見殺し①
東京に戻ってから、忙しさに紛れて事件のことを忘れていた。
いや、厳密に言うと頭の片隅にはあったのだが、全てが圭亮の推理通りだとして、それを公に出来るのは、捜査が進んでからだ。証拠が上がってからでないと、公共の電波に乗せる訳には行かない。
だが、サタデー・ホットラインの放送日は刻々と近づいてくる。番組が世間の耳目を事件に集めてしまったことより、番組に対する注目が集まっていた。
ハードルが上がった状態だ。
そろそろどうするか決めておこうと、週末の番組について、西脇はデスク前の椅子に寺井を呼んで話し合った。
「西脇さんが出石に行っている間に、高橋から電話がありました」と寺井が言う。
「高橋?」
「ほら、関東新聞の記者の、大学の同期だった高橋です」
「ああ~彼。勇敢にも立花邸に侵入して、警邏中の警官の眼を搔い潜って白骨遺体を発見した猛者だね」
「その彼です」
「で、何だって?」
「あの日、高橋、住居不法侵入で現行犯逮捕されたそうです」
「そりゃあまあ、そうだろうね。でも、記者にとっては勲章みたいなものだろう」
「なぜ、庭を掘り返していたのだ?」と高橋は品川署に拘留され、刑事から質問を受けたそうだ。いくらなんでも寺井の名前は出せない。
サクラ・テレビや鬼牟田圭亮に迷惑をかけたくなかった。
「用明太はどこに行ったのか? 自分なりに考えました。そしたら、突然、用明太は殺害されて庭に埋められていると、ひらいめいたのです。天の啓示ですね。そうひらめくと、確認せずにはいられなくなりました。そこで、庭を掘り返してみたのです」
高橋は頑なにこの突拍子もない供述を繰り返した。
深夜まで品川署でこってりと絞られ、解放されると直ぐに、関東新聞に直行した。デスクの小出は夜中にも係らず、高橋を待っていた。
「ご苦労さん、記事、書けるか?」と小出に言われて、「朝刊に間に合わせます」と記事を書き始めた。
時計は零時を回り日付が変わっていたが、小出は社会部長を電話で叩き起こすと事情を説明した。そして、渋る部長を説得した。こうして、翌朝の朝刊で、立花家の庭先で白骨遺体を発見したニュースを一面で報道することが出来たのだ。
「高橋から、ありがとうと言われました。危うく世紀の大誤報を打つところだった。ひとつ借りが出来たなと」
「ふ~ん。良き戦友になるそうだね。彼との関係は維持しておいた方が良いよ」
「はい」と寺井が頷いた。
「さて、今週、どうするか、そろそろ決めないとね」
「一度、鬼牟田先生のご意見を聞いてみたらどうです?」
「そうだねえ~鬼牟田先生の意見を聞いてみるか・・・」
結局、週末の放送をどうするのか話し合う為、圭亮が呼ばれることになった。
「連絡を取ってみましょう」と寺井が席に戻ったが、直ぐに「西脇さん。大変です」と戻って来た。
「どうしたんだい? 先生、都合が悪いの?」
「それが、鬼牟田先生から、打ち合わせに警視庁の刑事さんを連れて来て良いかと聞かれました」
「警視庁の刑事⁉」
竹村と吉田のことだろう。或いは須磨か。
「どうしましょう?」
「どうしましょうって・・・事件を担当している刑事から直接、話を聞くことができるチャンスだ。マスコミの人間として、そんな機会、逃して良いはずないじゃないか」
「そうですよね。応接室、取りましょうか?」
「そうだな。何時もの会議室って訳には行かないな。空いていたら、頼むよ」
「分かりました」と立ち去ろうとする寺井を、「ああ、寺井君」と呼び止めた。
「はい?」
「君も同席してくれよ」と言うと、寺井は一瞬、「えっ⁉」という表情をした後で、「はい!」と嬉しそうに返事をした。
「おや~今日は応接室なのですね~」と余計なことを言いながら圭亮が姿を現した。
相変わらず無駄に縦に長い。
「先生一人だと応接室なんて取りませんよ」と釘を刺してから、「お客様を連れて来ると聞いたので、慌てて押さえました」と西脇が答えると、「すみません。話が出来れば、何処でも良かったんですけど」と言いながら竹村が応接室に入って来た。
「いやあ~豪華な部屋ですね~流石、テレビ局は違いますね~」と感心しながら吉田が後に続いた。
「まあ、どうぞ。コーヒーでよろしいでしょうか?」と西脇が聞くと、「ああ、いいですね~コーヒー」とコーヒー好きの圭亮が真っ先に賛同した。
「お気遣いなく」と竹村が苦笑しながら答えた。
西脇が寺井に目配せをする。寺井が内線電話でコーヒーを注文し、差しさわりの無い天気の話を続けた。コーヒーが運ばれて来て、一服した後、竹村が口火を切った。「出石までご足労頂き、まことにありがとうございました」
竹村と吉田が頭を下げる。「いえ、そんな」と西脇と圭亮が返事を返した。
「当地での状況については、兵庫県警から報告が上がって来ていますし、鬼牟田先生からも電話でお話をお伺いしました。その時にお聞きした鬼牟田先生の推理を参考にさせて頂き、捜査を行いましたので、その結果と照らし合いながら確認作業を行いたいと考えました」
「なるほど」
これは、またとない機会だ。最新の捜査状況を聞くことができると言うことだ。
「今回の事件は、何とも不可思議な事件でした」と竹村が言うと、「今回の事件を貫いていたのは、『正義』だったのかもしれませんね」と圭亮が口を挟んだ。
「正義? 先生、また小難しいことを言いますね。抽象的な言葉を口にすると、名探偵っぽく見えるとでも思っているんじゃないでしょうね?」と西脇が鋭く突っ込む。
圭亮は悪びれた様子もなく、「あはは、バレましたか」と開き直った。「悪霊館、いえ、立花邸で見つかった遺体の身元が、仙石道幸さんであることが確認されたとお聞きしました。仙石道幸さんの変死事件に関しては、前に竹村さんにお話しした通りです」




