悪霊の裁き③
「先生。考え過ぎですよ」と西脇が言ったが、胸がざわざわとした。
圭亮は、何か思いついたようで、「あっ!」と声を上げた。
「何です?びっくりするじゃあないですか」
「ちょっと変なことを考えてしまいました。立花屋敷は明治の初めに一家惨殺殺人事件が起こった曰くつきの物件です。日頃は強い地縛霊が屋敷を支配していると市野さんが言っていました。仙石造酒の子孫である道幸さんが鈴ヶ森からほど近い悪霊館に住んでいても、仙石左京の亡霊は手出しが出来なかったのかもしれません。それがあの日、自らの子孫である天野勇次が仙石道幸さんをベランダに誘い出してくれた。屋敷の外に出たと言えます。しかも天野勇次ともみ合いになっている。鈴ヶ森から仙石左京の亡霊が助太刀に駆けつけた。ここぞとばかりに天野勇次に憑りついて、仙石道幸さんを縊死させた・・・」
圭亮の妄想が止まらない。呆れた西脇は「先生。それで週末の放送の件、聞いてもらえましたか? 一体、どの内容を放送できて、どれを放送できないか」と圭亮の暴走を止めた。
「すみません。はい。聞いておきましたよ。用明太は十年前の少女誘拐殺人事件の容疑者でしたが、犯人だという確証はありません。立花宗徳弁護士が本人から自白を得たと遺書に書き残したようですが、肝心の遺書が残っていないのではどうしようもありません。用明太の名前を出す、出さない、の判断はサクラ・テレビさんでやってくださいということでした」
「それは・・・」難しい判断だ。
「用明太の名前を出せば黒田麻衣ちゃん誘拐殺人事件に触れない訳には行きませんから、責任は重大です」
「・・・」圭亮に言われなくても分かっている。
「一方、仙石道幸さんの殺人事件については、犯人である天野勇次の自供を得ていますし、洗濯紐から天野勇次の皮膚片が見つかったりしていて、物的証拠も揃っているそうです。この事件については、詳しく報道してもらって構わないということです」
「用明太の名前を出さないということは、立花道幸さんと用明太が入れ替わっていたこと、立花宗徳弁護士が用明太を殺害した可能性が高いこと、また息子の立花宗明弁護士が用明太と立花道幸さんの入れ替わりを仕組んだであろうことなど、番組で放送できないことになってしまいますね」
「そういうことです」
「それで用明太の殺人事件はどうなるのでしょうか?」
「立花弁護士は亡くなっています。被疑者死亡で書類送検されることになるようです。警察としては、報道を控え、騒ぎ立ててもらいたくないというのが公式見解だそうです」
「公式見解?」
「須磨さんは日頃、感情が表に出ない、物静かな人物ですけど、一皮むけば竹村さんに負けない正義感に溢れた熱い刑事さんなのです」
「へえ~」
「須磨さんが公式見解と言うからには、個人的には違う考えがあると見て間違いないと思います」
「その須磨さんの個人的な考えというのは?」
「それは・・・これは僕の想像ですよ。決して須磨さんが言った訳ではありません。用明太の事件については、警察は冤罪だ、大失態だと批判の的になりました。その時の悔しい気持ちを須磨さんは忘れていないはずです。黒田麻衣ちゃん誘拐殺人事件の真犯人は用明太だったと報道して、警察の汚名を返上してもらいたいと考えていると思います」
「本当ですか!」と西脇が喜ぶ。
「そして、用明太は立花宗徳弁護士の手により殺害された。その後、用明太の遺体を庭に埋め、仙石道幸さんを用明太の身代わりとして悪霊館に入れたのは立花宗明弁護士だと須磨さんも考えているようです。須磨さんこそ、宋の包拯のように公明正大で、罪を見逃すことなど出来ない人です。立花宗明弁護士が全てを父親の仕業として罪を免れようとしていることが許せないはずです」
「そこも盛大にやって良いということですね?」
「僕はそう考えます」
「分かりました。それだけ分かれば十分です」
「あっ、あの、西脇さん。今のは、あくまで僕の考えですからね。須磨さんがそう言った訳ではありませんよ」
「分かっていますって。なあに。いざとなったら、先生が責任を取って、腹を切れば良いだけでしょう」
「西脇さん。何てことを言うんです」
「はは。その時は僕も枕を並べて討ち死にですよ」
「僕は西脇さんを囮にして逃げます」
「先生は逃げ足が遅そうだ」
「囮だけにおっとりと逃げます」
「先生」
「何でしょう」
「兼重准教授に会いに行きましょうか」
「な、何を突然」
「お世話になったのですから、結果を報告してあげると喜びますよ」
兼重准教授は犯罪学のエキスパートだ。しかも、圭亮の大ファンでもある。圭亮の口から事件のことを聞くことが出来れば、喜ぶに違いない。
「それは・・・」
「週末に番組でお待ちしています」と言って、西脇は電話を切った。
西脇も熱い男だ。
ふと思い出したように、西脇は席を立った。
社会部に足を運ぶと、久手の姿を探した。久手も西脇に劣らず仕事人間だ。いた。何時も様に、書類に埋もれて、頭頂部しか見えない。何時の間にか髪の毛が薄くなったようだ。
「今、いいか?」と声をかけると、「おう。お前か。いいか悪いかで言えば、悪いに決まっているが、お前の頼みだったら、時間をつくってやれなくもない」と顔を上げて答えた。
面倒くさい男だ。
「ああ、そうですか」と西脇が椅子を引っ張って来て、隣に腰を降ろす。
「で、どうした? まだ何か知りたいのか?」
「ほら、この前、黒田麻衣ちゃん誘拐殺人事件について、色々、教えてもらっただろう。そのお返しだ。用明太を殺害した犯人が分かった。週末にうちの番組でやるが、その前に教えておいてやる」
「ほう~そいつは律儀だね~俺が誰かに漏らすかもしれないぞ」
「お前ならやりかねないな」
「はは。それでも教えてくれるのか?」
「勿論だ。ついでに黒田麻衣ちゃん誘拐殺人事件の真相についても教えてやる」
「そいつは有難い。俺の中でも、あの事件に決着をつけることができそうだ」
「そいつは良かった」
長い話になりそうだ。




