立花弁護士事務所①
車は悪霊館の壁沿いに、警察車両と一緒に停めてあった。悪霊館に戻ると、竹村と吉田が待っていた。
竹村に「何か収穫がありましたか?」と聞かれた。
「はい。色々、面白い話を聞くことができました」
「それは良かった」
「近くの坂道で幽霊を見たという話があるそうです」
「ああ、それ。私たちも聞きました」と竹村が苦笑いする。
「他に、何か有益な情報がありましたか?」と吉田が尋ねた。
「いいえ、特に」と西脇が答えると、「ほら、先輩。妖怪婆の酒屋を紹介するなんて、意地が悪い」と吉田が竹村を責める。
「俺は別に・・・」と竹村が萎れる。
「僕にとっては、非常に意義のあるお話でしたよ~竹村さんに感謝です」と圭亮が言う。きっと本気で言っているのだ。
「すみません! 悪気はなかったのです」と竹村が頭を下げる。良い男のようだ。
「いえ、そんな。それで、何故、まだここにいるのですか?」と西脇が聞くと、「庭を掘り起こす件について、本部と連絡を取ったところ、屋敷の所有者である立花弁護士から許可をもらって来いということでした。今から、立花弁護士のもとに向かいますが、同行しましか?」と竹村から聞かれた。
圭亮たちを待っていてくれたのだ。
警察の捜査に同行できるなんて、願ってもないチャンスだ。「勿論です。お供させてください!」と圭亮が食い気味に返事をする。
言いたいことを代弁してもらい、西脇は圭亮を褒めてやりたい気持ちだった。
「では、参りましょうか」
立花弁護士の事務所は都内の港区虎ノ門にあると言う。二台に別れて、虎ノ門へ向かった。
「立花家で発見された遺体が用明太のものではないとすると、遺体は、一体、誰なのか?」
現在の関心事は遺体の身元だ。遺体が用明太でないとすると、用明太はどこに行ったのかという疑問も湧いて来る。
その答えを立花弁護士事務所で聞くことが出来るかもしれない。
都心の事務所としては贅沢な広々とした受付で案内を乞うと、見晴の良い応接室に通された。黒革張りのソファーとテーブルが中央に据えられ、高価そうな白磁の壺が壁際に拵えられた展示棚に飾られてあった。
受付の女性が「お飲物は何にいたしましょうか?」と聞いて来た。
「お気遣いなく」と竹村刑事が答えると、「ではコーヒーをお持ちします」と気を効かせて答えてから、応接間を出て行った。
「ありがとうございます!」とコーヒー好きの圭亮が女性の背中に声をかけた。
「先生。行儀よくしてくださいよ」と西脇が圭亮に釘を刺す。
「はい。ショウギでも差しながらギョウギよく待ちましょうか」
「将棋なんて何処にも無いでしょう」
「鬼牟田さんのリュウギ(流儀)で、ジョウギ(定規)で図ったかのように、きちっとギョウギよく待てば良いのではありませんか?」と竹村。
すかさず吉田が「先輩! 調子に乗らない」と嗜める。
お互い大変ですねと西脇と吉田が顔を見合わせ、ため息をつく。
「先生。良い子にしていないと、兼重准教授に言いつけますよ」と西脇が言うと、「おやっ⁉ 兼重准教授と言うと招知大学で犯罪学を教えている兼重准教授ですか?」と竹村に聞かれた。
「はい。先日、明治の初めに立花屋敷で起きた一家惨殺事件について、教えてもらいました。流石に、うちにはそんな古い事件の記録が無かったものですから」
「ほう~そんなことまで調べているのですか?」
「はい」と兼重准教授から教えてもらった海内一得による安田一家惨殺事件のことを話した。そして、「兼重准教授をご存じですか?」と聞くと、「犯罪学の先生ですからね。うちでも協力を頼むことがあるようです。ギブ・アンド・テイク、持ちつ持たれつの関係です。それに、あんな美人ですから、うちのお偉いさんの中に、兼重准教授に首ったけの人間がいるみたいです」と言って竹村が「がはは」と笑った。
その時、「お待たせしました」と立花弁護士が応接室に現れた。まだ三十そこそこだろう、若い。吉田刑事と変わらない年齢に見えた。弁護士事務所長と言うので、恰幅の良い紳士を想像していたが、小柄で短く刈り上げた頭髪がスポーツ選手の様に見えた。目鼻立ちが整っており、凛々しい眉毛とおちょぼ口が特徴的だった。
三つ揃えのスーツを嫌味なく着こなしていた。
「警視庁捜査一課の竹村です」
「吉田です」
二人が警察バッジを見せて名乗った。名乗った方が良いのかどうか、圭亮と西脇が逡巡している内に、「立花弁護士事務所長の立花です」と立花弁護士が名乗った。
立花弁護士がちらと圭亮の顔を見たので、すかさず「鬼牟田圭亮です」と圭亮が飛んで行って、右手を差し出した。
「・・・」立花弁護士は怪訝な表情を浮かべながら、圭亮の右手を握り返した。
受付の女性がコーヒーを運んで来たので、挨拶を中断し、ソファーに腰かけてコーヒーが配膳されるのを待った。受付の女性が応接間を出て行くと、立花が「どうぞ。さて、今日はどういったご用件でしょうか?」とコーヒーを勧めながら尋ねた。
「立花さんが品川に所有している屋敷で発見された遺体の件です。遺体は屋敷の住人である用明太であると思われていましたが、十年前の少女誘拐殺人事件の証拠を取り寄せて指紋を照合してみたところ、遺体は用明太ではありませんでした」
「えっ? そんな馬鹿な・・・」立花が絶句する。
知らなかったのだろうか。
「品川のお屋敷に住んでいる人物が、用明太ではなかったことを、ご存知ではなかったのですか?」竹村が不信感を顔に浮かべながら問い詰めた。
「申し訳ありません。あの家は元々、父が格安で手に入れた物件でした。いわくつきの物件だったようで、後で知って売ろうとしましたが、買い手がつきませんでした。まあ、騙されたみたいなものです。あの誘拐事件の後、弁護人を世間の目から隠す為に、父がこっそりあの屋敷に匿いました。彼の両親を無残に殺害した黒田重信が逃亡中でした。彼が捕まるまで、弁護人は命を狙われる危険があると父は考えたようです」
「なるほど――」
「弁護人が屋敷に移るのを、私も手伝いました。その時に何度か彼と会いましたが、あの屋敷に移ってからは、一度も会っていません」
「ただの一度も会っていないのですか?」
立花の父、宗徳氏は用明太が無罪放免となった後、自宅で猟銃自殺を遂げている。父親の死後、息子の宗明氏が立花弁護士事務所を継いだ。用明太の弁護はあくまで父親の引き受けた仕事であり、自分には係りのないことだと言いたいのかもしれない。
「私どもが出入りすると、それだけで人目を引いてしまいます。ですから、なるべく屋敷には近づかないようにしていました。いいか、決して屋敷に近づくなと、父は私に言い残して亡くなりましたので」




