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マリオネットは踊らない  作者: 西季幽司
第二章「身元不詳」
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悲劇の連鎖③

 長身の圭亮は随分、苦労をしながら身を屈めて規制線を潜った。古びた木製の重たそうな扉の前に立ち、呼び鈴を鳴らしてみたが反応がない。呼び鈴が中で鳴っている様子が無かった。

 玄関にまで雑草が押し寄せ、大きな庇に遮られた玄関は薄暗かった。ペンキの剥がれ落ちた柱や壁と相まって、魔界への扉のように見えた。

「中に入って見ますか」

 西脇がドアノブに手を掛ける。鍵はかかっていなかった。

「すいませ~ん! 入りますよ~」声をかけながら屋敷に入った。

 一階部分は天井が高く、部屋は広々としていた。その分、窓から遠く、昼間でも薄暗かった。床にはほこりが積もり、ゴミが散乱している。歩くとじゃりじゃりと砂音がした。完全な廃墟だ。ここに人が住んでいるとは思えなかった。

「どうも~」二階から足音がして、二人の男が降りて来た。

 一人は圭亮程ではないが、かなりの長身だ。肩幅が広く、いかにもスポーツマンと言った体形をしている。目が細く、やや額が突き出ているので、一層、目が小さく見える。団ごっ鼻にぶ厚い唇と、いかにも男臭い風貌だ。

 男は「警視庁捜査一課の竹村です」と名乗った。

「初めまして。鬼牟田圭亮と申します」と圭亮は丁寧にお辞儀をすると、右手を差し出した。

 海外経験の長い圭亮は初対面の相手に握手を求めることが癖になっている。握手の習慣のない日本では不審がられたり、相手が女性だと露骨に嫌がられたりすることがある。

 竹村刑事は一瞬、躊躇ったようだが、がっちりと圭亮の右手を握り返して来た。

 もう一人の男は、竹村刑事より年下だろう。スラリと背が高いが、圭亮、竹村刑事の前では、流石に小さく見えてしまう。細身で目付きが鋭く、見るからに頭が切れそうな面構えだ。一重瞼で、ぐっと吊り上った眉毛がりりしい。

「鬼牟田圭亮と申します」とこちらにも丁寧にお辞儀をしてから圭亮は右手を差し出したが、男は「吉田です」と短く答えただけだった。圭亮の右手が泳ぐ。

 どうやら、素人が捜査に首を突っ込むのが気に入らないようだ。上層部の指示で仕方なく相手をしているというところだろう。

 空気を察して、西脇は圭亮の背後で「西脇です」と軽く頭を下げた。西脇が一緒にいることに対して、二人は何も言わなかった。

「二階をご覧になりますか?」竹村刑事は圭亮を二階へ(いざな)った。

「お願いします」

 階段を登りながら圭亮が尋ねる。「このお屋敷、立花さんという方が所有されていると聞きましたが?」

立花(たちばな)宗明(むねあき)という人物が所有しています」

「立花宗徳弁護士のご子息でしょうか?」

「ええ。立花宗徳弁護士をご存じで?」

「いえ。お会いしたことはありません。報道で――」と圭亮が言うと、「ああ、なるほど」と竹村刑事が頷いた。

 端で聞いていて、「僕から聞いた話でしょう」と西脇はツッコミを入れたいのを我慢した。

 立花家は宗徳の息子、宗明の代になっている。宗明は父の残した立花弁護士事務所を引き継ぎ、やり手弁護士として活躍しているようだ。この宗明が、用明太なる人物が住んでいた洋館の所有者なのだ。

 一階は廃墟だが、二階は生活臭の溢れるゴミ屋敷だった。

 階段を登って直ぐ、左右に部屋がある、左手にある先ずは寝室を見た。ゴミは比較的少ないが、壁や天井の一部が崩れ落ちている。こんなところに寝泊まりしていたのかと呆れる(やぶ)れ屋だ。

「被害者は、ここで寝泊まりしていたのでしょうか?」

「反対側の書斎で、生活していたようです。ここにベッドがありますが、使われた形跡がありません。書斎にあるリクライニング・チェアで寝ていたのでしょう」

「そうですか」と答えた圭亮が、ふと寝室の壁にかけられた絵画が目に留めた。

 殺風景な寝室の壁に、絵画が飾ってあった。それが、どこか不自然だった。

「竹村さん、こんなゴミしかないような寝室に絵画が掛かっているのは、どこか不自然じゃありませんか?」

 圭亮の言葉に、「ああ、確かに、変ですね。映画だと絵画の裏に隠し金庫があったりしますよね。古い洋館なので、そんな仕掛けがあるのかもしれません」と竹村は好奇心一杯の様子で壁の絵画に近づいた。

 飾ってあるのはどこかの田園風景を描いた油絵だった。名のある画家の作品には見えない。抽象的で、稚拙に見える風景画だった。こういう絵画が意外に高価なものであったりするが、絵画の値打ちなど、まるで分からなかった。

 壁に打ち込まれたフックに絵画は固定されていた。竹村は絵画をずらして、裏の壁を確認した。残念ながら壁に隠し金庫は無かった。

「まあ、そんな訳ありませんね」竹村が絵画を元に戻そうとした時、隣にいた圭亮が絵画の裏をちらと見て言った。

「竹村さん。ちょっと待って下さい。絵画の裏に、何か、何かありますよ」

「えっ⁉」絵画は木枠に布を張ったキャンパスの上に描かれており、その上から立派な額が嵌められている。キャンパスの裏には木枠の厚さだけ、布地との間に空間があった。

 竹村は額縁の下側を壁から浮かせた。フックが、ぎしぎしと音を立てた。すると、絵画の裏から、プラスチックのケースが落ちて来た。

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