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マリオネットは踊らない  作者: 西季幽司
第三章「怨霊怪異」
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中丞③

 甲本家での会談は一時間半に及んだ。

 話の途中から、圭亮は黙り込んでしまった。ソファーに座ったまま微動だにしなかった。西脇は経験から圭亮が何かヒントを掴んで、脳内で「俯瞰的演繹法」と名付けた推理手法が発動したのだということが分かった。こういう時は下手に刺激せずに、「俯瞰的演繹法」が結論を導き出すのをじっと待つ方が良い。途中で思考を中断させてしまうと、折角積み上げた推理が煙のように消えて無くなってしまうことがある。

 紡ぎかけた糸を一度、切ってしまうと、二度と元には戻らない。

 甲本の話は途中から豊岡北警察署長時代の昔話に移っていた。寿賀が我慢強く、話し相手になっているが、事件に関係がなさそうだった。

 西脇は退屈してしまっていた。

「さて、そろそろ署に戻らなければなりません。今日は色々、お話を聞かせて頂いて、ありがとうございました」寿賀が話を切り上げてくれた時には、解放された思いだった。

 圭亮は何か掴んだようで、晴れ晴れとして表情で、甲本家を後にした。

「さて、何処へでもお送りしますよ。豊岡駅が良いですか? 空港ですか? それとも、こちらに一泊されますか?」

「こちらに一泊する予定で、出石にホテルを予約しています」と西脇が出石に予約してあるホテルの名前を告げた。

 出石に来て仙石真知子と会うだけの出張だったが、移動に時間がかかるので、出石に一泊する予定でホテルを予約して来ていた。

「タクシーに乗ってホテルに向かいます」と西脇が言ったが、寿賀が「いいホテルですよ。送って行きましょう」と言って聞かなかった。そして、「すみません。何処か、美味しい郷土料理のお店にご案内できれば良かったのですけど」としきりに恐縮した。

「お忙しいでしょうから、お気遣いなく。お昼のお蕎麦、美味しかったです。あれで十分です」と西脇が如才なく答えた。

「お帰りは明日の飛行機ですよね。午後の便ですか?」

 但馬空港から大阪伊丹空港経由で羽田行きの便が午前と午後の二便、出ている。

 窓の外を流れる町の景色は既に夕暮れ時で、赤く染まり始めていた。陽は落ちて行くが、溢れる新緑が、どこかまだ、春の陽気を漂わせていた。

「はい。午後の便です。明日は少し朝寝坊をして、折角ですので出石の城下町でも見て回ろうかと思っています。ねえ、先生、良いですよね」

「勿論、大賛成です。城下町に出石城址と、興味津々です。昼間ご紹介頂いたお蕎麦も美味しかったなあ、是非、もう一度食べてみたいものです。明日の昼、もう一度、あのお蕎麦屋さんに行きましょう!」と子供のようにはしゃいだ。

 寿賀も西脇も、苦笑した。

「出石は歴史のある町で、『但馬の小京都』と呼ばれています。城下町から出石城址を回れば、あっという間に時間なんて過ぎてしまいます。出石永楽館という芝居小屋がありますし、出石の豪商の旧宅である出石資料館に行けば、出石藩に関する資料が展示されています」

「ああ、いいですね。それだけでお腹一杯になりそうだ」と圭亮が言うので、隣で西脇が、「何時もは小食の先生が、出石に来てから、よく食べますね」と冷やかした。

「はは。蕎麦も歴史も、僕にとってはご馳走です。細く、長くが僕のモットーですから」

「縦に長いのが、先生ですけどね」

 寿賀は二人の会話をにこにこと聞いていたが、「明日の午後でしたら、空港まで送って行きます。ホテルのロビーでお待ちください。そうですね・・・」と言って、待ち合わせの時刻を告げた。

「寿賀さん、お忙しいでしょうから、見送りは結構ですよ。我々はタクシーを拾って、空港に向かいますので」と西脇が遠慮して言うと、「いいえ、是非、空港まで送らせて下さい」と寿賀が強い口調で言った。

「本庁のお客様ですから」嫌味ではなく、尊敬の意を込めて寿賀が言う。

「すいません。お忙しいでしょうに」と寿賀の好意に甘えることにした。

「警視庁に報告を上げる以外、事件はありません。平和な町ですから、何もないと思います。でも、もし事件が起こって、明日、お見送りに行けなくなったら勘弁して下さい」と寿賀が言うので、西脇は「勿論です。と言うことは、寿賀さんが見送りに来れば、町は平和だと言うことですね」と言って笑った。

「そういうことになりますね」

「警視庁に報告をしなければならないのですか?」

「ええ、鬼牟田さんの言動は、一言一句、一挙手一投足、漏らさず報告しろと上司から厳命を受けています」

「はは。寿賀さんも大変ですね」須磨からの依頼で出石まで足を運んで来たが、監視下に置いておきたいようだ。

「それで、何か分かりましたか?」と寿賀が聞くと、「はい。ぼんやりとですが、事件の全容が見えて来たような気がします。寿賀さんのお陰です。出石に来てよかった」と圭亮が答えた。

「そう言ってもらえると嬉しいですね。その事件の全容というやつをお聞きしてもよろしいでしょうか?」

 西脇も気になる。必然、聞き耳を立てた。

「用明太さんが殺害され、そして用明太を騙っていた仙石道幸さんが殺害された。それを僕はひとつの事件だと考えていました」

「違うのですか?」

「出発点が間違っていたので、ゴールにたどり着けなかったようです。二つの事件を結びつけているのは、あの悪霊が憑りついた屋敷だけだったのです。二つを別の事件として考えた時、事件の全容が見えて来ました」

「そうですか。警視庁への報告がありますので、出石までの道中、詳しく聞かせてもらっても良いでしょうか?」

「はい。と言っても、まだ細かいことまで推理できていませんので、ざっと概要をお話します。それでよろしいでしょうか?」

「お願いします」

 圭亮が事件の概要を話し始めた。

 寿賀も西脇も、黙って圭亮の話に耳を傾けていた。やがて、圭亮の話が終わると、車内は沈黙に包まれた。それぞれが圭亮の導き出した結論に、思いを巡らせているのだ。

 やがて、寿賀が言った。「今は丁度桜の時期です。出石城址の桜が見頃だと思います。明日、天気が良ければ良いですね」

 寿賀の言葉に、「桜ですかぁ・・・そう言えば去年は花見に行かなかったなあ。楽しみだあ~」と子供のようにはしゃいだ。

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