立花家の悪霊館①
舞台の上で人形が踊っている。
マリオネットだ。
誰に操られているのか分からないが、スポットライトが当たる舞台の上で、マリオネットが踊っている。
そして、その舞台の下に、オレはいた。
真っ暗な舞台の下で、身動きが取れないほど狭い空間にオレは閉じ込められていた。
「ふざけるんじゃない! ここから出せよ」と怒鳴るのだが、オレの声は届かない。舞台で踊るマリオネットに向けられた歓声にかき消されてしまうのだ。
苦しい。頼む。誰か・・・誰か助けてくれ!
目が覚めた。夢だった。
「悪霊館ですか~⁉」と語尾を伸ばした。
どうやら興味を持った様子だ。
鬼牟田圭亮は「サタデー・ホットライン」のコメンテーターの一人だ。英語と中国語に堪能で、大手商社の物流部門でアジアを中心に、十年以上に亘る海外駐在の経験を有している。
上海での駐在が一段落し、日本に帰国したばかりの頃、出版社に勤務する学生時代の後輩から薦められて、海外ビジネスの経験を生かした「アジアの中の日本」という本を執筆し、出版した。これが思いの外に話題になった。
「サタデー・ホットライン」の国際経済のコメンテーターとして、新しい人材を探していた番組プロデューサーの西脇守が圭亮に目をつけた。番組には大学教授を勤める国際経済のコメンテーターがいたのだが、高齢でコメントが時勢に合わなくなって来ていると西脇は感じていた。
西脇は足繁く圭亮のもとに通い、「僕にテレビはちょっと・・・」と尻込みする圭亮をかき口説いた。根負けした圭亮は「劉備に三顧の礼で迎えられた諸葛孔明の気分です」と、番組出演を承諾した。
期待に違わず、圭亮は経済関係のニュースの終わりに、長い海外経験を生かした鋭いコメントを連発して周囲を唸らせた。
最初は経済関連ニュースの後で、コメントを述べるだけだったが、番組で総合司会を勤める宮崎譲アナウンサーが、気まぐれに殺人事件のコメントを求めたところ、圭亮の披露した推理が、ものの見事に事件の核心をついていた。
以来、圭亮は「現代の名探偵」、「サタデー・ホットラインの金田一耕助」として売り出されることになった。
その推理手法は独特で、圭亮は自らの推理手法を「俯瞰的演繹法」と名付けている。
事件の全体像を俯瞰的に眺めることで、本質を掴み、後は小さな推論を積み重ねて結論を導き出すのだ。事件の鍵となる事柄を見つけだすと、圭亮の頭脳は「俯瞰的演繹法」を駆使し、結論を導き出そうと、暴走を始めてしまう。傍目にはぼうっとしているように見えるが、頭の中では数多の推論が、ぶつかり合いながら反発し、結合し、離合集散を繰り返しながら、やがてひとつの結論が生まれる。
「まるで視界が、ぱあっと開けるような感じです」
圭亮は「俯瞰的演繹法」により、結論に辿り着いた時の様子をそう例える。
圭亮は自分がシャーロック・ホームズのような人並み外れた観察眼を持ち合わせていないことを、ちゃんと知っている。洋服に付いた一本の糸くずから、その人物の日常を推理することなどできないし、そもそも服に糸くずが付いていることすら気が付かないだろう。鋭い観察眼は持ち合わせていないが、物事を俯瞰的に見る力に長けていた。
メタ認知と呼ばれる能力だ。
生来の才能のようで、物事を俯瞰的に眺めることができる人間は意外に多くない。一流のサッカー選手はプレー中に味方や相手の位置を俯瞰的に把握することができると言う。その能力に近いのかもしれない。
物事を俯瞰的に見る力と、後は人よりも逞しい想像力が圭亮の推理の原動力だった。
「よく当たる」と圭亮の推理が評判になると、捜査の参考にする為に、日頃はテレビを見ない警察の関係者が、「サタデー・ホットライン」を見ているという都市伝説が広がった。
週末に放送される番組の事前打ち合わせの為、圭亮にサクラ・テレビに出向いてもらい、会議室で打ち合わせをしていた。
圭亮の大好物のコーヒーを前に、会議室で西脇は圭亮と向き合っていた。
「悪霊館です。いかにも先生の好きそうな、おどろおどろしいネーミングでしょう」
「ええ、まあ。おどろおどろし過ぎて、おどおどしてしまいます。どろどろとお化けでも出てきそうなネーミングですね」
「先生、駄洒落はその辺で」と西脇は冷たく突き放すと、「横溝正史の世界でしょう。サタデー・ホットラインの金田一耕助としては見過ごせない事件です。灰色の脳細胞が刺激されませんか?」と聞いた。
「灰色の脳細胞はエルキュール・ポアロですよ」
「そうでした」
「で、その悪霊館でどんな事件が起きたのですか?」
「ええ。悪霊館は――」と西脇は説明を始めた。




