逆恨み
海内一得は藩境の峠にある地蔵の前で蹲っていた。
「武士は食わねど高楊枝」と言うが、ここ数日ろくなものを口にしていない。武士ともあろう者が、百姓の畑から作物を盗む訳には行かず、疲労と空腹で、もう一歩も動けなかった。
一昨日、山で柿を見つけて食した。それが腹を冷やしてしまったようだ。酷い下痢に悩まされ、体力を根こそぎ奪われてしまった。一得はこのままここで野垂れ死にする運命なのだと、自らの儚い人生を呪った。
一得は富山藩の下級武士の子として生まれ、幕末の動乱期に成人した。
幕末、富山藩は財政的に困窮し、対策を巡り、地元の家臣団を中心とする富山派と江戸詰めの家臣を中心とした江戸派の間で派閥争いを繰り返していた。海内家は派閥に誘われるような家柄では無かったのだが、何故か江戸派失脚の折に、派閥の一人と見做されてしまった。父の海内織部は切腹となり、一得は士分剥奪、家財屋敷の没収の憂き目にあった。江戸派のスケープゴートとなってしまったようだ。
一得は追い払われるように富山藩を放り出された。
時は幕末の動乱期である。世の大名は幕府方か新政府側かと、その去就に右往左往していた。お家騒動に明け暮れていた富山藩にも、江戸の新政府軍が各地で幕府軍と戦を繰り広げているという話が聞こえて来ていた。士分を奪われた一得は江戸に行き、新政府に仕えて名を上げ、一家を成そうと考えた。
ところが江戸へ行く道中で困窮してしまった。
「もはやこれまでか――」一得が地蔵の足元で蹲っていると、「もし、お武家様」と声をかけられた。女の声だ。顔を上げると、菩薩のように美しい女が、一得を見下ろしていた。
「ご様子の優れないご様子、これをお召し上がり下さい」
女は一得に水を飲ませ、握り飯を手渡してくれた。女の後ろに、亭主であろう、身なりの良い商家の若旦那風の男と下人と思われる男女が、四人ほど控えていた。
「腹を下して難儀しておった。かたじけない」
空腹には勝てなかった。一得は女に謝意を伝えると、がつがつと握り飯に齧りついた。そして、「ごほごほ」と何度も咽た。急な食事は返って体に悪い。女は「ごゆっくり召し上がって下さいまし」と一得に水を薦めた。
手持ちの握り飯では足りないと見たのだろう、女に代わって、下女が今度は自分の握り飯を分け与えてくれた。一得はその握り飯も、野犬のようにがつがつと平らげた。
「お武家様はどちらまで参られますのか?」若旦那が尋ねるので、一得は「江戸よ」と答えた。
「私どもも、これから江戸に参ります。一家そろって、江戸の親戚を訪ねるところです」
旅か移住か分からなかったが、女の一家も江戸に向かうようだ。
一家は一得が生気を取り戻すと、女は安心した様子で、「では、お武家様、道中お気をつけて――」とほがらかに言い、一得を残して、江戸へと歩を進めた。
女連れの旅である。歩みは遅い。腹が満たされ、体力を取り戻すことができた一得は、女の後を追った。各地で新政府軍と幕府軍が戦を繰り広げている。物騒な世の中だ。道中は安全ではない。一得は「一飯」の恩義とばかりに、頼まれもしないのに一家の用心棒を買って出た。一得は名だたる流派の門人ではなかったが、剣術には多少、自信があった。
「実戦になれば俺の剣は役に立つ」常々、同輩にそう言っては、煙たがられた。
江戸への道中、一得は着かず離れず、一家を見守りながら旅を続けた。女の一家も一得の存在に気がついており、姿を見かけると、下女を使いに寄越して、握り飯を届けたりした。
一得のことを気味悪がる下女に、「お前たちの主人の道中の無事を見守っているだけだ。案ずることはない」と言い続けた。それでも下女は一得に対する警戒を解かなかった。主が裕福だと知り、何時、野盗に早変わりして襲ってくるか分からないと思っていたのだろう。
一得は一家に先行し、野盗の類がいないか気を配った。怪しい気配を見かけると足を止めて一家を待ち、一家の先頭に立って目を光らせながら歩いたりして、野党が襲ってくるのを未然に防いだ。
中山道に入り、信濃国贄川の関の手前で、一得は女の一家と別れた。女もそろそろここでお別れと思ったのか、何時もの握り飯の他に、幾何かの路銀を包んで下男に持たせた。一得は女の意を悟り、(用心棒もここまで――)と一家と袂を分かった。
一家のお陰で、一得は江戸まで飢えることなく旅をして来ることができた。その代り一得も一家の安全を守ったつもりだった。
