舞台下①
圭亮は欄干に寄り掛かると、上から庭を見下ろした。
「先生、古い屋敷なので、欄干に寄り掛かると危険ですよ」と西脇が声をかけたが、圭亮はベランダから庭を見下ろしたまま、何かを凝視し続けていた。
部屋の中はゴミ塗れなのだが、不思議なことに、庭にゴミを投げ捨てた形跡が無かった。近所から「ごみ屋敷」とクレームが来るのが嫌だったのか、或いは、庭にゴミを捨てることさえ面倒だったのかもしれない。
「どうかしましたか?」
西脇が圭亮に歩み寄る。圭亮は西脇に気がつかない様子で、庭の一点を凝視し続けていた。
(何をそんなに一生懸命見ているのだろう?)と圭亮の視線の先を伺ったが、雑草が生い茂るだけで何も無かった。
五分ほど圭亮は硬直したように動かなかった。
どうやら何か見つけたようだ。
圭亮が自ら名付けた「俯瞰的演繹法」が働き始めたのだ。体は硬直していたが、圭亮の脳味噌はフル回転しているのだ。何かきっかけとなるもの出会うと、「俯瞰的演繹法」は圭亮の意志とは関係なく発動してしまう。頭の中で幾つもの仮説が、ぶんぶんと音を立てて飛び交いながらぶつかり合い、結合し、新たな仮説がふつふつと泡のように湧き上がって来る。
脳味噌の活発な動きをサポートする為に、体は動きを止めてしまう。思考を維持する為に大量の血液を脳味噌に送り込まねばならないからだ。
「鬼牟田さん?」竹村刑事が声をかけようとするのを、「ちょっと」と西脇が遮った。
推理の糸がぷっつりと切れてしまうと、実を結びかけていた結論が、煙にように消え失せてしまうらしい。掴みかけていた真実は一度失うと、時として、二度と戻って来ない。
「はい」と圭亮は返事をした。
思考を遮ってしまったのだろうか。
「庭に何かあるのですか?」
「庭に降りてみましょう」
「ええ」
四人はゴミの山を掻き分けながら、階段を降りて玄関を出た。
玄関から外に出る。
「こちらです」と竹村が先頭を行く。屋敷を壁が囲っていて、鉄格子の門を潜り、玄関前を左手に進むと庭がある。
竹村が雑草をかき分けながら進む。
「まるで人間ブルドーザーですね」と背後から吉田がからかう。
「人をプロレスラーみたいに言うな」
「似たようなものじゃないですか」
「俺はね。体力より知力で生きているのだよ。君には分からないだろうけどね」
「全然、分かりません」
仲の良いコンビのようだ。庭に出た。
「庭につきました」と竹村は言うが、雑草だらけで、どこからが庭なのか判別がつかなかった。
「上から見ていたら分かりませんでしたけど、凄い雑草ですね」
「先生から見れば、この雑草も芝生のようなものでしょう」と西脇。
「庭に何かあるのですか?」と竹村刑事が聞くと、「西脇さんが夢を見ました」と圭亮が言い始めた。
「先生、止めてくださいよ」と西脇が慌てて制した。
ここで夢の話なんてしてもらいたくない。
圭亮は話を変えて言った。「用明太さんがここに住んでいたことは間違いないでしょう。しかし、インターネットの加入手続きに来た岡田さんは、彼が用明太だと名乗ったと証言しています。すると二人は入れ替わったことになります。誰かと入れ替わったとすると、用明太さんはどこに行ったのでしょうか? 彼は少女誘拐殺人事件の加害者として、被害者の父親に命を狙われる危険性がありました。うかつに動くことが出来ません。それなのに、預金通帳とキャッシュ・カードが部屋に置きっぱなしになっていました。ここから姿を消したとなると、お金を持たずに屋敷を出て行ったことになります」
「ええ、その通りです」
「用明太さんは既に殺害されてしまった。そう考えられませんか? 彼を殺害したのは、少女の父親かもしれません。或いは用明太さんと入れ替わった、その謎の住人なのかもしれません。誰かに用明太は殺害された・・・」
「無論、その可能性はあります」
「西脇さんが夢を見ました。舞台の上でマリオネットが踊っていて、それを舞台下から見ている夢だったそうです。西脇さんはイタコの末裔です。夢は死者からのメッセージだと思います。そう考えた時、用明太さんは殺されて、庭に埋められているのではないかと思ったのです」
結局、夢の話をされてしまった。吉田刑事が西脇のことを化け物でも見るような眼で見る。
圭亮がベランダから庭を見ながら、何を考えていたのか分かった。圭亮は遺体の埋葬場所を探していたのだ。
「・・・」竹村刑事も何と答えて良いか分からないようで、黙っていた。
「庭に穴を掘って遺体を埋めたとすると、埋めた遺体の分だけ土が余ります。土饅頭になる訳です。やがて地中で遺体が腐敗して、分解されてしまうと、地面はその分陥没します。つまり、遺体を地中に埋めて長い年月が経つと、地面はでこぼこになっているのではないかと思うのです。このお屋敷は十年前に改装を終え、当時、庭は綺麗に整地されていたことでしょうから、地面がでこぼこしている箇所を掘り返せば、用明太さんの遺体が見つかるかもしれません」
「なるほど――」
「そう考えて庭を見ていると、丁度、この辺り。ほら、ここ。地面がでこぼこしています。ベランダから見ると、それがよく分かるのです」
足で地面を磨りながら圭亮が言うと、「えっ!」と吉田刑事が飛んできた。雑草が生い茂っているので、見た目では地面のでこぼこまで分からない。吉田刑事は圭亮の指し示す場所を足の裏で懸命に弄った。
「ここに遺体があると? 遺体が埋まっていると言うのですか?」
「それは分かりません。ですが、その可能性が高いような気がします」
「ふうむ・・・」と竹村刑事が考え込んだ。
庭を掘り返す許可を取ろうかとでも考えているのだろう。




