立花弁護士事務所②
用明太と係り合いになりたくなかったのだろう。
宗徳氏は用明太を無罪にしてしまったことから、世間の非難に晒され、慙愧の念から自ら命を絶ってしまったと噂されている。立花弁護士にとって用明太は、間接的にだが父親の仇だった。顔も見たく無かったに違いない。
「それにしても十年間で一度も会っていないなんて・・・」
「家賃を頂いている訳ではありませんし、彼から何も言って来ませんでしたので、会う必要が無かっただけです。用事がある時は、むこうから電話を掛けて来ました。電話で話したことはありますよ」
「ただで用明太のあの屋敷を貸していたのですか?」
「それも父の言いつけでした。私にとって父の言いつけは絶対ですから。父は・・・」
立花弁護士が父親の思い出について話を始めた。
立花家の先祖は岡山の出身であったが、宗徳氏は「立花」と言う姓から、戦国時代の武将、立花宗茂に強く憧れ、ついには「自分は立花宗茂の子孫であった」と思い込むに至った。
立花宗茂は豊後、大友氏の重臣であった立花道雪の娘、誾千代の婿となり、立花家を継いだ。武勇に秀で、秀吉の九州平定で活躍し、筑後国、柳川十三万二千石を与えられた。秀吉より「その忠義も武勇も九州随一である」、「東の本多忠勝、西の立花宗茂、東西無双」と評された。
天下分け目の決戦、関ヶ原の戦いでは、徳川家康より莫大な恩賞を以って誘われたが、「秀吉公の恩義を忘れて東軍側に付くのなら、命を絶った方が良い」と豊家の恩顧を忘れず、西軍に味方して敗戦を迎えた。
戦後、浪人となったが、東西無双と並び称された本多忠勝の推挙により、家康、秀忠に仕え、関ヶ原の戦いより二十年後に旧領の柳川藩主に復帰した。西軍として参戦し、改易となりながら藩主に復帰を果たした、唯一の大名となった。
類まれなる武将としての器量に加え、温厚で誠実で、節を曲げず忠義に厚い性格は秀吉や家康といった支配者より愛された。
宗徳氏は宗茂を妄信し、常に正義を貫き、悪を憎んだ。
「子供の頃から躾に厳しく、父の言うことに逆らうことなど、出来ませんでした」
「生活費は? 用明太はどこから収入を得て生活していたのですか?」
竹村が質問を変えて食い下がる。
立花弁護士は勤めて冷静に、淡々と答えた。「私の方で手続きをして、彼の両親が経営していた配管屋を清算しました。家財に家屋敷を売って出来た遺産を弁護人は相続しています。結構な額になりました。無駄遣いしなければ働かなくとも十年やそこらは、余裕で生きて行ける金額だと思います」
用明太が事件後に働いていたという記録は無い。親の遺産を食いつぶしながら、自堕落な生活を送って来たのだろう。
近隣の住民で事件後に引っ越しをした人間が多かったことから、土地開発が進み、用明家があった辺りは、今では巨大なマンションの一部となっている。
「屋敷に用明太以外の人間が住んでいたことを、ご存知では無かったというのですね?」
竹村が念を押すと、「ええ、今日初めてお聞きして、びっくりしています」と立花が答えた。
「屋敷の住人が用明太でなかったとすると、用明太はどこで何をしているのか、ご存知ではありませんか?」
「屋敷に住んでいないことを今日、知ったくらいですから、当然、知りません。何処に行ってしまったのでしょうね。まあ、あの家、お化け屋敷だなんて言われているみたいですから、嫌になって逃げだしたのでしょう」
悪霊館の噂を聞いているのだろうか。
「屋敷に住んでいた人物については心当たりはないのですか?」
「申し訳ありません。何も存じません。はは。大家として失格ですね」と答えながらも立花弁護士は悪びれた表情を見せなかった。
「先ほど、用事があると、用明太が電話を掛けて来たとおっしゃっていましたが、一番、最近、電話を掛けて来たのは何時頃ですか?」
「さあ・・・もう、何年も前だった様な気がします。すいません、はっきり覚えていません」
「どんな内容だったのですか?」
「う~ん、電話の話じゃなかったかなあ・・・インターネットを使いたいとかで、回線工事を行う許可が欲しいと言うような話だったと思います。一応、大家は私ですから、私の許可がないと回線工事ができませんからね」
通信会社をネットプレスに乗り換えたことから、遺体発見に繋がっている。
「用明太本人からの電話でしたか?」
「そう思います。確信はありませんけど・・・」と言った後、立花は暫く沈黙し、「ああ、そう言えば――」と何か思い出したような口ぶりだった。
「何でしょうか?」
「屋敷に行った訳ではありませんが、屋敷の前を何度か車で通ったことがあります。あの屋敷は大井競馬場の近くでしょう。競馬好きだった叔父が、近所に住んでいました。屋敷を買ったのも父が叔父から『格安で買える』と進められたからだと聞きました。二年前に、叔父は病気で亡くなりましたが、叔父の家を訪れる時に、屋敷の前を通りました。その時、妙な男を見ました」
「妙な男ですか?」
「はい。帽子を被り、黒いサングラスをして、顔中を覆い隠す様に大きなマスクをしていました。それに首元には蝶ネクタイという変わった出で立ちでした」
現場で目撃されている不審者と特徴が一致していた。
「蝶ネクタイをしていたのですね?」
「そうです。ご存じないかもしれませんが、弁護人の両親を殺害した黒田重信は蝶ネクタイをして外出していたと言う話を聞いたことがあります。今になって考えてみると、あれは、黒田重信さんだったのではないかと思うのですが――」
「黒田重信が蝶ネクタイを愛用していたのですか!?」
「そうです。あれは、黒田重信だったのでしょうか?」という立花の質問に、誰も答えることが出来なかった。
「ところで、お屋敷の庭を掘り返したいのですが、よろしいでしょうか?」と竹村が尋ねると、「庭を掘り返す?」と立花弁護士が不思議そうな顔をした。「何故、庭を掘り返す必要があるのでしょうか?」
「それは・・・」と竹村が返事に困る。
庭に遺体が埋まっているかもしれないというのは、圭亮の想像に過ぎない。
「ああ、そうか。弁護人は既に殺されていて、庭に埋められていると考えている訳ですね」と言いにくいことを立花弁護士が言ってくれた。
「ええ、まあ」
「なるほど。庭に遺体が埋まっていることを示す証拠があるのでしょうか?」
「いえ、ありません」
「そうですか。でしたら、庭を掘り返す許可を与えることは出来ません。あのお屋敷には手を触れるなと父から厳命を受けました。どうしてもということでしたら、令状をお持ちください」
それまでの友好的な態度が嘘のように、頑なに拒否されてしまった。