江戸に入ると、一得は直ぐに新政府軍に身を投じた。
富山藩は加賀藩の支藩であり、加賀藩は最初、幕府側だったが、鳥羽伏見の戦いの後に新政府軍へと寝返っている。面識は無かったが、加賀藩士として新政府軍に加わっていた成瀬隼人という人物の名前を耳にし、同郷の誼みと訪ねてみた。成瀬は気の良い人物で、一得を奇特がり、加賀藩兵に加えてくれた。
だが、一得にとって時期が悪かった。
一得が新政府軍に身を投じた時、戊辰戦争の大詰めとも言える函館戦争の真っ最中だった。戦況によっては援軍を派遣しなければならず、一得は援軍に組み入れられた。新政府軍は榎本武揚や土方歳三の籠る五稜郭へと進軍を始めており、旧幕府軍の旗色は悪く、援軍の派兵は微妙な状況だった。
そして結局、一得は戦地に派遣されることもなく、戊辰戦争は終わりを告げた。
正規の加賀藩士ではない一得は戦後、食い詰め浪人を雇う余裕のない加賀藩から追い出されてしまった。成瀬は一得を気の毒がり、「困った時はこれを使え」と愛蔵の短銃をくれた。当時、最新式の短銃で、金に困るようなことがあれば、売って金に変えろと言うことのようだった。そして、新政府軍が東京府の治安維持の為に、邏卒を募集していることを教えてくれた。
一得は東京府の邏卒に応募して採用された。
――何とか糊口をしのぐことができることになった。
と喜んだのも束の間、一月も経たない内に一得は邏卒の職を失ってしまう。
新たに組織された邏卒は薩摩藩の藩兵が主力であり、一得のような、どこの馬の骨とも知れない人間は肩身が狭かった。やっと採用された邏卒の職だったが、採用人数が多過ぎて養い切れないということが分かり、一得は真っ先に首を切られた。
(ふざけるな!)と憤っても、一得には出来ることは何もなかった。
一得はついに浮浪人へと身を持ち崩してしまった。江戸は東京となり、戦乱の世は終わりを告げ、武士の世が終わろうとしていた。この先、一得が頭角を現すことができるような出来事が待ち受けているとは思えなかった。
海内一得は絶望した。
当てもなく町を彷徨っている時、一得は人力車に乗った、身なりの良い青年の顔を見て「あっ!」と思った。富山から江戸に出てくる途中で出会った、あの美しい女の亭主だった。
一得は男の後をつけた。
男は品川の外れの立派な洋館の前で、人力車を降りた。ここが男の住処らしい。洋館の窓から漏れてくるランプの灯りが、屋敷の住人を優しく包んでいた。
一得は屋敷の前の叢に身を隠したまま、洋館の様子を伺い続けた。江戸に来る時に出会ったあの美しい妻女が、灯りで溢れた屋敷で男の帰りを待っていたはずだ。ふいに屋敷から、女性の華やいだ声が聞こえた。
一得は今まで感じたことにない感情に襲われた。
――妬心。
認めなくなかったが、一得は女の亭主に猛烈な嫉妬を感じていた。乞食のような我が身に引き換え、男の生活は満ち足りている。美しい妻女に立派な洋館、外出の際は人力車に乗っている。
しとしとと、小雨が降り始めた。糸の様に細い氷雨が、肌を突き刺すようだ。冷たい雨が、一得の体から体温を奪って行く。体温と共に、理性も人間性も、小雨に奪われていった。
(この世に生きた証として、世間が忘れられないようなことをやってやろう)と思った。(あの世へのお共として、相応しい人間が目の前にいる)と妄想に取りつかれたように思った。
一得は叢を抜け出すとゆっくりとした足取りで屋敷へ近づいて行った。
了
最後までお付き合いいただき感謝、感謝。
ふと「悪霊が真犯人だったら?」というアイデアを思いついた。流石に、それではホラー小説になってしまうので、そこからミステリーになるように、ひとつひとつアイデアを積み上げて行った。
もともとのタイトルは「悪魔中丞」。「正義の人」から中国北宋の政治家、包拯を思いつき、包拯が中丞と呼ばれていたことから、「悪魔中丞」というタイトルをつけた。日本では包拯を知る人は多くないと思うが、中国では、包公と呼ばれ、それこそ、みんなが知っているような有名人。清廉潔白、公正無私な政治家で、大岡越前のような存在。勧善懲悪ものの時代劇に欠かせない人だ。
鈴ヶ森の刑場を盛り込みたかったので、悪霊館の場所を刑場近くの場所にした。また江戸時代の御家騒動の中から刑場に関係のある話を選んだことから、仙石騒動が題材になっている。ちなみに今は遺跡となり、大経寺というお寺の境内になっているらしい。




