仙石騒動④
「へぇ~じゃあ橋本さんも有名な選手だったのですね。どこを守っていたのですか?」
圭亮が口を挟む。橋本は少し照れた様子で「外野と一塁です。僕は打つ方が得意でしたから」と答えた。
橋本は見るからにパワーがありそうだ。
寿賀が話を戻す。「高校に入学してから、仙石さんは変わってしまったのですね?」
「ええ、野球好きの、いい奴だったんですけど、高校に入学して、直ぐに利き腕の右肘を壊してしまいました。それでも、いいところを見せようと無理して投げ続けていたものですから、そのうち、全く投げられなくなってしまいました。暫くボールを投げなければ、直ぐに良くなると思っていたようですが、右肘の痛みは一向に引きませんでした。親にも黙っていたようで、病院に行って精密検査をしてもらえって、僕は何度も仙石に言いました」
「ご両親にも黙っていたのですね?」
「はい。その内に、投げることが出来ない仙石に見切りをつけたのか、監督は仙石をショートにコンバートしてしまいした。この時、ショートのレギュラーだった先輩が、とても厳しい人で・・・」橋本は言葉を濁した。
いじめに等しいしごきがあったことは想像に難くない。
「仙石さんは野球部を辞めてしまった訳ですね」
「はい。先輩、仙石に無理に投げさせて、痛がる素振りでもしようものなら、人目につかないところで殴ったりしていました。その内、とうとう右肘が悲鳴を上げて、右腕が肩から上に上がらなくなってしまいました。耐えかねた仙石は監督に野球部を辞めると言いに行きました」
寿賀が無言で頷く。橋本が話を続けた。
「監督さんから、『うちは進学校だぞ。お前みたいな馬鹿が、野球を辞めて、うちでやって行けると思っているのか?』みたいなことを言われたそうです。試験を受けて入学したとは言え、下駄をはかせてもらっていましたからね。勉強では周りについて行けなかったでしょう。案に退学しろと言われたみたいなものです」
「それでも仙石さんは野球部を辞めた?」
「はい。他にも色々、嫌がらせがあったようで、仙石は野球部を辞めました。野球部に嫌気がさしていたのでしょう。当時、あいつには彼女がいて、野球部を辞めた途端、彼女にフラれたのが、相当ショックだったみたいです」
「それは可愛そうに」圭亮が同情の声を上げた。
「可愛い女の子だったんですけどね。彼氏は野球部で目立つピッチャーじゃなきゃあ嫌だっていうような子でした。『甲子園のマウンドに立つ彼氏を応援するのが夢だ』と言っているのを聞いたことがあります。仙石が将来有望だと思って、彼女の方からアプローチしたみたいです。だから、仙石と別れた後、また別のピッチャーの男と付き合っていました」
「へえ・・・」と圭亮が感嘆の声を上げる。現金なものだ。
「野球部を辞めてからは、案の定、勉強について行けなくて・・・悪い仲間とつるむようになって、学校に顔を出さなくなってしまいました」
「野球部を辞めて、友人も彼女も、何もかもを失ってしまった訳ですね。高校生くらいの年齢だと、まさに絶望的な出来事だったことでしょう」
圭亮が呟くと、「ええ、本当に。大人になれば、そんなこと、どうってことないと分かるんですけどね・・・」と寿賀が相槌を打った。
「仙石さんが家庭内で暴力をふるっていたことをご存じですか?」
寿賀が訪ねると、橋本は「そうなんですか!?」と驚いた様子で、「知りませんでした。そんな奴じゃなかったんですけど・・・仙石が野球部を辞めてからは、クラスも違うし、僕らは野球の練習、練習で、生活時間が合いません。たまに学校ですれ違って、言葉を交わす程度でした。その内に、学校に出て来なくなって、連絡が途絶えました」と答えた。
「何処か遠くへ預けられたらしいのですが、何処に行ったのかご存じありませんか?」
「一度、気になって、あいつの家を訪ねたことがあります。その時には、もう家にいなくて、お母さんから、彼は家を出て、一人暮らしをしているという話を聞きました。何処で何をしているのか、お母さんも知らない様子でした。僕も知りません」
「仙石道幸さんから連絡はありませんでしたか?」
「もう十年になります。一度も連絡はありません」
「他に彼と親しかった友人はいませんか?」
「高校を止めるまで野球一筋でしたから、野球部の連中以外で親しい人間はいなかったと思います。野球部の中では、僕が一番、親しかったと思います」
「そうですか・・・」
甲子園には手が届かなかったと言う橋本の高校の野球部時代の話を少し聞いてしまうと、もう聞く話はなくなってしまった。
「どうも、お忙しいところ、お時間を頂きましてありがとうございました」
寿賀が礼を言うと、橋本は椅子から立ち上がり、「いいえ。お役に立てなくてすみません!」と運動部出身らしい、きびきびとした動作で頭を下げると、調理場に消えて行った。




