舞台下②
「犯人の目星はついているのでしょうか?」と圭亮が竹村に聞いてくれた。
「いえ、まだ」と竹村は多くを語らない。
「怪しい人物の目撃情報があるとか?」
「ああ、蝶ネクタイの男ですね」と竹村は蝶ネクタイの男について教えてくれた。
西脇からも話を聞いた蝶ネクタイの男がまた出て来た。
竹村の話によれば、立花邸を取り巻く野次馬の中に、奇妙な格好をした男がいた。
帽子を目深に被り、黒いサングラスを掛けている。口には大きなマスクを掛けていて、変装していたようだ。人目を避けたいのだろうが、却って逆効果になってしまっている。しかも、男は襟元に目立つ蝶ネクタイをしていた。
異様な出で立ちの男は、野次馬の後方の電柱に隠れるようにして、屋敷の様子を伺っていた。刑事が屋敷に出入りする度に、男は電柱の陰に身を隠した。
竹村は玄関から出て庭に向かおうとして、ふと野次馬の群れが目に入った。視界の隅で、何かが動くのに気がついて、足を止めた。
門前に群がる群衆に目を向けると、最初は分からなかったが、野次馬の後方の電柱の陰に人が隠れているのが見えた。どう見ても怪しい。竹村が見ていることに気がついて、電柱の陰に身を隠したのだ。
竹村は努めて自然に、路上に停めてある警察車両に向かう振りをしながら、ゆっくりとした動作で規制線を潜った。
柱の陰から、ちらちらと男の姿が見えた。
人混みに紛れながら、目立たないように野次馬をすり抜けた。一旦、道路の反対側の壁まで行ってから、男に見えないように、壁沿いを素早く移動した。
目指す電柱の陰を急襲したのだが、不審な人物は姿を消していた。
「その蝶ネクタイをした男というのが、黒田重信さんだったのかもしれませんね」と圭亮が言う。
「黒田重信⁉ ・・・ああ、なるほど。娘さんの仇を討とうと用明太をつけ狙って殺害した。だけど、人違いだったと言いたいのですね」
「ええ、まあ。最も、黒田重信さんと用明太さんは面識があったでしょうから、間違えたということはなさそうに思います」
「どうですかね。当時、用明太は少年Aとして素性が伏せられていました。知人から名前を聞かされていたでしょうが、面識が無かったかもしれません。ああ、そうだ。近所に犯人を知っているという人物がいますよ」と竹村が楽しそうに言った。
「目撃者がいるのですか⁉」
「目撃者? 目撃者ではありませんが・・・まあ、目撃者と言えるかもしれません」と微妙な言い方だった。
「話を聞くことができますか?」圭亮は興味を持った様子だった。
「大丈夫だと思いますよ。ここから大森海岸駅方向に歩くと、自動販売機がずらりと並んだ酒屋があります。そこの女主人です」
「それは、ひょっとして妖怪婆のことですか⁉」と圭亮が目を輝かせた。
「妖怪婆?」
竹村は酒屋の主が近所の小学生から、そう呼ばれていることを知らなかったようだ。
一旦、警視庁に報告に戻るという竹村、吉田と別れ、圭亮は西脇と市野酒店を目指した。
長い坂道を下りながら、「先生。本当に酒屋の女主人から話を聞きに行くのですか?」と西脇が尋ねる。リアリストの西脇が悪霊の話に興味など持つはずがない。
「面白そうじゃないですか。事件解決のヒントになるような話を聞くことができるかもしれませんよ」
「そうは思えませんけどね。先生は悪霊が好きだから」
「僕は別に悪霊に興味はありませんよ。むしろ、金毘羅さんのお参りの方が怖いくらいです」
「金毘羅さんのお参りが怖い・・・うん・・・あ、ああ、そうか・・・階段か。怪談(階段)が怖いと言う謎かけですね。ダメだなあ~くだらない。先生、座布団没収しますよ」
西脇は頭の回転が早い。
「そう言えば、この辺りに鈴ヶ森の刑場があったんですよね?」
「そうみたいです」
「刑場って、どんな形をしているのでしょうね?」
「刑場と形状をかけた駄洒落ですか? もういいです」
西脇は鋭い。圭亮が与太話ばかりしたがるので、「そう言えば先生。先日、お会いした兼重准教授、美人でしたね~」と軽くジャブを入れてみた。
「兼重准教授――!」圭亮が絶句して押し黙る。
まるで小学生だ。好きな女の子の名前を突然、言われて、反応ができずに固まってしまったのだ。
「先生のファンみたいでしたね。良かったですね~」と探りを入れる。
「そ、そうですか」
「そうです」
「いや、もう、光栄ですね~」
「それだけですか?」
「他に何があるのです?」
「先生。この事件が片付いたら、兼重准教授のもとに報告に行きましょうね。犯罪学の教鞭を取っているのですから、きっと興味がありますよ」
「そ、そうですか」
「そうです」
軒先に自動販売機がずらりと並んだ酒屋があった。「市野酒店」と看板が上がっている。どうやらここのようだ。
「御免下さい」西脇がガラス戸を開けて中に入ると、「いらっしゃいませ」と中年の女性がカウンター越しに二人を迎えた。
酒屋の女店主で「妖怪婆」と近所の小学生から渾名されている市野真琴だ。西脇が「サクラ・テレビの者ですが、先日、ご近所の立花屋敷で起こった不審死について、お話をお伺いしたいのですが、宜しいでしょうか?」とテレビ局の取材であることを告げると、真琴は「まあ~」と顔を輝かせた。
きょろきょろと視線を泳がせているのは、テレビ・カメラを探しているからだろう。残念ながら、テレビ・カメラは無い。
「何でも聞いて下さって、構いませんことよ」真琴の口調が急に上品になる。
「ありがとうございます。奥さんが事件の犯人をご存知だと伺ったのですが、詳しくお聞かせ願えませんか?」
「あら、まあ、一体、どなたかしら? 私のことをテレビの人に言ったのは」
テレビの人ってと、西脇が呆れる。




