仙石騒動①
車は国道二号線を折れ、出石の城下町を分け入るようにして進んだ。やがて、一件の民家の前で停まった。
城下町の景観を損ねない為だろう、白壁で周囲を囲まれた和風の邸宅だった。庭先の植木がよく手入れされている。最近になって改装したようで、屋敷は古びた感じがなく、小奇麗で洒落た外観だった。
民家が軒を連ねる城下町には、贅沢なほど玄関先や庭が広々としていた。
玄関先に車を停めて案内を乞うと、品の良い小柄な中年の婦人が屋敷内より出て来た。遠近両用だろう。赤縁の鼈甲の眼鏡が目立つ。眼鏡の下の白目勝ちな目が落ち着きなく、圭亮たちを見ていた。
寿賀が圭亮と西脇に「仙石真知子さんです」と婦人を紹介した。
「遠いところからわざわざご苦労様です。どうぞ中にお入り下さい」
真知子は圭亮一行を屋敷内に招いた。
圭亮は「鬼牟田圭亮です。素敵なお屋敷ですねえ~」と先ずは屋敷を褒めた。真知子は嬉しそうに「今は主人と二人切りですので、持て余してしまいまして、四年前に今の大きさに改装致しましたの」と答えた。もとはもっと大きな屋敷だったと言うことだ。今でも結構立派な一軒家なので、往時が忍ばれた。
玄関先が広々としているのは屋敷を小さく改装したからだ。城下町に屋敷を構える由緒正しい家柄と言うことだ。
「仙石さんと言うことは出石藩の藩主だった仙石氏と縁のある家柄なのでしょうか?」
圭亮が尋ねると、スリッパを出しながら真知子が答える。「仙石騒動で有名な仙石造酒の分家の子孫だと家伝では伝えられております」
「仙石造酒の子孫ですか!? 道理で、お屋敷がご立派なはずです。なるほど~なるほど」
「仙石左京の屋敷跡は『出石家老屋敷』として観光名所になっております。ここからお城の方に行ったところにございますのよ」
仙石騒動は江戸期の後期に出石藩で起きたお家騒動だ。仙石造酒と仙石左京の二人の家老が藩政を巡って争いを繰り返した。
「へえ、後で寄って見てみたいものです」
歴史好きの圭亮は嬉しそうだった。だが、仙石騒動が何なのか、まるで知らない西脇には二人の会話が理解できなかった。寿賀は地元の人間とあって、仙石騒動のことを知っている様子だ。
まだ畳の新しい応接間に通された。真知子がお茶を煎れに台所へ立ったのを機に、西脇が圭亮に「先生、仙石騒動って何ですか?」と尋ねた。
「江戸時代の三代お家騒動のひとつと言われています。江戸期末に重商主義を唱える革新派の仙石左京と質素倹約を唱える保守派の仙石造酒が争った派閥争いと言えば分かり易いかもしれません。これに若くして亡くなった藩主の後継者問題が絡んで、お家騒動へと発展しました。結局、最後には騒動が幕府の耳に達してしまい、評定所の裁定を仰ぐ結果となってしまいました」
第六代藩主、仙石政美の代になると出石藩の財政は逼迫し、藩政改革を求める機運が高まった。そんな折に登場したのが仙石左京である。左京は矢継ぎ早に改革案を打ち出すが、悪戯に改革を急ぎ過ぎてしまい、成果が上がらないまま、後ろ盾であった藩主の政美が急死してしまう。
若死にしてしまった政美には後嗣が無かった。そこで、まだ健在だった先代藩主の久道が後見人となり、政美の弟の久利が第七代藩主となった。藩政の実権を造酒が握り、左京の打ち出した改革は全て廃止となり、左京は失脚してしまう。
藩政の実権を握った造酒であったが、逼迫する藩財政をそっちのけで今度は仲間内で派閥争いを演じてしまった。これに乗じた左京派の反撃を受け、今度は造酒が隠居に追い込まれてしまう。
収まらない造酒派は幕閣に「仙石左京は息子の小太郎を次期藩主に据えようと画策している」とお家乗っ取りを訴え出るという非常手段に出た。事態を重く見た幕府は仙石左京を獄門とし、息子の小太郎を八丈島へ島流しとした。出石藩も騒動の責任を取らされ、五万八千石から三万石へと減封になってしまう。
真知子は仙石騒動の一方の雄、仙石造酒の分家の末裔だと言う。町中に立派な屋敷があるのも頷けた。
「仙石左京派は一掃され、造酒派も捗々(はかばか)しい成果を上げることができないまま、幕閣の政治介入を招いてしまい、出石藩は幕末を迎えてしまいます。幕府の支配に苦しんだ出石藩は戊辰戦争では新政府軍に属しています」
西脇も寿賀も、圭亮の話に聞き入っていた。
「その仙石騒動が事件に何か関係があるのですか?」と西脇が聞くと、「無いでしょうね」と圭亮があっさり答えた。
「何だ」西脇は真剣に耳を傾けて損をしたといった顔だ。
圭亮の説明が終わった時に真知子がお茶を煎れて現れた。
「すいません。今日、ご主人は?」
寿賀がにこにこと真知子に尋ねた。真知子はお茶を配膳し終わると、テーブルの向こうにお盆を抱えてちょこんと腰を降ろした。
「今日もお勤めです」と真知子が優雅に答える。真知子の夫、久幸は豊岡市役所の出石振興局に勤務している。
「さて、昨日、お聞きしたお話を、もう一度、こちらの方々に話して頂けませんか? 息子さんのことを、もう一度、聞かせて下さい」
「はい、道幸のことですね」息子の話題になると、真知子の表情が曇った。
「道幸さんのことです。道幸さんが家を出られた事情についてお話下さい」
「お恥ずかしい話ですが、私どもは息子の育て方を間違えてしまったようです。中学時代までは野球に熱中していて、部活に明け暮れるスポーツ好きの優しい子でした。それが高校に上がって、野球部を止めてしまってからは・・・」




