見殺し③
「ええ、天野も直ぐにそのことに気が付いて、仙石さんを糾弾した。仙石さんの顔色が見る見る蒼白になったそうです。そして次の瞬間、仙石さんは逃げ出した。部屋の入口側には、天野次が仁王立ちになって立ちはだかっていた。そこで、ベランダに逃げました」
「それを天野さんが追いかけた訳ですね」
二人は息のあった会話を続ける。
「目の前で仙石さんが逃げ出したので、咄嗟に追いかけた。そう天野は証言しています。天野はベランダで仙石さんに追い付いた。天野は仙石さんに追いすがり、二人はどうとベランダに倒れ込んだ。その時、仙石さんに洗濯紐に絡まり、物干し台が倒れた。
天野は仙石さんを逃がさまいと、手に触れた洗濯紐で縛ろうとした。仙石さんが抵抗したので、洗濯紐が首に巻きついた形になったそうです。天野は『その時は、ただあいつを逃がしたくないと思っただけで、締め殺そうとは思っていなかった』と殺意を否定しています。
仙石さんは天野の手から逃れようと、天野の体を蹴飛ばした。天野はベランダの端まで蹴り飛ばされました」
「興奮していて、仙石さんは首に洗濯紐が巻きついていることに気が付かなかったのでしょうね」圭亮が嘆息する。
竹村は「ええ」と頷くと話を続けた。「仙石さんは天野から逃げようと、ベランダから飛び降りました。ご存知の通り、あのお屋敷、結構な高さがあります。必死だったのでしょう。庭には雑草が生い茂っていて、丁度良いクッションになるとでも思ったのでしょうか。欄干を越えてベランダから飛び降りた瞬間、巻いついていた洗濯紐が首にからまった。物干し台が錘となり、ベランダから首を吊る形になってしまった。振り解こうにも、右手と左足にも洗濯紐が絡まっていて体の自由が効かない。足掻き続けたことでしょうね。仙石さんはそのまま縊死してしまいました」
圭亮は「ふう・・・」と大きなため息をついてから、「天野さんはベランダから吊り下がった仙石さんを見て、助けようとしなかったのでしょうか?」と聞いた。
「天野の証言によれば、『気がつくと仙石さんが居なくなっていた。ベランダから庭を覗き込むと、仙石さんが首を吊っていた。ぴくりとも動かなかった。死んでいたのだと思う』ということでしたが、どうでしょうね。通報もせずに、そのまま逃げています。ひょっとしたら、仙石さんが洗濯紐で首を吊った状態で、もがき苦しんでいるのを見て、息子の無念を晴らすチャンスだと思ったのかもしれません。天野敬一郎は仙石さんに助けを求めた。だが、仙石さんは係わりを嫌って見殺しにした。だから、仙石さんが助けを求めた時、天野はそれを無視したのかもしれません」
息子を見殺しにされた天野が、同じように仙石道幸を見殺しにしてしまった。十分、考えられることだ。何とも悲しい事件だった。
天野の証言通りだとすると、殺人罪ではなく、過失致死罪が適用されることになりそうだ。
「因果応報なのでしょうかね。仙石道幸さんも人並のことをしていれば、こうした事故で死ぬことはなかった・・・」圭亮の言葉は物悲しげだった。
「そう思います」と竹村が深々と頷いた。
沈黙の後、沈痛な表情で圭亮が言った。「出石から戻って来って、仙石騒動について、改めて調べてみました」
「仙石騒動ですか?」
また圭亮の暴走が始まった。竹村も吉田も、呆気にとられた顔をしている。
「仙石騒動は江戸期末に出石藩で起きたお家騒動です。江戸時代の三代お家騒動のひとつと言われています」と仙石家で聞いた話を繰り返した。
「仙石道幸さんの祖先、仙石造酒は『仙石騒動』というお家騒動の主役の一人です。仙石左京というもう一人の家老と、お家の実権を争いました。このお家騒動は、幕府の耳に入り、評定所の裁定を仰ぐ結果となりました。仙石左京は処刑されていますし、出石藩は減知になり所領を減らされています」
「はあ・・・」
西脇が圭亮の暴走を止めようかと考えている間に、圭亮はどんどん話を勧めた。
「仙石左京は出石ではなく、江戸の鈴ヶ森で獄門となっています。鈴ヶ森と言えば、仙石道幸さんが死亡した悪霊館、立花邸の近くです。あの事故が起こった日、霊感の強い近所の主婦が、鈴ヶ森から凶悪な悪霊が、立花家の方に通り過ぎて行くのを感じたという話をしていました。鈴ヶ森の刑場で処刑された仙石左京の亡霊だったのかもしれませんね。仙石左京の亡霊が、憎き仙石造酒の子孫を呪い殺し為に、天野さんの加勢に行ったのかもしれません」
「はあ・・・」
話が突飛すぎてついて行けなかった。
気を取り直すように、「これで仙石道幸さんの殺人事件については、解明できたのではと考えています。それも、出石まで被害者の身元を確認に行っていただいたお陰です。ご協力、感謝いたします」と改めて竹村が礼を述べた。
「いえ。まだ仙石道幸さんの死亡事故の謎が解けただけです。用明太さんは殺害され、庭に埋められていました。一体、誰が何故、彼を殺害したのか? 何故、仙石道幸さんは用明太さんと入れ替わることになってしまったのか? まだまだ解明しなければならない謎が残っています」
圭亮の言う通りだ。謎はまだ一部が解明できただけに過ぎなかった。
「謎を解く鍵は――」と竹村が言うと、「立花弁護士ですね」と圭亮が言って、二人はにやりと笑った。
悪だくみをしている子供のようだ。
「先輩。何をやろうとしているのですか?」と吉田が心配する。
「なあに。これから立花弁護士を急襲して話を聞いてみるのも面白いと思っただけだ」と竹村が答える。
前回の訪問では、上手く話をはぐらかされてしまった。庭から用明太の白骨遺体が見つかっているし、立花邸に住んでいた若者の身元も分かった。そして、出石に住んでいた若者を連れて来たのは立花宗明弁護士自身であるらしいことも分かっている。
こうした事実を突きつけて、立花弁護士から真相を聞き出そうと言うのだ。
「面白いですね~ご同席してもよろしいでしょうか?」
「勿論、構いません。立花弁護士をとっちめてやりましょう」
西脇の目が輝く。決着の時に立ち会うことができるのだ。




