見殺し②
圭亮は天野敬一郎の父親が事件に関与しているのではないかと考えていた。
「その件については、天野勇次に任意同行を求め、品川署で取り調べを行いました。鬼牟田さんの推理通りで間違いありませんでしたね」
「そうですか」と圭亮は寂しそうな顔をした。また被疑者に同情しているのだ。
心優しい圭亮は、被害者は勿論だが、加害者に対してまで、我が身を重ねて考えてしまうようだ。
「仙石道幸さんの変死事件について、天野勇次から聴取した内容をご報告しましょう」
深夜にコンビニに買い物に出て、二人組の不良に絡まれ、命を落とした被害者、天野敬一郎の父親が天野勇次だ。
「はい」と圭亮が頷く。
「コンビニでの殺人事件については、既にご存知のことと思いますので説明を省きましょう。加害者の松本穣治は逮捕され、既に起訴されています」
天野敬一郎は深夜のコンビニ前で舌打ちをしたと松本に絡まれ、背後からナイフで刺され、落命している。
「被害者の父親、天野勇次は息子が搬送された病院で、妙な話を耳にしました」
「妙な話?」圭亮が首を傾げる。
「松本の弁護士が担当医に尋ねたようなのです。被害者が松本に刺された後、どれくらい息があったのかと。医師は、『もし犯行直後に、直ぐに救急車を呼んでいたなら、被害者が一命を落とすようなことは無かっただろう』と答えたということでした。その時、担当医は弁護士から、コンビニの防犯ビデオを見ると、天野敬一郎さんが買い物を済ませてコンビニを出てから、彼の後を追うように別の買い物客が店を出て行ったことを聞かされました。後からコンビニを出た客に、瀕死の天野さんは助けを求めたかもしれない。その客が直ぐに救急車を呼んでいれば助かったでしょう。松本が逃げたことだけが責められるのは不当だというような話を弁護士がしたようです。そのことを医師が看護婦に漏らしたようで、それが回り回って被害者の父親、天野勇次に伝わりました」
「それで天野さんはコンビニに防犯カメラの映像を確認に行ったのですね?」
医師が漏らした話が事件の発端となってしまったようだ。
「天野勇次は防犯カメラの映像を見て、息子の後に店を出た人物が、立花家に住む若者だということに気が付いた。面識があったそうです」と竹村が言うと、「例の幽霊話ですね」と圭亮が直ぐに反応した。
立花屋敷の怪談話だ。夜中に、幽霊を見たサラリーマンは天野勇次だった。天野勇次は仙石道幸と坂道ですれ違っていた。その時の印象が強烈だったので、天野勇次の脳裏には仙石道幸の顔が刻まれていたに違いない。
「天野は立花家に仙石道幸さんを訪ねました。天野の証言では、殺害するつもりは無かったそうです。あくまで息子の最後の様子を聞きたかっただけだと証言しています。立花家を訪ねてみると、門の鉄格子は鍵がかかっていたそうですが、それを乗り越えると玄関のドアには鍵がかかっていなかった。廃墟のような一階を見て回り、人が住んでいないと思ったようです。ちょっとした好奇心で二階に上がって見ると、そこに仙石道幸さんがいた」
「仙石道幸さんは二階の書斎で、ゲーム三昧の日々を送っていたようですね。夜中に事件のあったコンビニに行く以外、滅多に外出もしなかった」
西脇は立花屋敷の二階を思い出した。ゴミの山に埋もれていたが、最新式のテレビとゲーム機があり、ゲーム・ソフトが山積みになっていた。
「そのようです。天野は部屋にいた仙石さんを問い詰めました。『コンビニから戻って来る途中、息子が倒れているのを見たのではないか? 何故、刺された息子を放っておいたのか? 直ぐに救急車を呼んでくれれば、息子は助かったのに』と」
仙石道幸が係り合いを嫌って、天野敬一郎を見殺しにしたのだとすると、天野勇次の悲憤も理解できようと言うものだ。
「それで仙石さんは何と答えたのですか?」
「仙石さんは『何も知らない。何も見ていない。俺は関係ない』とつっぱねたそうです。買い物を終えてコンビニを出た時間から考えると、事件直後に現場を通りかかったはずです。何も見ていないということは無いでしょう。まあ、現場は街灯の無い暗闇でしたので、事件に気が付かなかったとしても不思議ではないかもしれませんが、天野は諦めきれずに、何度も何度も、しつこく仙石さんを問い詰めました」
天野の無念さが手に取るように分かった。
「その内、仙石さんは鬱陶しくなったのか、『あんな狭い路地に人が倒れているなんて分かるかよ!』と怒鳴りました。松本は背後からナイフを持って突進し、天野敬一郎さんを刺しました。勢い余って、二人は通りに面した細い路地に雪崩れ込んだようです。そして、路地に駐輪してあった自転車に激しくぶつかった。そう松本は証言しています。
松本は天野の体の上になったので、ダメージが少なかった。直ぐに起き上がって、天野さんを刺したことに気がついて、慌てて現場から逃走しています。やがて、正気に戻った天野さんは最後の力を振り絞って通りに這い出ました。そして、そこで絶命しました。テレビのニュースでは、通りで遺体が発見されたとしか報道されておらず、事件直後、一時期、細い路地に天野さんが倒れて居たことは、犯人以外、誰も知らないはずでした。余計なことを言ったものです」
奇しくも西脇が見た夢の通りだった。西脇は背筋が寒くなる思いだった。天野敬一郎は刺されながらも懸命に通りに這い出そうとしていた。
圭亮ははたと手を打ち、「仙石さんが事件直後に現場を通りかかったことは間違いない訳ですね。しかも被害者、天野さんを目撃していた。もしかしたら、天野さんに助けを求められたかもしれない。ですが、仙石さんはそれを無視して逃げ去った。でなければ天野さんが、路地に倒れていたことを知っているはずがない」と興奮して言った。




