幽霊屋敷の怪談①
ある晩、近所に住むサラリーマンが残業で遅くなり、帰宅が深夜になってしまった。
終電で大森駅に着き、徒歩で家路を急いでいた。住宅街にさしかかると、坂の上の立花屋敷の方向から人が歩いて来るのが見えた。
(謎の住人が深夜にコンビニに食料の買い出しに出かけるのかもしれない)
サラリーマンはそう思った。立花屋敷の住人が深夜にしか出歩かないことは、近所で有名だったからだ。
ところが珍しいことに、謎の住人には連れがいた。闇夜に紛れてはっきりとは見えなかったが、遠目に二人の人間が寄り添いながら坂を下って来るのが見えた。
(あの男にも彼女がいるのか)と思ったと言う。
サラリーマンは時計を気にしながら家路を急ぐ。向こうからは、ぶらぶらと謎の住人が、肩でも組みそうなくらい、二人、密着してやって来る。
(こんな時間にぶらぶらして、どんな仕事をしているのだろう?)とサラリーマンは気になった。
やがて謎の住人が街灯の下に差し掛かり、光の環の中にその姿が浮かび上がった。その瞬間、謎の住人と並んで歩いていた人影が消え失せてしまった。
「・・・!」サラリーマンは目を剥いて、足を停めた。
謎の住人と並んで歩いていた人影が突然、煙のように消え失せてしまったのだ。何度、目を凝らして見ても、歩いて来るのは住人、一人だけだった。
サラリーマンは背筋に冷たい汗が流れ、身の毛が総毛立つのを感じた。
――幽霊!
直ぐにそう思った。
謎の若い男はゆっくりとした足取りでこちらに歩いて来る。サラリーマンは住人とすれ違うのが怖くて道を変えたいと思った。だが、生憎の一本道だ。恐る恐る歩を進めた。逃げられないなら、なるべく明るい街灯の下で住人とすれ違いたいと思った。
サラリーマンは街灯の下で立ち止まり、謎の住人とすれ違った。
住人とすれ違う時、サラリーマンは顔に恐怖を張りつけたまま、住人の顔を穴が開くほど見つめた。謎の住人も幽霊ではないかと思ったからだ。
若い男はサラリーマンの視線を迷惑そうに避けていたが、すれ違う時にサラリーマンの顔をちらりと見た。その顔はごく普通の若者の顔だった。
謎の住人とすれ違い、何事も無かったことにサラリーマンはほっとした。思わず、住人を振り返ると、住人の後ろ姿が見えた。飄々と歩いて行く。再び、街灯の灯りが届かない闇に溶け込もうとしていた。
(きっと気のせいだったのだ)とサラリーマンが思った時、人影が暗闇から湧いて出るようにして、謎の住人に取り憑いた。
「うわっ! と悲鳴を上げて、サラリーマンは自宅へと駆け出したそうです」
「うわっ!」と西脇が声を張り上げたものだから、「うわっ!」と圭亮が椅子に座ったまま飛び上がった。
「西脇さん~勘弁してくださいよ~」
「はは。どうです? 怪談話、怖かったですか?」
「やっぱりダメですね~怪談話は。階段から転げ落ちたような気持ちです。一体、どんな人が怪談を書いたんでしょうね」
「階段から転げ落ちた気持ちって、どういう気持ちですか?」
「その謎の住人が亡くなった用明太さんだという訳ですね」
「恐らく、そうだと思います」
「ところで、用明さんは殺されたのでしょうか? それとも、自殺? 或いは事故とか」
「流石は先生。良いところに気がつきましたね。そこが分からないのです。先生、何とかなりませんか?」
「何とかなりませんかと言われても・・・」
「ほら、先生、警視庁にコネがあるでしょう」
「コネって・・・」
圭亮が「サタデー・ホットライン」で国際経済専門のコメンテーターとして登場し、犯罪事件のコメントで一躍、脚光を浴びるようになった頃、一人の男が圭亮のもとを訪れた。男は「警視庁刑事部特別捜査係」の須磨秀信と名乗った。
「サタデー・ホットライン」への出演が決まり、商社を退社した時、圭亮は海外駐在で蓄えた貯金で、都内に事務所兼用の住居としてマンションを購入した。須磨は圭亮の事務所兼マンションをいきなり訪ねて来た。
「少々、お時間宜しいでしょうか?」
圭亮は外出から戻ったばかりだった。須磨は偶然、マンションを尋ねて来た訳ではなく、近所で圭亮が戻って来るのを張り込んでいたようだった。
須磨は口をあまり開けずに、ぼそぼそと喋る。話し方に抑揚がない。
「鬼牟田さん、世間で言われているように、我々はテレビでのあなたの発言をもとに、捜査を進めている訳ではありません」
圭亮の推理が当たるものだから、世間では警察が圭亮の推理を聞いて、捜査を行っているかのような印象を抱いてしまった。警視庁として見過ごしにすることが出来なくなったようで、須磨にお鉢が回って来た。
「日本の警察は優秀ですから、当然、そうでしょう。捜査の過程を公にするができませんから、たまたま僕の話しの方が、テレビで先に世間に流布してしまっただけなのです。それを誤解している視聴者の方がいるのだと思います」
圭亮は大人の対応をした。
「実は鬼牟田さんにお願いがあって、今日は参りました」
「はい、何でしょう?」
「事件に関して重要なことを思いつかれた際は、テレビではなく、先ずは直接、私に伝えてもらいのですが如何でしょうか?鬼牟田さんが必要だと思われる情報を、場合によってはこちらからお伝えすることがあるかもしれません。とにかく、事件について思い付いたことがあれば、直ぐに私に連絡を頂きたいのです」




