立花家の悪霊館②
東京都品川区にある大井競馬場から程近い場所にその洋館はあった。明治時代に建てられたルネッサンス風の洋館で、かつてはモダンな建物として異彩を放っていたであろう。今では手入れの悪さから、洋館はまるで廃墟のような佇まいになっていた。
外壁はあちこちが剥げて崩れ落ち、ひび割れが目立った。建設当初は真っ白だったと思われる外装は灰色に変色していた。庭の草木は伸び放題で、元々、狭くはなかったであろう庭は雑草に侵略されて、都会に突如、現れた小さな森のようになっていた。
「近所の人間から屋敷は悪霊館と呼ばれています。それには理由があって――」
荒れ放題となっていたが、この幽霊屋敷に住人がいることは、近所に住む人間なら誰もが知っていた。だが、その住人の姿を見た者は多くない。生きている以上、食糧や雑貨など買い物に出なければならない。近所のコンビニに通っているようだが、人目を避けて深夜過ぎに屋敷を出入りしている為、屋敷の住人が近隣の住民に目撃されることはほとんど無かった。
近所の小学生などは、探検気分で屋敷の塀を乗り越えて、森のようになった庭に勝手に入り込んで遊んだりしている。時折、廃屋のような屋敷の中で蠢く人影を見て、「幽霊だ!」と青くなって屋敷から逃げ出すのが常だった。ちょっとした肝試しの場所になっていて、小学生の中にはわざわざ幽霊見たさに屋敷の庭に入り込む剛の者もいた。
屋敷の住人は、さぞかし迷惑していることだろうが、決して姿を現すことはなかった。
屋敷には「立花」の表札が掛かっている。屋敷の所有者で、高名な弁護士だという噂だった。十年以上前に、この屋敷を買い取った。
「もともと、明治時代に屋敷で一家惨殺事件が起きたという噂があったのです。それで、幽霊が出ると屋敷の持ち主が怖がり、所有者がころころと変わっていたようです。十年前に立花弁護士が、いわくつきのこの屋敷を買い取り、内装をやり直し、庭の手入れをして、小奇麗な洒落た洋館へと生まれ変わらせました」
「一家惨殺事件⁉」
「ええ。実際に起こった事件のようです。でも、事件が起きたのが明治時代のようで、社内に記録が残っていませんでした」
昭和になってから開局したサクラ・テレビには、明治初期の事件の記録が残っていなかった。西脇は、コネを使って系列の新聞社に問い合わせみたが、「明治の初め!? そんな頃の資料が残っている訳がないだろう」と門前払いを食らってしまった。
そこで、報道局長に相談したところ、サクラ・テレビからワン・ブロック離れた場所にある招知大学という私学に大田道久と言う犯罪史が専門の大学教授がいると言うのだ。報道局長が顔見知りで、大田教授と連絡を取ってくれた。そして大田教授の右腕と言える兼重千尋准教授を紹介された。
「明治初期に一家惨殺殺人事件のような大事件が起こったのなら、きっとご存知のはずだ」と報道局長は太鼓判を押した。
「この後、招知大学で犯罪学の教鞭を取る兼重准教授を訪ねて、詳しいお話を聞くことになっています。先生も一緒に来ますか?」と聞くと、「犯罪学を教える大学教授と会えるのですか⁉ 是非、是非、ご一緒させてください」と圭亮は興奮して答えた。
根っからの探偵気質のようだ。
「分かりました。話を続けましょう。それで、屋敷の所有者が何度か変わった後――」
屋敷の門柱に「立花」の表札が一旦、上がったが、立花家が屋敷に引っ越して来ることはなかった。
「引っ越しをしようとしていた矢先に幽霊を見たそうです」
「本当に幽霊が出たのですね⁉」
「そういう噂です」
立花家が引っ越しを取りやめてしまったので、近所の住人たちがそういう噂を立てたようだ。
そんな屋敷に、何時の頃からか人が住み着いた。
滅多に外出しないと言っても、それでも日中、外出することがある。
「ある日、たまたま外出しようとしていた住人を発見した近所の主婦が、お屋敷の方ですか? と声をかけたそうです。まだ学生に見える若い男だったようです。男は主婦の問いかけに、『ああ』と無愛想に頷いただけで、逃げるかのように足早に歩き去って行きました」
「その若い男が幽霊だったのですか?」
「いえ。違います」
――無断で浮浪者が屋敷に住み着いていると困る。小さな子供がいるので心配だ!
と近所の住人が言い出し、交番に相談に行った。
警官が屋敷の所有者である立花家に確認を取ったところ、立花家の関係者が一人で住んでいることで間違いないという返事だった。滅多に顔を見せず、近所付き合いをしないというだけで、男が何か悪いことをしている訳ではない。騒音がうるさいとか、ゴミを溜めるといった苦情もなかった。
近所の住人はそれ以上、男のことを追及することができなかった。
「浮浪者ではなかった訳ですね」
「まあ、そうです」
こうして屋敷に謎の住人が住み着いたまま十年になる。
「それで遺体発見の経緯は?」
そう、この悪霊館で遺体が発見されたのだ。




