スクープ①
暗闇の中、光が見える。
光に向かって懸命に這って行く。暗闇が体にまとわりついて歩けないのだ。這って行くのだが、なかなか前へ進めない。
やっと光の中に出た。
目の前を陰が横切った。
誰かいる。
――助けてくれ!
手を伸ばしたが、陰は動かなかった。じっと、こちらを見つめている。
――何をしている。助けてくれ!
もう一度、陰に向かって叫んでみるが、反応がない。
必死に手を伸ばす。
陰がゆらりと揺れた。
――待て! 行くな! 俺を置いて行くな~‼
大声で叫んでいた。西脇は自分の声で目が覚めた。
テレビ局の仮眠室だった。ワークホリックと言える西脇は、一体、何時家に帰っているのかと思えるくらいテレビ局にいる。実際、テレビ局に寝泊まりすることが多い。無精髭は西脇のトレードマークになってしまっている。
また変な夢を見た。圭亮に言うと、「西脇さんはイタコの末裔ですから、死者からのメッセージに違いありません」とでも言うに違いない。
顔を洗って職場に顔を出すと、寺井が来ていた。
「よう。早いね」と声をかけると、「西脇さん。新聞を見ていないのですか⁉ 僕、新聞を見て、飛んで来たのですよ」と非難されてしまった。
「新聞・・・一体、何がどうした?」
「悪霊館の庭から遺体が見つかったようです」と寺井が言ったものだから、「おえっ!」と西脇が悲鳴を上げた。
「どういうことだ? 警察が令状を取って庭を掘り起こしたのか⁉」
「それがよく分からないのです」と寺井は新聞紙を西脇に手渡した。
衝撃のニュースは東京を中心とする関東地区の地方紙である関東新聞で報道されていた。「サタデー・ホットライン」が取り上げたことにより、世間の注目を集め始めていた悪霊館の事件を関東新聞でも三面で大々的に取り上げていた。その記事の中に、悪霊館の庭から遺体が出た――という文言があるのだ。だが、詳細については、何の記述もない。
「どういうことだ?」と西脇は繰り返しだけだった。
「関東新聞に知り合いがいます。探りを入れてみましょう」と寺井が頼もしいことを言ってくれた。
結局、昼過ぎまで待たされた。
ぼちぼち情報が入り始めた。立花邸の庭から遺体が出たという情報は、警察側の発表ではないようで、関東新聞が独自にスクープした記事らしかった。
職場に戻って来た寺井がやって来て、デスクの前の椅子に座った。
「関東新聞の社会部記者に高橋大輝というやつがいて、彼とは大学が一緒でした。学生時代は顔もよく知らない仲だったのですが、新聞社とテレビ局というマスメディアで働くことになってから、連絡を取り合うようになりました」
「ふ~ん。なんか、ちょっと意外だね」
「意外? どこがです?」
「いや、まあ・・・」と西脇は言葉を濁した。
「気の抜けたビールだ」と評し、日頃から「もっと小狡くなれ!」と言っている寺井が、新聞社にいる大学の同級生と仲良くしていたということが意外だった。恐らく、持ちつ持たれつで、お互いに相手のことを利用しているのだろう。そういう芸当が出来るとは意外だった。
寺井が話を続ける。「関東新聞では立花家の屋敷に住んでいた住人の名前が用明太だということを掴んでいたようです」
「なるほど」情報ソースは「ネットプレス」の岡田だろう。
「社会部デスクの小出さんはベテラン記者で、用明太が十年前に起きた黒田麻衣ちゃん誘拐殺人事件の容疑者の名前だということを覚えていたそうです」
「それは凄い!」
「十年前の幼女誘拐殺人事件の加害者が殺害された。殺されたとなると、スクープです。幸い、他社はまだ気がついていない。他社に先駆けて報道できれば、特大のスクープとなるかもしれない。しかし、警察から被害者に関する情報は出ていない。もし、間違っていたら大変なことになる――とジレンマに苦しんだそうです」
「それはうちも同じだ」
「そんな中、週末、うちが番組トップで事件を取り上げました。しかも、他殺だと断言している。その上、更に、幼女誘拐殺人事件との関連を匂わせている。番組を見て、一刻の猶予もならないと思ったそうです」
「別に断言した訳じゃない」
「とにかく、彼らは焦った。一刻の猶予もない。明日の朝刊で被害者が用明太であり、十年前に起きた幼女誘拐殺人事件の被疑者だったことを報道しようとしたようです。ゲラ刷りまで終わっていたそうです。いざ、朝刊に乗せようという段になって、上層部から待ったがかかった」
「そりゃあ、まあ、そうだろう」
「確たる証拠もないのに、しかも警察からの発表もないのに、いくら過去の重大事件の被疑者だったとしても被害者の身元を明らかにして大丈夫なのか――ということだったようです」
「至極まっとうな判断だよ」
「僕もそう思います。さて、小出デスクに頼まれて記事を書いた高橋は困った。小出デスクは『上の横やりなんかに負けないぞ。強行突破だ』と息巻いている。困り果てた彼は僕に連絡して来ました。明日の朝刊に被害者が用明太だと出る。そして、彼が黒田麻衣ちゃん誘拐殺人事件の被疑者だったことにも触れるつもりだと」
「はは~君、内部情報を漏らしたね」
「すみません。そんな記事が出たら、世間は大騒ぎになるでしょう。うちの番組にも影響が出てしまうかもしれないと思いました」
「懲戒ものだけど、正しい判断だったかもしれないね。うちの報道があって関東新聞の記事が出たら、誰だって記事が正しいと考える。うちが関東新聞の片棒を担いでいるように見えたかもしれない」
「はい。だから、止めろ。記事を出すのは止めろと彼に言いました。そんな記事を出せば、大変なことになると言って、記事が誤報になってしまうことを匂わせました」
「止めろと言われて、はいそうですかとは、ならないだろう」
「そうなのです。デスクを説得する材料が欲しいと高橋に泣きつかれました」
「それで、庭のことを教えたのだね」
「すみません。鬼牟田先生の推理によれば、用明太が死体になって庭に埋められているはずだと、まあ、そんなことを言いました。番組で先生がそう言っていたし。先生の推理は信用がありますからね。初めて、僕の言うことを信じてくれたみたいです」
「先生は用明太が殺されて庭に埋められていると、はっきり言った訳じゃあないけどね」
「だったら、庭を掘り越してみようと、高橋は考えたようです」




