなマスクをして、人目が気になる風だったようですが、あまりに変装が過ぎて、返ってそれだけで十分目立つ格好です。その上、男は蝶ネクタイをしていました。今時、町中で蝶ネクタイは目立つでしょう」
「確かに。蝶ネクタイは目立ちますよね」
「でしょう。他には・・・ええっと~悪霊館の近くで通り魔事件がありました。今回の事件に関係があるのかどうか分かりませんけど」
「ほう~通り魔事件ですか。詳しく教えてください」
圭亮は好奇心旺盛だ。
「そうですか。じゃあ、説明しましょう」と西脇は通り魔事件について説明を始めた。
一か月程前に悪霊館の近くで、通り魔事件が発生した。
被害者は南大井三丁目在住の天野敬一郎、二十一歳。父親は会社勤めだが、祖父が健在で自転車屋を営んでいる。敬一郎は表向き、自転車屋の店員となっているが、実質は幽霊社員に等しかった。
親の脛をかじって気ままに生活している極道息子だった。学生時代から素行が悪く、暴走族に入って、深夜に町中で暴走行為を繰り返し、何度か警察に補導されていた。
早朝、出勤途中のサラリーマンが、コンビニ前の路上で、若い男性を発見して通報した。朝陽がまだ辺りをオレンジ色に染め始める前の時刻で、客回りの仕事があって、早出の途中だったサラリーマンが、路上でうつ伏せのまま倒れている若い男性に気が付いた。
男性の腹部が血に染まっていた。




