通り魔事件②
やがて、被害者の天野がおにぎりと缶チューハイを持ってレジに現れ、会計を済ませて出て行く。すると、入口付近にいた松本と臼井が、慌ててその後を追いかけて行き、カメラの映像から消えて行った。
「被害者の父親もこの映像を確認されたのですね?」
圭亮が店長に尋ねると、店長は「ええ」と頷いてから、「ただ、天野さんですか・・・被害者の父親と名乗られた方は、被害者の後に店を出ていった人のことを、随分、気にしていました」と答えた。
「被害者の後から店を出た人?」
竹村が尋ねる。被害者の後に店を出た人間のことは初耳だった。
「ええ、天野さんでしたね・・・ここで録画を確認していました。そして録画が被害者の後から店を出た方の場面になると、『息子の後に店を出たこの人はどこのどなたですか?』と私に尋ねました」
店長が「ああ、この人です」と再生映像を指差す。丁度、若者がレジにやって来て、会計を済ませるところだった。まだ若い。長髪で、俯き加減でいるので、顔がはっきりと見えない。弁当や飲み物、雑誌など結構な量の買い物をしている。
「ご存知の方ですか?」竹村が尋ねると、「夜中に時々、買い物に来られる方だと思います。週に一度くらいですかね。夜中に店に来て、大量に食料品や雑誌を買い込んで行きます。それ以外のことは何も知りません。近所に住んでいる方じゃないですか? そう言えば最近、お見えになっていませんね」と店長はそっけない返事だった。
「被害者の方より先に店に来ていて、被害者の方が出て行って、暫くしてからお店を出て行ったので、すっかりその人のことを忘れていました。でも、事件には関係ないと思いますよ」
「録画は私どもでも確認しています。もしこの若者が事件に関係があるのなら、捜査対象となっていたはずです」
言い訳がましく言ったが、この謎の人物に対して警察でどこまで捜査を行ったのか疑わしい限りだ。事件後、直ぐに容疑者が確保されたので、この若者のことはろくに捜査されなかったに違いない。
「この若者がどうかしたのでしょうか?」竹村が尋ねたが、圭亮は幽鬼のような表情で、凍りついたまま、何も答えなかった。
圭亮が竹村との捜査に夢中になっている間、西脇は吉田と話をすることが出来た。
「お互い、苦労をしますね」と吉田から言われたので、「本当に・・・」と深々、頷いた。急に親近感が湧いて来たようだ。
今回の圭亮の登用には、刑事部の本宮善治参事官の意思が働いているそうだ。本宮参事官は頭が切れることで有名な人物で、頭が切れすぎて却って人に嫌われ、出世が遅いと言われているそうだ。それでも参事官にまで昇進しているのだから、実力は折り紙つきだ。
その本宮参事官が須磨に本件で鬼牟田圭亮の登用を要請したそうだ。
「へえ~鬼牟田先生。そんな警察の上層部にまで名前が知られているのですね」と感心すると、「十年前の少女誘拐殺人事件では、我々の失態により、用明太が犯人であることを示す証拠が無効にされ、悔しい思いをしました。しかもその後、被害者の父親が用明太の両親を殺害して逃走するという、とんでもない事態となり、当時、警察は世間から非難の的にされました」と吉田が言う。その通りだ。西脇もその世間の中の一人だ。
吉田は、当時、事件を担当した訳では無かったが、当時のことをよく覚えていると言う。警察は無実の人間を罪に陥れようとしたとして批判され、用明太が釈放されるとされたで、今度は少女誘拐殺人事件の容疑者を無罪にしてしまったと、又、批判された。
被害者の父親、黒田重信が用明太の両親を殺害するに及んで、全ての原因は警察のずさんの捜査にあるとして、世論はごうごうと音を立てるようにして、警察に対するパッシングを繰り広げた。
黒田重信は犯行後、身をくらまし、警察は彼を捕まえることができなかった。警察官の一人として、吉田も地団太を踏んだ一人だった。
「今回、失敗は許されないのです。用明太の名前が出れば、誰かが少女誘拐殺人事件のことを思い出すでしょう。警察がまた非難の的になりかねません。だから、どんな手を使ってでも、早期に犯人を確保し、警察の威信を守らなければならないと本宮参事官は考えたようです」
「その、どんな手のひとつが鬼牟田先生の登用ということですね」
「そうです。失礼な言い方になりますが、毒を食らわば皿までの心境だと思います」
「はは。鬼牟田先生が毒? 毒気とは無縁の人ですけどね」
「本当に」と吉田が言ったものだから、二人、顔を見合わせて笑った。
それを見て、「おや? 西脇さん、楽しそうですね~」と圭亮が言うものだから、また二人で爆笑した。
「何か、我々にできることはありませんか?」と吉田に聞くと、「そうですね~」と言った後、暫く考え込んだ。そして、「松中さんと会ってみては如何です?」と言った。
「松中さん?」
「かつて捜査一課の刑事だった人です。例の用明太を無罪にしてしまった・・・僕らの大先輩に当たりますが、用明太に恨みを抱く人物の一人でもあります」
用明家を張り込み、夜中に証拠品を捨てに出ようとした用明太を捕まえた刑事だ。その後、世間からパッシングを浴び、警察を辞め、今は群馬県高崎市にいるらしい。大先輩だ。竹村や吉田には、松中を容疑者扱いしたくないという心理が働く。圭亮のような第三者に話を聞いてもらう方が良いかもしれない。そう吉田は考えたようだった。
「松中さんは無実だと考えています。聞き込みに行く必要は無いのですが、話を聞いておかないと世間がうるさいでしょう。だからと言って、我々が行くと、なあなあになりかねない」と吉田はしみじみと言った。
「分かりました。我々で、高崎に行って話を聞いてみましょう。結果は連絡します」
「助かります」
こうして、圭亮と西脇は群馬県高崎市に向かうことになった。




