通り魔事件③
コンビニで竹村たちと別れ、西脇の運転で高崎に向かった。圭亮は長い体を折り畳んで助手席に収まっている。
車に乗り込む時、圭亮は自動販売機でペットボトル入りの甘いミルクコーヒーを買って乗り込んで来た。それを美味しそうに飲んでいるので、「先生のコーヒー好きは邪道ですよ。そんな甘いミルクコーヒーなんて飲んで」
「邪道ですか⁉ そんなこと言われると、もう飲めないなあ~じゃあ、どうぞ」
「要りませんよ!」
「いや、あの、そういう意味じゃなくて、駄洒落で言っただけなのですけど・・・」
当然、気がついていたが、無視しただけだ。
「先生は、コーヒーとついていれば、コーヒー牛乳だって良いんですよね」
「コーヒー牛乳、美味しいですよ~特に風呂上りは最高です。銭湯で飲みませんでした?」
「温泉で飲んだことはあります。確かに、風呂上りには最高ですけどね」
「でしょう」
何だか憎たらしい。少し、懲らしめてやることにした。
「ところで先生。あれから兼重准教授と連絡を取りました?」
「えっ!な、何故、僕が、か、か、兼重准教授と連絡を取るのですか?」
分かり易く動揺している。
「お世話になったのですから、現状報告でもしてあげれば良いのに」
「せ、拙者に、そ、そんなこと言われましても・・・」
「拙者って、先生。何時の人間ですか!」
動揺し過ぎだ。
与太話をしている内に高崎へとやって来た。
警視庁を退庁後、松中は夫人の実家を継いで農家の主となっていた。最初、「マスコミなんぞに話すことはない。帰りな」とあしらわれたが、竹村と吉田の名前を出して、吉田の「無実だと信じている」という言葉を伝えると、「そうか。あいつらも仕事だ。遠慮なく、話を聞きに来てくれれば良い。吉田に会ったら、そう伝えてくれ」と機嫌を直した様子だった。
顔が映るのは勘弁してくれということだったが、録音は構わないと言ってくれた。
そして、松中は「悪いな。田植えの準備で忙しいんだ。ここで良ければ話をするよ」と畑で話をしてくれることになった。
「用明太が殺された事件だろう。ニュースで見て、知っているよ。あいつのせいで刑事をクビになった訳だから、あいつのことは殺してやりたいくらい恨んでいた。だから、俺のところに来た。そうだろう?」
話の成り行き上、西脇が話を聞く形になった。「いえ、そういう訳ではありません。我々は警察官ではありませんから。用明太に関して、お話をお伺いしたくて、お伺いしただけです。しかし、被害者が用明太だと発表されていませんが、知っていたのですか?」
松中は「ふん」と鼻を鳴らすと、「やつが立花邸に匿われていることは知っていた。あそこで遺体が出たというニュースを見た。だから殺されたのが用明太だと思っただけだ。あんなやつ、殺されて当然のやつだからな。俺が殺してやりたかったが、残念ながら、アリバイならある。あいつが殺された日、俺は畑に出ていた。どこにも行っちゃあいない。このところ、ずっと家と畑の往復だ。最後に都内に行ったのは、もう何年も前になる。最もアリバイを証明してくれるのは、母ちゃんだけだから、信憑性は薄いけどな」と自嘲気味に言った。
「松中さんを犯人だと疑っている訳ではありません・・・」そこで西脇は一旦、言葉を切ると、横から圭亮が「まだ公にはされていませんが、被害者は用明太さんではありませんでした。用明太を名乗っていた人物です。松中さんなら、用明太さんの顔をご存じですから、見間違えるはずありません」と捜査機密に係る重要な事実を伝えてしまった。
松中「ほえっ⁉」と奇妙な声を上げると、「被害者は用明太では無かったのか・・・そうか・・・何でも聞いてくれ。俺に分かることなら、何でも答える。少しでも捜査に役に立てば良いんだが・・・」と真剣な表情になった。
「用明太さんが品川にある立花家の屋敷に匿われていたことは、ご存じだったのですね?」と圭亮。圭亮が事情聴取の主導権を握ってくれるようだ。
「あいつを釈放する時、黒田重信が命を狙っているかもしれないと考えられていた。そこで警察から保護を申し出た。だが、立花弁護士に断られた。『警察官にうろつかれては、却って目立ってしまう。誰も知らない場所に匿うので、大丈夫だ』と言っていた。確かに、その通りだと思った」
「どうやって、品川の立花邸に匿われていたことを知ったのですか?」
「立花弁護士が所有している資産を調べたところ、直近に品川に屋敷を購入したことが分かった。あいつはそこに居るのではないかと思ったが、確しかめた訳ではない。それに俺は、その後、直ぐに・・・」松中は辞表を出して捜査から外れてしまった。
「用明太さんは品川の屋敷に居ませんでした。一体、何処に行ってしまったのでしょう? 心当たりはありませんか」
「さあ、分からない。立花弁護士は岡山の出身だったと思う。岡山の実家か親戚の家で、匿っているのではないか? それに――」
「それに?」
「屋敷にいた人間があいつで無かったとしたら、立花弁護士は何処かに用明太を隠して、屋敷には、あいつの身代わりを入れておいたのではないだろうか」
「身代わりですか? ふむ」と圭亮が考え込む。沈黙が続いて後、「黒田重信さんが犯人なのでしょうか?」と圭亮が聞いた。
「それはないな。あんた、言っただろう。用明太の顔を知っているから、俺は犯人じゃないと。黒田さんだって、用明太の顔を知っている」
「そうですね・・・」圭亮は躊躇ってから、「実は、立花邸の庭から白骨遺体が発見されたのです。松中さんは元刑事さんですから、敢えて言うまでもないかもしれませんが、竹村さん、吉田さんに迷惑をかけてしまいますので、このことは内密にお願いします」と松中に教えた。
「庭から白骨遺体が出た・・・のか・・・」と松中は絶句した。そして、「用明太なのか?」と聞いた。
「まだ分かりません」
「そうか。分かった。大丈夫だ。誰にも言ったりしない。俺は元刑事だ」
「庭の遺体が用明太さんだとして、黒田重信さんが犯人だと思いますか?」と圭亮が聞くと、松中は「用明太に“さん付け”なんて止めろ。あんな最低の野郎に――」と言った後で、「うむ。まあ、そう思う」と答えた。
「そうですか」
「黒田さんが犯人だとしたら、俺は良かったと思う。非常識かもしれないが、娘さんの恨みを晴らすことが出来て良かったと思うんだ。むしろ、黒田さんが犯人であって欲しいと思っている」
当時、事件を担当していた松中の言葉は重かった。
今回の事件に松中は関係がなさそうだ。丁寧に礼を言って別れを告げると、「こんなんで役に立つかな?」と松中は反対に心配してくれた。そして、「竹村によろしく伝えてくれ。あいつなら、きっと事件を解決してくれる」と言って笑った。




