仙石騒動③
仙石家を出て車に乗り込むと、寿賀が「高校時代に仙石道幸と親しかった橋本昴という人間がこの近くに住んでいます。話を聞いてみませんか?」と言った。
「ああ、良いですね。是非、お願いします」と圭亮。
「先生、仙石さんの話を聞いて、何か分かりましたか?」と西脇が尋ねる。
「仙石道幸さんは、二カ月前に用明太さんの銀行口座を横領して、使用していたことが分かりました」
「二カ月前に、二人が知り合ったということですかね?」
「二人に接点があったとすれば、もっと前でしょう。用明太さんは庭に埋められていた訳ですから」
「ああ、そうでした」
「仙石道幸さんが用明太さんを殺害し、銀行口座を奪った。そして、彼の口座を横領し、口座のお金を使って生きて来たが、二カ月前に預金が尽きてしまった。だから、お母さんに『金を送れ』と電話をした。そう考えれば辻褄が合います」
「なるほど」
「辻褄は合いますが、しっくりと来ません」と言うと、「寿賀さん。仙石さんのお話に出て来た藤井さんという方は、もう亡くなってしまったのですよね?」と圭亮が須賀に聞いた。
「はい。四年前に亡くなっています。仙石さんの話に出て来た藤井修二なる人物と親しかった人間がいないか、捜査してみました。灯台下暗しで、豊岡北警察署のかつての署長が兵庫県警本部にいた頃に、神戸地方検察庁にいた藤井氏と付き合いがあったことが分かりました。今、引退して豊岡市内に住んでいます。午後から会いに行く約束になっていますが、鬼牟田さん、同行されますか?」と寿賀が聞いた。
圭亮一行が来る、来ないに関わりなく、寿賀は地道に捜査を行っていた。
「是非、寿賀さんと一緒に行って話を伺いたいのです。ダメでしょうか?」
圭亮が答えと、寿賀は車のハンドルを握りながら、「分かりました。ではお昼時ですので、先ずは名物の皿蕎麦でも食べてからにしましょう」と答えた。
「ああ、いいですねえ~皿蕎麦」と直ぐに圭亮が嬉しい悲鳴を上げた。
江戸中期に出石藩主だった松平氏と信州上田藩主だった仙石氏がお国替えとなった。蕎麦どころの信州から仙石氏と共に出石に蕎麦が入って来たと言われている。その後、白磁の小皿に盛る皿蕎麦が名物となり、出石皿蕎麦として確立された。
寿賀のお勧めの蕎麦屋に行った。
圭亮は「これは美味しい!」と子供のようにはしゃぎながら皿蕎麦を十六皿も平らげた。西脇は十二皿で打ち止めて、「小食の先生にしては珍しいですね。まあ先生はガタイがデカいから、人より食べないと維持できないでしょう」と妙な理解を示した。
圭亮は長いガタイに似合わず食が細い。よほど蕎麦が美味しかったと見える。
「えへへ、ちょっと食べすぎましたね。つるつるっと食べちゃいました」と圭亮が言うと、「先生、事件の方も、つるつるっと解決して下さいね」と西脇が釘を刺した。
皿蕎麦を食べ慣れている寿賀には気の毒だったが、「割り勘で」と寿賀が言い張るので、仕方なく昼食代を割り勘にした。食べ終わる頃には昼食時を過ぎてしまい、店内は客がまばらになっていた。
やがて、厨房から真っ白な厨房着をまとった長身の若者が出て来た。「どうも」と寿賀に頭を下げた。寿賀がすかさず、「まあ、座って」と空いた席に若者を座らせた。そして、圭亮と西脇に、「こちらが橋本さんです。高校時代の仙石道幸さんの友人で、同じ野球部に所属していました」と若者を紹介した。
「ああ、どうも――」圭亮は慌てて立ち上がると、橋本に握手を求めた。橋本は音を立てて椅子から立ち上がると、「橋本です」と圭亮の手を握り返した。
橋本も長身だが、並んで立つと、圭亮の方が身長で勝っていた。
西脇は座ったまま、「どうも、西脇です」と軽く頭を下げた。
「こちらで働いているのですか?」
圭亮の問いかけに橋本が「はい」と頷いた。
「彼は親父さんの後を継いで、この蕎麦屋の店主になることが決まっているそうです」と寿賀が説明してくれた。
仙石道幸の友人が蕎麦屋で働いていることを知って、寿賀はこの蕎麦屋に圭亮と西脇を案内してくれたようだ。昼食の混雑が終わり、調理場が一段落したので、事情聴取に応じるために顔を出してくれたのだ。
「さて、お忙しいでしょうから、早速ですが、高校時代の仙石道幸さんについて話して頂けませんか?」調理場から出て来て、客と話し込んでいる橋本をいぶかしそうに見る客先の視線を気にしてか、寿賀が話を促した。
「はい。仙石とは中学、高校と野球部で一緒に汗を流した仲です。と言っても仲が良かったのは、あいつが野球部を辞めるまでで、仙石が野球部を辞めてからは疎遠になってしまいました」
「ご存じのことを話して頂くだけで結構です」
「分かりました。仙石は中学時代、ピッチャーをやっていて、球はそう早くありませんでしたが、曲りの大きなカーブを投げていて、この辺りじゃ、そこそこ有名でした。少なくても、僕なんかよりは、全然、あいつの方が野球は上手かったと思います」橋本が自嘲気味に言う。
「それでも、甲子園を目指すような一流の高校からの誘いはなかったようです。僕らが通った公立高校から誘いがあって、試験を受けて入学したのですが、野球特待生みたいな待遇でしたね」




