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マリオネットは踊らない  作者: 西季幽司
第三章「怨霊怪異」
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仙石騒動②

 真知子が黙り込む。寿賀が「家庭内暴力が始まったのですね?」と声をかける。真知子が「はい」と小さな声で返事をしながら頷いた。

 道幸は高校で利き腕の肘を故障してしまった。肘の故障が完治せず、結局、野球部を退部してしまう。子供の頃の夢は「プロ野球選手」だった。野球を止めて、人生の目標を失い、自暴自棄になってしまった。

 老いた両親に、暴力を振るい始めた。

「身内のことですので、何とか、私どもで解決しようとしました。ですが、あの子は人が変わったようになってしまい、私どもの言うことを全く聞き入れてくれませんでした。そこで、仕方なく主人が藤井さんに相談して、知り合いの方に暫くあの子を預かって頂くことになりました」

「藤井さんと言うのは?」話の腰を折って、圭亮が尋ねる。

「はい、藤井(ふじい)(しゅう)()さんとおっしゃられて、神戸で検察庁に勤められていた方だとお聞きしています。出石の出身で検察庁を退官されてから、生まれ故郷の出石に戻って来られました。主人が役所に勤務しておりますので、顔が広くて、仕事で、何度か藤井さんにお会いしたことがあったそうです。『信用のできる方だ』と主人が頼りにしておりました」

「その藤井さんに息子さんを預けられた訳ですね。何時頃のことですか?」

「今から丁度、十年前のことです」

「ええっ! 十年前ですか?」圭亮が思わず声を上げる。

 道幸は今から十年前に、出石を出たと言うのだ。十年前と言うと、用明太の少女誘拐殺人事件が発生した時期と重なる。

「はい、藤井さんが、『なるべく家から遠く離れたところで、一人暮らしをさせた方が良い』とおっしゃられて、知り合いの方にお願いして、息子を預かって頂くことになりました。直ぐにもとの優しい子に戻って、家に戻って来てくれるものと期待しておりましたが、一年経っても、二年経っても音沙汰がなく、藤井さんに尋ねても、『まだダメみたいだ』とおっしゃるばかりで・・・その内、藤井さんが亡くなられて、道幸の行方が分からなくなってしまいました」

「それで十年ですか?」圭亮の一言に、真知子は「うっ・・・」と嗚咽を漏らすと、胸に抱えたお盆で顔を隠して、よよと啜り泣きを始めた。

 真知子が泣き止むのを待たされる形になった。

 真知子の息子、道幸は十年前に藤井という人物により、家庭内暴力に耐えかねた親元より引き離された。そして、藤井の知り合いという人物に預けられた。

 やがて、泣き止んだ真知子が顔を上げ、「失礼しました」と涙を拭きながら話を続けた。

「長い間、何の音沙汰もございませんでした。それが、二カ月程前に突然、道幸本人から電話がございました。『お金を送ってくれ』という内容でした」

「道幸さんはどこに住んでいるとか、何か言っていませんでしたか?」

 真知子は「いいえ」と頭を振り、「とにかく『金を送れ』の一点張りでした。口座名と送金先だけ教えてくれました。あくる日には指定された送金先にお金を送りました」

「その送金先の口座名が用明太だった訳ですね」

「はい、その名前です。その後も一度、お金が尽きたようで電話があって、『金を送れ』と言って来ました。色々、聞いても何も答えず、電話を切ってしまいますので、『生きているだけで良しとしよう』と主人とも話し合いました。そして、電話があれば、言われた通り、お金を送ろうと決めました」真知子の話では、二カ月前に道幸は用明太の銀行口座を横領し、わが物にしたと言うことになる。

 真知子の話に圭亮が考え込む。真知子は「それで、うちの息子に何かあったのでしょうか?」と涙に濡れた瞳を向けて来た。

「それは現在、捜査中です」圭亮に代わって寿賀が答える。

 寿賀の話によれば、昨日、真知子から道幸が十年前に使っていたというヘアブラシや雑誌、文房具など私物を幾つか預かったということだった。昨日の内に道幸の指紋やDNAの採取を終え、警視庁にデータを送ってあった。

 藤井が道幸を預けたという知人に関しては、真知子は「私どもも、存じません。どこのどなたなのか是非、教えて頂きたいのです」と何も知らない様子だった。

「本当は、あの子。優しい子なんです」真知子が涙を浮かべながら話し始めた。

 道幸が小学生だった頃、真知子が風邪で寝込んでしまったことがあった。

 心配した道幸が、「お母さん、病気? どうしたら、治るの?」と聞くので、父の久幸は「大丈夫。お腹いっぱい食べて、いっぱい寝れば、直ぐに良くなるよ」と答えた。暫くすると、道幸の姿が見えなくなった。道幸がいないことに気がついた久幸が探しに行こうとした時、近所の洋食屋の店主が道幸を送り届けて来た。

 店主によれば、道幸はいきなり店にやって来て、「オムライス、頂戴」と言ったと言う。「これ」と道幸が差し出す手の中には、百円玉と五十円玉が握りしめられていた。

「どうしたんだい? 坊や」と店主が訳を聞いた。たどたどしい説明で分かり難かったが、辛抱強く、話を聞いた。どうやら、母親が病気で寝込んでおり、道幸が大好物のオムライスを食べさせれば治ると思い、お小遣いを握りしめてやって来たと言うことが分かった。

「よし、分かった。坊や、おじさんに任せておきな」出前はやっていなかったが、店主はオムライスを作り、道幸を連れて出前にやって来たのだった。

 久幸は平謝りだったが、店主は「優しい坊ちゃんじゃないですか。叱らないでやって下さい」と言い残して帰って行った。

 その頃を思い出したのか、真知子は又、泣いた。

 そろそろ潮時だった。

「そろそろよろしいですか?」と寿賀が聞くと、圭亮が「最後にひとつだけ、教えてください。十年前、道幸さんを藤井さんに預けた日が何月何日だったか、ご記憶でしょうか?」と真知子に尋ねた。

「ええ、覚えています。三月十二日でした。翌日、三月十三日があの子の誕生日でした。せめて誕生日をお祝いしてあげてからと藤井さんにお話したのですが、お互い、誕生日を祝う気分じゃないでしょうと言われました。それに、あの子自身が『誕生日なんてどうでも良い。早く家を出たい』と言うものですから、結局、十二日にあの子を見送りました」

 西脇は、何故、日にちを気にするのだといった顔で圭亮を見ていた。

「道幸のことで何か分かれば教えて下さい」と縋り付くようにして頼む真知子に、「分かりました。何か分かれば警察の方から必ず連絡します」と寿賀がなだめ、圭亮一行は仙石家を後にした。

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