スクープ②
「ほう~それで?」
「はい。夜中に立花邸に忍び込んで、庭を掘り起こしたそうです。彼は――」と寺井が高橋から聞いた話を説明する。
ホームセンターでシャベルと懐中電灯を購入し、日が暮れるのを待った。やがて夕焼けが辺りを赤く染め始める頃、立花家の玄関の鉄柵を乗り越えて屋敷に侵入した。
鬱蒼と生い茂った緑に囲まれた屋敷は既に暗い影で覆われていた。辺りを見回して人がいないのを確かめてから、庭へ回った。
外壁沿いに枝葉を伸ばした木々がぐるりと庭を取り囲んでいる。木々と雑草に遮られて、路上から、庭は全く見えない。こっそり庭を掘り返すには、好都合だった。
高橋は圭亮の言葉に従い、地面がでこぼこしている箇所を探した。雑草で覆われてはいるが、庭の地面は平坦だった。足の裏の感触を頼りに、地面のでこぼこを探った。庭の中央からやや奥に寄った箇所に、地面が盛り上がっている場所があった。足の裏で確かめると、でこぼことしていた。
「ここか――!」と高橋は慎重に辺りの様子を伺いながら、スコップを地面に突き立てた。
ゆっくり時間をかけて、少しずつ掘り進めた。五感を研ぎ澄ませて、周囲の気配に気を配った。最近、事故があった現場だ。定期的に最寄りの交番から警察官が見回りにやって来ていた。何か、発見する前に、警察官に不法侵入で捕まってしまっては元も子もない。警察官の見回りがやって来ると、高橋は木陰に身を潜めた。見回りが通り過ぎると木陰から出て来て、月明かりを頼りに地面を掘り続けた。
屋敷を取り囲む木々が作り出す暗闇が高橋を飲み込んでしまいそうだった。僅かに手元を照らしてくれる月明かりが雲に遮られてしまうと、辺りは闇に沈んで真っ暗になった。無限の宇宙を彷徨っているような感覚に陥ってしまった。それでも高橋は必死にスコップを振るった。
春先で夜はまだまだ冷え込んだが、スコップを振るう高橋の額からは大粒の汗が吹き出していた。やがて、その汗も干からびて出なくなった。
そして、ついに高橋はスコップの先に異常を感じて、懐中電灯の灯りを点けた。
「凄いね~それで遺体を見つけたって訳だね~」
「遺体は白骨化していたようです」
恐れ入った。一歩、間違えば犯罪だ。いや、間違わなくても犯罪だ。家宅侵入罪だ。遺体を掘り当てたから良いようなものの、何も出なくて警察に捕まっていれば、当然、立花弁護士に訴えられたはずだ。悲しいかな、サクラ・テレビには、そんな猛者はいない。
「すみませんでした」と寺井が言う。こちらの情報を関東新聞に流してしまったことを謝っているのだ。
「武士の情けだね」
西脇だって、寺井の立場になれば同じことをするだろう。敢えて寺井を問い詰める気はなかった。いや、むしろ情報を流して、汚れ役を買ってもらうことを考えたかもしれない。実際、そうなった。関東新聞の記者が自らのリスクで庭を掘り起こしてくれた。もし、そこまで考えて寺井が情報を流したのだとしたら、大したものだ。
「警察側の反応はどうなんだろうね?」
「こっぴどく叱られたようです」
「そりゃあ、そうだ。で、立花弁護士は?」
「今のところ沈黙を守っているようです」
「黙秘か。弁護士だ。うかつに口を開けば、墓穴を掘るってことが、分かっているようだ。しかし、悪霊館の庭で白骨遺体が見つかったということは・・・」
「ということは、何です?」
「遺体はやっぱり、用明太かもしれないと思っただけだよ」
「ああ、なるほど」
「その辺、鬼牟田先生の意見を聞いてみたいな。早速、呼び出そう」
「はは。呼び出そうって、悪戯を見つかった学生を職員室に呼び出すみたいに」
「だったら呼びつけよう。なあに、どうせ暇にしているさ」
寺井の顔に、ちょっとだけ同情の色が浮かんだ。
圭亮と連絡を取ると、「今からお伺いします!」とそれこそ飛んで来た。
文字通り、息を切らせながら駆けこんで来た圭亮を何時もの会議室に招き入れた。
「まあ、先生。落ち着いてください。コーヒーでも煎れますよ」
「ああ、それだったら、さっき自動販売機で缶コーヒーを買っておきました。あっ、これ。西脇さんの分もあります。それより、話を聞かせてください」
「分かりました」と西脇は関東新聞が庭で白骨遺体が見つかったという記事を掲載したことを伝えた。
「関東新聞は取っていませんでしたね~随分、思い切った記事を載せたものですね」
「警察から大目玉を食ったことでしょうね。でも、部数は伸びたはずです。寺井君が取って来た情報ですけど――」
西脇は夜陰に紛れて、関東新聞の高橋記者が悪霊館に潜入し、まんまと庭で白骨遺体を掘り当てた経緯を説明した。
圭亮は人の話を聞くのが上手い。「へえ~」、「ほお~」と圭亮は大袈裟に相槌を打ちながら、西脇の話に耳を傾けていた。
説明を終えると、「先生。どう見ます?」と西脇は圭亮の意見を求めた。
「庭の白骨遺体は用明太さんのものでしょうね」
「やはりそうですか」
「他に考えようがありません。ですが、庭の白骨遺体が用明太さんだとすると、屋敷で亡くなった人は誰なのか? 誰が用明太さんと身元不明の犠牲者を殺したのかという問題が残ります」
「難しい問題ですね」
「難しい問題です」
「先生。ひょっとして、何か分かっているんじゃないですか? 犯人が誰なのか分かっているのに、名探偵は『もうひとつ確認したいことがある』とか言って、なかなか犯人を明かそうとしないものでしょう」
「西脇さん。僕は名探偵などではありませんよ。どちらかと言うと、迷う方の迷探偵です。はっきり言って、何も分かっていません」と圭亮が胸を張る。
「自信満々にそう言われても・・・」
「何かヒントが欲しいのですがね」
「ヒントになるかどうか分かりませんけど」と西脇は明け方に見た夢の話をした。暗闇の中から必死に助けを求める夢だ。
「ふううむ・・・」と圭亮は妙なうめき声を上げて黙り込んだ。
ヒントになったようだ。暫く沈黙が続いた。圭亮の言う「俯瞰的演繹法」が発動したのかと思ったが、「西脇さん。例の通り魔事件の現場を見てみたいのですが」と言い出した。
「通り魔事件?」
「ほら、あれ。西脇さんが教えくれた悪霊館の近くで起きたという通り魔事件です」
一カ月前に悪霊館の近所で起きたという通り魔事件だ。圭亮はそれが気になる様子だった。




